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「リカっ!!」
誰も居ないと思っていたのに。
「リカ、リカ、リカっ!!!」
扉をくぐった途端、抱きしめられた。
状況が良く分からなくて戸惑ってしまう。
「――え、アルク? なんで……?」
お城からガイルの家に戻って、そこから日本の家に戻ってきた。だけどアルクが居るとは思っていなかった。だってヒナちゃんの所に行ったとばかり思っていたから。
「心配した。もう戻って来ないかと、会えないかと思った……」
そう言われて、またぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
あれ、なんか思ってたのとちょっと違うなって思ったけど、心配を掛けてしまったんだなとすごく申し訳なく思った。
それからしばらくその状態でいたんだけど、いい加減苦しいのと身動きが取れないのとで「ちょっと離して」ってお願いしたら、首を振られて拒否されてしまった。ええ、困った、どうしよう。
だけど、なんだか前に私が誘拐された時みたいだなぁって思い出して少し懐かしい気持ちになった。こういうことも、これからはなくなるんだろうなって思うと……寂しいね。
仕方がないので今度は「苦しいから少し力を緩めて欲しい」って言ったら腕の力が少しだけ弱まった。だけどそのまま態勢は変わらないし離してももらえない。まったくアルクの心配症は変わらないなって思って、でも私はそれが嬉しいと感じてしまう。
だけど……
「あの、ね、この間はその、黙って立ち去ったりしてごめんなさい。すごく態度が悪かったって思ってる」
私の言葉に、アルクがピクッて反応したのが分かった。アルクの顔はよく見えないけど、その方が話しやすいと思ったし、謝るのは早い方がいいと思った。
「その、分かってるから、私。アルクの邪魔とかしないし、だから」
「違う」
アルクが私の言葉を遮った。
「え、何?」
「だから違う。リカが考えているようなことはない」
いつもと違う、ちょっと強い口調だった。
私はアルクが何を言っているのかがよく分からなくて、何が「違う」なんだろうって思った。
「ヒナとは何もない」
そうしたらアルクはそんなことを言い出した。何もないって、そんなこと……
「あの時、あの場所に居たのは私がヒナに頼んだからだ」
「頼んだ?」
「そうだ。欲しい物があって店に連れて行ってもらった」
アルクはそう言うけど、あんな高級ブランド店でアルクが欲しい物なんて……そう思ったら、あれだけずっと離してくれなかったアルクが、ちょっとだけ私から体を離した。
そうして「これを、リカに」そう言って取り出したのは小さな箱で。
「え、これって……」
驚く私の前にアルクは跪くと、私の目の前にその箱を差し出してきた。
蓋を開くと、そこには綺麗な指輪が輝いていて……
目を見開き、驚き過ぎて声も出ない私に向かってアルクは言った。
「リカ、受け取って欲しい。そして私の伴侶になって欲しい」
「……は?」
なんで、だってそんなこと……
「リカ、私はリカが何よりも大事だ。一緒に居たい、リカがいない世界は考えられない。どうか私と共に生きて欲しい」
私を見つめながらアルクが言う。
……私が、大事?
一緒にって、だって……
「リカを不安にさせるつもりはなかった。これからは絶対にそんなことはしない。だからお願いだリカ、私を受け入れて欲しい」
アルクが私に懇願するように訴えてくる。
「私はリカだから一緒に居たい。ジローの孫などということは関係ない、私はリカが好きだ」
私のことが好きだと言うアルクの言葉を、途中からどこか遠くに聞いていた。
だってそうでしょう?
こんな都合のいい、私が望むようなことばかり。
こんなこと、アルクが言うはずがない。
そして、ああこれ夢だなって思った。
きっと疲れてお腹がいっぱいになった私は、あのままお城で寝ちゃったんだろう。私はまだ眠ったままで、夢の中だから私が喜ぶような言葉ばかりを言ってくれるんだろうって、そう思った。
それなのに……
「リカ……愛してる」
私のことをまっすぐ見つめて、アルクは続ける。
こんなこと、ある訳ないのに。
私は勘違いしちゃいけない、諦めなきゃいけないって、ずっとそう思っていた。
だから離れようと思ったし、忘れたいと思ったのに。
夢は願望の表れって言うけど、私はこんな風に言われることを望んでたのかって思ったら、なんだかもう……
私の願望があまりにもひどい。
「リカ?」
反応のない私を心配してアルクが声を掛けてきた。
本当によく出来た夢だ。
「ああ、うん、ありがとう。すごく嬉しい」
アルクの顔を見たら、ふと思ってしまった。
夢ならば、言ってもいいのかなって。
だってこんなこと、もう二度とないだろう。
いや、私がアルクのことを思う限りまたあるかもしれないけど、ベル様に願いを叶えてもらったらそんなこともなくなるだろうし。
だったら……
そう考えたら口に出していた。
「……私もね、好きだよ。アルクのことが好き」
ああ、言ってしまった。
私がずっと言いたかった言葉。
言っちゃいけないって、あきらめていた言葉だ。
言った途端に、ぎゅうっと強く抱きしめられた。
「リカ、好きだ、愛してる」
私も強く抱きしめ返した。
「うん……私も、大好きだよ……」
現実じゃないって分かっていても、胸がいっぱいになってそれ以上何も言えなかった。
自然と涙まであふれてきて止まらなくなる。
ああ、なんて幸せな夢だろう。
幸せ過ぎて辛いなんてこと、あるんだなぁ。
どれくらいそうして二人で抱きしめ合っていただろう。
アルクが今までの事を少しずつ語り始めた。
それこそ出会った頃から今までのこと。
自分がどう考えていたのかとか何を思っていたとか、そういうことを色々と話してくれた。
もう私に誤解されたくないからってアルクは言う。
これからはちゃんと思ったことは伝えるから、自分にも言って欲しいとも言われた。
それでね、聞くんだよ。
どうしてそこまで自分の気持ちが伝わらなかったのかって。
自分が保護者のようだと思われるのは仕方がないけど、義務感でリカの側に居るのではないと伝えたし、リカへの好意は隠していなかったはずなのに、何が足りないのかって真剣に聞いてくるのだ。
夢なのにって思いながらも、私は困ってしまった。
いやだって、私がおじいちゃんとアルクの仲を勘違いしてたとか……ねぇ。おじいちゃんと自分を比べて、絶対に代りにはなれないって思っていたし、勘違いが分かってもやっぱり私じゃ無理だってずっと思ってた。
私は自分に自信がないんだよ。
好きな人に告白して、必ず同じ思いを返してもらえるなんてことは思わないけど、私はアルクに告白して拒絶されたり迷惑がられたりするのは耐えられないって思った。だったら何も言わないで、今のまま居た方が何倍もいいってそう思っていた。
「私は本当に憶病なんだよ。好意をそのまま受け取るのが恐い。ただの勘違いとか、相手の気まぐれだったりとか、そんなものに本気になって傷つくのが嫌なんだよ。アルクがそんなことしないって分かってるよ。だけどね、私は自分に自信がないし、アルクに嫌われたくないし、せっかくの良い関係を壊したくないって思ってた」
「勘違いなんかじゃない、私はリカが好きだ」
アルクの言葉がとても嬉しい。
だから調子に乗ってしまったのかもしれない。
「……私で、いいの……?」
思わず聞いてしまっていた。
「リカがいい。リカでないと嫌だ」
アルクが欲しかった言葉をくれた。
夢だって分かっていても、「私」がいいってそう言ってくれた。
それが何よりも嬉しくて。
なんて幸せな夢だろうって思った。そして……
「残酷な夢だなぁ……」
抱きしめられながら思わずそう呟いていた。
「……リカ、今なんて?」
アルクの低い声がした。
見上げたら、表情の抜けた、いつも以上に彫刻じみて綺麗なアルクの顔があった。
何だろう、何か怒ってる?
本当にリアルな夢だ。こんな風に怒ったアルクの顔なんて今まで見たこと……あれ?
「リカ、何を考えてる?」
「えっと、すごく良く出来た夢だなぁって……その……」
「……そうか、夢か」
アルクの笑顔が妙に迫力がある。
「私の告白もすべてが夢だと……リカはそう思っていると」
アルクの腕の力が強まった。
「よく分かった。リカには何を言っても無駄のようだ」
「あの、アルク……?」
なんだろう、アルクの目が……据わってる?
「もういい、これだけ言ってもリカには伝わらないと分かった。もう遠慮はやめる。私がどれだけ我慢してきたかをリカは知るべきだ」
「は? え、何、どういう……」
いつの間にかアルクに抱っこされて、私は運ばれた。
そして訳の分からぬまま、私はアルクに嫌という程、アルクの思いをぶつけられ……
うん、夢じゃなかったと理解させられました。
◇
ふと目が覚めて。
隣にアルクが居た。
こんなことってあるだろうか。
夢だと思っていたことが本当だと教えられて。
何度も好きだってアルクが言ってくれた。
信じられない程の喜びと不安とで私は混乱して、やっと本当のことだって、夢じゃないんだって分かって私は泣きじゃくった。
その気持ちがまたじわじわとあふれてくる。
胸がいっぱいでうまく呼吸が出来ないし、涙がとめどなく溢れて止まらなくなる。
「リカ、好きだ」
そんな私を見てまた耳元でアルクが囁くから。
「……好き、大好き。ずっとアルクと、一緒に居たい……」
一生懸命、途切れ途切れになりながらも私は言葉にした。
嬉しい、嬉しい、嬉しい
これからも、ずっとずーっと一緒に居られるんだ
もう我慢しなくていいんだ
大好きって伝えていいんだ
涙でぐちゃぐちゃになりながら喜びを噛みしめる。
好きな人に好きだと返してもらえることが、こんなに幸せだなんて知らなかった。
顔を上げればアルクがほほ笑んでくれる。
ぽかぽかと温かくて、自然と顔がほころんで、どこまでも幸せな気持ちが心を満たしていく。
私はアルクの腕の中で今まで味わったことのない安心感に浸った。
もう、離れたくない。




