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「以前、里香ちゃん言っていたんです。自分は恋愛ってよく分からないって。友達の話を聞いたり、ドラマや小説とかもいっぱい見たし、いいなぁとは思うけど、自分は実際にドキドキしたり胸が苦しくなったり、誰かを真剣に好きになったりしたことがない。自分は恋愛には向かないし、きっとそういう感情が欠けてるんだろうって。
私はそんなことない、まだ出会えてないだけで里香ちゃんにもきっと素敵な出会いがあって恋愛できるよって言ったんですけど、全然信じてないみたいでした。
里香ちゃんって、大学の時に変なトラブルとかあってますます恋愛に拒否感を持ったみたいだし、私と恋愛話や婚活の話はしてくれるけど、いつも一歩引いてるっていうか。恋人が欲しいとか人並みにお付き合いしてみたいなんてことは言うんですけど、その割にはあきらめてる感じがあるんです。親が心配するから一応結婚は考えてるけど、自分に恋愛は難しそうだから、そういうの抜きで付き合える人がいないかな、なんてことまで言ってました。
だけど、そんな里香ちゃんから「知り合いの話」をされたんです。
最初は里香ちゃん、全然分かってないみたいでした。ただ話を聞いていたらあれって思って、だからそうなのかなって聞いてみたら、里香ちゃん自分の恋愛感情に気付いたみたいでとても驚いてました。私はその時、里香ちゃんがついにって思って、もう自分の事みたいにすごく嬉しかったんです。
それなのに……その人は保護者とか家族みたいな存在で、自分は恋愛対象にはならないって言うんです。優しくしてくれるのも自分がその人の大切な人の血縁者だからで、勘違いしちゃいけないんだって……里香ちゃん、すごく苦しそうにしてました。
私は相手の人とちゃんと話した方がいいって言ったんですけど、里香ちゃんは無理だって、そんなこと出来ないって……」
「リカが、そんなことを……」
「あの、今更ですけど、これってあなたのことで合ってますよね?」
「ああ、私のことだろう」
以前聞いたことのある、血縁関係はなくとも一緒に暮らし支え合う関係も家族であるというのなら、私とリカはお互い家族のような存在と言えるだろう。リカは目を離せないところもあるし、私は心配で常に見守っているから保護者のようだというのも間違いではない。
それに大切な人というのはジローのことだろう。確かにジローは私の大切な友人だ。だが、だからといってそれが理由でリカと共に居る訳ではないし、リカはジロー以上に大切な存在だ。以前、義務感でリカの側に居るのではないと話したことがあったが、何も伝わっていなかったのだろうか……。
リカが私に思いを向けてくれていたことは嬉しかった。しかしまさかそんな風に思っていたとは思わず、ハナの言葉は本当に驚きだった。
「良かった。これで違う人だったりしたらどうしようかと思いました」
私の返事にハナはほっとした顔をするとさらに続けた。
「里香ちゃんはあなたを困らせたくない、今の関係を壊したくないとも言ってました。自分が告白なんてしたら、あなたとの関係がおかしくなってあなたが離れていってしまうと思ったみたいです。里香ちゃん、あなたに拒絶されたりあなたが居なくなることを恐れてるんです」
「私がリカから離れるなんてあり得ないことだ。まして拒絶など。絶対にない」
「ええ、だから一刻も早く里香ちゃんを安心させてあげて下さい。里香ちゃんってちょっと勘違いとか変な方に考えが行っちゃう時があるから、ヒナちゃんとの誤解もちゃんと解いてあげて欲しいんです。それで、言葉にしてはっきり伝えてあげて下さい。里香ちゃんが絶対に勘違いとかしないように」
本当にリカのことが心配なのだろう、さらに「里香ちゃんは私の大事な友人なんです。どうか、もう里香ちゃんを悲しませないで欲しい」そう言われた。
「ああ、分かった」
リカを悲しませるつもりなど最初からなかったが、この話を聞いて私のやり方、伝え方が間違っていたのだと知った。反省しなければならない。
話し終わって緊張が解けたのか、ハナは大きく息を吐いて脱力した。
「あーどうしよう、勝手にこんなにいっぱい話しちゃって……」
項垂れながらハナは「里香ちゃんに嫌われちゃうかも」とこぼした。
「大丈夫ですよ、里香さんは花さんのことを嫌ったりしないですよ。花さんが里香さんのこと大好きなのは分かりますし、里香さんのことを思って話したんだって分かってますから。きっと大丈夫ですって」
「そうかなぁ、怒られないかなぁ」
「ええ、何と言っても里香さんですから!」
そう明るくヒナは断言した。
「里香ちゃんだから、か」
「はい、里香さんは優しくて、面倒見が良くて、料理が上手で、それから私の命の恩人ですし!」
花はヒナの笑顔につられて笑い、「命の恩人って何のこと?」と少し不思議そうに聞いた。
「私は里香さんに救ってもらったんです。里香さんのおかげで私はこうして生きてますし、今ここに居られるのも里香さんのおかげなんです。本当に里香さんには感謝してます。それに今だって知らなかったことや体験もいっぱいさせてもらってるし、何より里香さんと居るととっても楽しいんです」
「うーん、なんだか色々あったってことかな。でもそっか、里香ちゃんのこと、ヒナちゃんも大好きなんだね」
「はい、大好きです。だから里香さんには笑っていて欲しいです」
「うん、私も里香ちゃん大好き。そうだね、笑っていて欲しいね」
そうして二人は私に向き直ると
「絶対、里香ちゃんを幸せにして下さいね」
「そうですよ、アルクさんがはっきりしないからこんな事になったんですから。さっさと指輪渡してプロポーズしてくっついて下さい!」
そう二人に詰め寄られた。
言われなくてもそうするつもりだ。
「私は家に戻ってリカの帰りを待つ」
リカが戻るとすれば恐らく家だろう。リカが去った理由もリカの考えていることも分かって、もうここに留まる必要はない。そう思ったのだが……「え、里香ちゃんの家でってこと? もしかして一緒に暮らしてるの? なにそれ聞いてないし!」とハナはひどく驚き、そして私を引き留め話を聞かせろと言い出した。
ヒナがなだめ、リカが戻ったら必ず連絡すると約束をしてなんとか私は解放されたのだが、ハナが私を見る目がとても鋭くなっていたのは何故だろうか。とにかく、ヒナはこの後もハナと話を続けるつもりらしいので任せることにして、私は二人と別れて店を出た。
ああ、早くあの家に帰ろう。
リカの行き先が分からず不安だが、私には待つことしかできない。
どこにいるのだろう、泣いていないだろうか、危ない目にあってはいないだろうか、心配でたまらない。
早くリカに会いたい。
話をしたい。
誤解を解きたい。
思いを伝えたい。
笑顔が見たい。
抱きしめたい。
どうか早く、私のもとへ帰ってきて欲しい……
リカに、会いたい……




