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アルクに頼んでみんなを呼んでもらった。
心配を掛けたことを謝ったら、何故かそこにはマリーエさんとヒナちゃんの他に殿下やロイさんまで居て部屋はとたんに賑やかになった。
「あれロイさん久しぶりー」
「久しぶりーではないですよ、まったく。お加減はいかがですか?」
顔を見るのが随分久々だなと思ったんだけど、なんだかあきれられてしまった。
「うん、もう大丈夫」
「そうですか。どうかくれぐれもご自愛下さいね?」
「はーい」
「そうだぞ、あんまり心配させるな」
殿下はそう言うけど、これって不可抗力だしと思ってちょっとむっとしてしまう。だけど心配を掛けてしまったのは確かなので素直にうなずいておいた。私っておっとなー。
みんな私が倒れたことは心配してくれたけど、理由については特に詳しく聞かれなかった。あの時、ヒナちゃんとマリーエさんにはアルクとの会話は聞こえていたと思うけど、私の身内の事だと思って気を使ってくれたのかもしれない。
さっきアルクと相談して、おじいちゃんが生きているだろうという衝撃の事実はとりあえず誰にも話さないでおくことにした。
精霊の伴侶への加護や力の移譲などはこちらでもほぼ知られていないことらしく、もし二人が姿を現したらその時は本人達に説明してもらえばいいだろうってことになったのだ。だって私達が「おじいちゃんが生きてる」と言ったところで証明もできないし説明を求められても困る。
ああでも、賢者様だからとあっさり納得されてしまう可能性はあるかな。あとおばあちゃんは精霊様だから説明は不要だろうし……あれ、黙ってる必要もなさそうだったりする?
うーん、まあ面倒なので言わないことにしよう。だけど伴侶かぁ。寿命が長いことが寂しいとしか思っていなかったけど、精霊にまさかのシステムがあったことに驚きだった。
アルクは……伴侶を持つんだろうか。
もしそんな人が現れたら、きっとアルクは寂しくなくなるんだろう。だけど……アルクの幸せを誰より願うけど、まだそんな人が現れないで欲しいってそんなことを思ってしまう私は……本当に最低だよね。そんな自分がすごく嫌だ。
私が気を失っていたのはそれ程長い時間ではなかったらしい。アルクには心配されたし無理はしないようにしつこく言われたんだけど、残りの時間で城下に買い物や食事に行ったりと楽しく過ごすことが出来た。せっかくのお出掛けが台無しにならなくて本当に良かったと思う。
ああそれにしても、なんだか衝撃の事実ばかりで精神的に疲れた。甘い物欲しいよぉ。
◇
さて、もの凄い勘違いやら最低な自分に落ち込んだりと久々に重度の自己嫌悪に陥っている私です。ううっ。
だけどね、なんとそのタイミングで花ちゃんから「ご飯行かない?」というお誘いの連絡があったんだよ。これは勘違いしてたことの報告は必要だよね。あんなに迷惑かけたんだし。うわぁ、めちゃくちゃ呆れられそうだ。
実はちょうど今週末に実家に行く事になっていた。それというのも弟がついに彼女にプロポーズをしたそうなのだ。プロポーズだよ、プロポーズ! なんかドキドキしちゃうよね。で、弟はめでたくオッケーをもらえたそうで、お互いの両親への挨拶が終わって今度は両家で顔合わせをすることになったんだよ。そこに私も参加予定なのだ。
婚約した話を聞いて弟には「おめでとう」と伝えたんだけど、その時に「姉を差し置いていいと思ってるのー?」って冗談交じりで言ったら「充分待った」と冷静に返されてしまった。「あ、はいそうですね」って返すしかない自分がすごく悲しかったです……。弟よ、姉は打たれ弱いのでほどほどでよろしく。
両家の顔合わせは市内のホテルのレストランでお昼を予定している。なので花ちゃんとはその夜に会う約束をしたんだけど……うーん、見捨てられない程度に色々聞いてもらおう。
◇
顔合わせ当日はお天気も良くお日柄も良く、両家ともなごやかにご挨拶をして会食は始まった。
私もこういう時はちゃんとするよ。何を着て行こうか迷ったけど、すっきり大人っぽいワンピースでお化粧だってした。侍女さん達に散々色々されたのもあって私もだいぶお化粧には慣れたし、自分でも少しは出来るようになったんだよ。
弟は「姉ちゃんが化けた」なんて失礼な事言っていたけどお父さんとお母さんには好評だったし、弟のお相手の由佳ちゃんには「お義姉さんとっても素敵ですね」って言ってもらえた。うん、良い子だ。
あちらのご両親もとっても感じの良い人達で会話は弾んだし、みんな笑顔で良い雰囲気だった。今後も良好な親戚付き合いが出来そうでなによりだと思う。
以前会社の同期の女の子が言っていたんだよね、付き合ってる彼氏の実家に行ったら親がかなり性格や言動に問題のある人達で結婚を考えていたんだけど保留にしたって。「彼の事は好きだけど、あのご両親とは付き合っていける自信がない」ってすごく悩んでた。別に親と結婚する訳ではないし、疎遠にすることも出来るだろうけどなかなか難しい問題だと思う。
そこからすると弟の結婚は問題なさそうで安心した。せっかくのご縁だし、適度な距離で良いお付き合いしたいと思う。あとはあれだ、私がうるさい小姑にならないように充分気を付けないとだね。
その後、穏やかな良い雰囲気のまま顔合わせは終了した。そして帰り際、親同士が挨拶しているのを見ていたら弟が横から話し掛けてきたんだけど……
「伯父さんから聞いたんだけどさ」
小声で、しかもニヤニヤと笑っている弟。何だろう、ちょっと感じ悪いぞ。
「姉ちゃん彼氏いるんだって? しかも凄いイケメンとか。焦る気持ちは分かるけどさ、騙されたりしないようにね」
「はあ?」
どうも先日お店に行った時に伯父さんと話をしたそうで、その時にアルクの事を聞いたらしい。弟は「父さんと母さんには言ってないから」なんて恩着せがましく言ってきたけど、それがすごくムカついた。
なので余計なお世話だと言い返したら「心配してるんだからな」だって。別に付き合ってないし騙されてもいないしっ!
それにしても伯父さん余計な事を~。
◇
一旦実家に帰った私は、夜までのんびりすることにした。
お茶を淹れて一息ついて。それからお父さんに聞いてみた。そう、おばあちゃんのことだ。
「ねえお父さん、おばあちゃんのことなんだけど……」
「うん? 母さんがどうかしたのか?」
「どうしたって訳じゃないんだけどね、私あんまりおばあちゃんのこと覚えてないっていうか、なんだかよく思い出せなくて……おばあちゃんってさ、どんな人だった?」
「覚えてない? まあ亡くなってからだいぶ経つが、お前は母さんに一番可愛がられていただろうに」
「私が? そうだっけ?」
「そうよ、お義母さんは里香が大好きだったじゃない。いつも里香里香って」
お母さんが懐かしそうに話す。
「そうだな、里香が小さい頃はやたらと構い倒してたな」
「そうそう、あんまり構うから里香が逃げちゃったりして」
頭痛は無いようで二人は笑って昔の思い出話をしてくれた。もしかしたら二人も記憶操作とかされてるかもって少し心配していたのだ。
そうしてその後も色々話をしてくれたんだけど、やっぱり私は何も思い出せなかった。
「ねえ、写真とかないの?」
「それがなぁ、母さんは写真嫌いでまったくと言っていいほど残ってないんだよ。写ってても後ろ姿とかうつむいてたりでなぁ」
お母さんと二人でお葬式の時は困ったと笑い合っていたけど、まともな写真が無い事を不思議には思っていないようだった。
それからおばあちゃんがすごく美人だったとも言っていた。
「どうして親父があんな美人の母さんと結婚できたのか不思議だったよ」
「そうねぇ、私も初めてあなたのお母さんだって紹介された時は綺麗過ぎてびっくりしもの」
そうか、そんなに綺麗だったんだ。だけどこれで二人がおばあちゃんの顔を覚えてるってことが分かった。歳をとってからも違和感はないようだったのでその辺りは何かしていた可能性は高いけど、私みたいに何も覚えていないとかはなさそうだった。
何で私は覚えてないんだろう。小さい頃はともかく、大きくなってからもお正月とかお盆とか年に数回は家に行っていた。おじいちゃんのことは思い出せるのに、おばあちゃんだけが私の中からすっぽり存在しないし、意識しなければおかしいとも思わない。すごく変な感じだ。
うっかり考えすぎるとまた頭が痛くなりそうで怖いんだけど、うーん、どうして私だけ……。




