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念願だった城下の観光をして数日後、ガイルの家にマリーエさんがやってきた。しかも何故かご両親とリリーナさんも一緒に。
最近はガイルの町から出る時だけマリーエさんに護衛してもらっている。なので何もない日に彼女が家に来るのはとても珍しいことだったし、一家総出でなんて一体何事だろうと驚いてしまった。
「突然伺って申し訳ありません」
「ううん、大丈夫だよ。何かあった?」
マリーエさんに聞いてみれば、彼女の後ろにいたリリーナさんが前に出て頭を下げてきた。
「あの、この度は申し訳ございませんでした!」
「え、何? どうしたの?」
突然のことに驚いたけれど、どうやら先日のピザの件らしい。私には状況がよく分からなくて、とりあえず話を聞くことにした。
「リカ様に何のご連絡もなく事業を進めてしまい大変申し訳ありませんでした。その、教えていただいた料理の再現が思った以上に上手くいって嬉しくなってしまって。つい先走り過ぎてしまいました」
そう言って再び頭を下げて謝ってくるリリーナさんはシュンとして小さくなっていた。
「いやいやいや、マリーエさんにも言ったけど別に気にしてないからね。謝る必要とか全然ないから」
私はそう言ったんだけど、デイルズ家のみなさんは深刻な顔のままだ。
「いえ、そういう訳にはまいりません。リカ様に対してあまりにも失礼なことをしてしまいました」
デイルズ家の恩人になんてことをとご当主様自ら頭を下げられてしまった。いやそういうの結構ですって。私にはそこまでの謝罪の理由がよく分からなかったんだけどマリーエさんが説明してくれた。
つまりね、以前私が教えたレシピなんだけど、あれはあの時初めてこちらで作ってリリーナさんに教えたものだった。だからもちろんパンみたいに登録なんてしていないからリリーナさんは利用料を払っていない。で、そういう場合は契約をして私に利用料を支払うっていうことをするらしいんだけど、今回はそういうのをすっとばしてお店のオープンまでしてしまい、対価も支払わずに利益だけ得ようとするなんて言語道断ってことらしい。
マリーエさんはお店を出すことは聞いていたけど詳しくは把握しておらず、私に何も報告もしていないと知って不義理にもほどがあると怒ったそうだ。それでその際にリリーナさんのやらかしが発覚して慌ててここに来たとのことだった。
なるほどそういうことかと思ったけど、別にお店を出すのも了承したしレシピだって大したものじゃない。私としてはこれくらい全然かまわないんだけど。だけどそう言ったら「そういうものではない」と困った顔をされた。
それから色々お話をして、改めて契約して利用料を支払ってもらうことになった。あと迷惑を掛けたことに対してのお金も受け取って欲しいと言われたんだけどそれは丁重にお断りした。
まあその代わりではないけれど「ガイルにも店を出して欲しいな」と要望を言ったら元々その予定はあるらしい。近い内にガイルでも美味しいピザが食べられるようになると思うと楽しみだ。うん、着々とガイルの環境が良くなっていくのはすごく嬉しいね。
加えて数日後、リリーナさんが再びお詫びの品として前に取り寄せをお願いしたお菓子や料理の材料などを持って来てくれて、迷ったけどそちらはありがたく頂戴することにした。
あとね、私達が王都に行く事があると聞いたからか、「王都で人気の舞台にご興味ないですか」と聞かれた。なんだかちょっと面白そうだ。ヒナちゃんこういうの興味あるかな、今度聞いてみようっと。
◇
さて、本日は日本でお仕事だ。
ダンジョンや王都に行ったりしても合間で仕事はしていたんだけどね、今日は久々にお店に来ている。
駐車場は相変わらず次々車が入ってきてお店は大盛況。平日でこれなんだから休日とか凄そうだなって思う。
緑いっぱいのエントランスを通って入り口から入ると、途端に焼きたてのお菓子の香りがした。あー幸せの香り。私は顔馴染みになったスタッフさんに軽く会釈して階段から二階へ向かった。
「ああ里香ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは」
部屋には既に伯父さんが居た。
「もうすぐ先方の担当者さんが来るからちょっと待っててね。あ、そこにコーヒーマシンあるから好きに飲んでいいよ」
部屋の隅の棚の上を見ると某有名メーカーのエスプレッソマシンがあった。伯父さんによると従業員が休憩中に飲めるようにと最近購入したそうだ。福利厚生の一環、なんてもっともらしい事を言っていたけど絶対これは伯父さんが欲しかっただけだと思う。
マシンはカプセル式ではなく豆をグラインダーして抽出するタイプで、横のスチーム用ノズルでミルクを泡立てることも出来るらしい。冷蔵庫に牛乳があるというので私はカフェラテを作ってみた。
「あ、美味し~」
「いいでしょそれ」
私も伯父さんもコーヒー好きなのでこういうのは凄く楽しい。私達はしばらくコーヒーマシンの話で盛り上がったんだけど、伯父さんが急に「そう言えば」って言い出した。
「あのね、今度新しくお店を出すことになったんだよ」
まだ話してなかったよねって……うん、聞いてないですねー。
またえらく突然だなぁと思ったんだけど、前から話はあったそうで店舗の場所とかをずっと探していたんだそうだ。で、最近になって良い場所が見つかって話がトントンと進んでいるらしい。
「二号店ってことですか?」
「いや、バームクーヘン屋さん」
え、バームクーヘン……?
伯父さんの話によると生地のレシピはシェフが考えるけど、あとは機械に任せられる部分が多いってところが決め手だそうだ。「お店は盛況だし新しい事やってみたいねー、だけど最近は人員確保が厳しいからねー」ってことらしいんだけど、「また色々お願いすると思うけどよろしくね」だって。伯父さんは相変わらずのようだった。
その後も色々と話を聞いていたら今日打ち合わせ予定の人達がやって来た。
実は先日伯父さんから連絡があり、ついにホームページを新しく作り直すことになったと言われたのだ。前にオンラインショップでお世話になった会社がホームページ作成も手掛けていて提案があったらしい。なので今日はその打ち合わせで、担当の人がお店に来るので「里香ちゃんもおいでよ」と言われてやってきたのだ。
先方のデザインは伯父さんも気に入って打ち合わせはスムーズに進んだ。細かい部分は今後詰めていくけれど、この調子ならホームページの切り替えも早そうだ。今後は管理も更新もかなり簡単になりそうで何よりだと思う。万歳!
思ったよりも早く打ち合わせは終わった。私は伯父さんに勧められてジェラートをご馳走になったんだけどこれがね、めちゃくちゃ美味しいの。
去年から期間限定で販売しているそうで、マンゴーに苺に桃、ショコラにナッツにピスタチオと色々味見させてもらったんだけど、どれもすごく濃厚だった。テラス席で食べられるのがまた良いと思う。
お土産に新作焼き菓子をもらい、ケーキもたくさん買って私は店を出た。
そして車に荷物を載せると店を振り返り、小声で呟く。
「アルクー帰るよー」




