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 陛下から開会が告げられると、しばらくしてヒナちゃんと殿下のダンスが始まった。


 会場中が注目する中、ホールの中央へ出て踊り始める二人。


 なんだかこっちが緊張してドキドキしてしまったけど、ヒナちゃんは危なげなく踊っていた。


「あたし本番に強いから大丈夫ですよー」


 心配する私に言っていた言葉は本当だったらしい。私だったら人前に出るってだけで緊張してお腹痛くなるのに、ヒナちゃんは度胸あるなぁって感心してしまった。



「あの方が迷い人」」


「ふむ、ぜひお近付きになりたい」


「あら、ダンスお上手ね」


「思っていたより可愛いじゃないか」


 何だか値踏みするような声も聞こえたけれど、概ね好意的な声ばかりだった。



「どうしてあんな子がギルベルト殿下と踊るのよ、許せないわ!」


「姉上、不敬ですよ。声を抑えて下さい!」


 ただ、中にはそんな声もあり、迷い人だからと全面的に歓迎されるものではないらしい。まあ今の発言が聞こえた周囲の人は顔をしかめていたし少数派とのことだった。


 それにさっきの彼女の言葉は殿下と踊るヒナちゃんに対しての不満だ。考えてみればギルベルト殿下は正真正銘の王子様で、顔も良いし婚約者の座を争う熾烈な戦いなんかが普通にありそうだ。そんな中にいきなり出てきた迷い人なんて存在は、彼女からしたら迷惑なだけなんだろう。そりゃ文句も言いたくなるだろうって思う。


 うん、恨まれたりは嫌だよね。だけど本人の意志に関係なく周りが騒ぐんだから困ったものだ。


 あれ、でもそういえばヒナちゃんは殿下の事どう思ってるんだろう。結構懐いてるようには見えるんだよね。ヒナちゃんの理想は「強い人」だけど、殿下は……うーん、あてはまるのかなぁ。



 ヒナちゃん達のダンスが終わると次の曲が始まって他の人達が踊り出した。


 私はしばらく会場を見学していたんだけど、煌びやかな雰囲気に圧倒されてなんだか酔ってしまった。しかもやっぱり場違い感が半端ないよねって思うし。なので用意してもらった席に引っ込むことにした。大人しくしていよう。


 王族の方々は上段にいるので少し離れた場所からでも様子が良く見えた。ヒナちゃんはダンスを終えて席に戻り、今度はひっきりなしに続く挨拶に笑顔で一生懸命に対応していた。ものすごく大変そうだし、順番待ちの列は長くてまだしばらくは続きそうだった。


「やはりご子息を連れた方が多いですね」


 マリーエさんが言う。


 今回は迷い人であるヒナちゃんのお披露目の場でもある。色々と事件があってヒナちゃんへの貴族からの面会依頼はずっと断っていた。だけどそれが王家が迷い人を独占していると思われて不満が高まってしまい、それを解消する為に開かれたのがこの夜会だ。


「ヒナちゃんに紹介しようとしてる?」


「ええ、そうでしょう。やっと巡って来た機会ですからね」


 こちらの国では迷い人は望まれる存在だ。取り込みたい家は多いらしい。


「なるほど。でもさ、女の子も多くない?」


 そう、列に並ぶご子息も多いけど同じくらい会場には女の子が沢山いたのだ。しかもみんな若いんだよね。こういう夜会ってもっと大人の雰囲気かと思っていたんだけど、なんだか思っていたのとちょっと違うなって思っていた。


「ああ恐らくまだ婚約者のいない方達ですね。せっかく王都でこれだけ大規模に開かれる夜会です。他領の方達と交流出来るまたとない機会ですからお相手探しをするつもりでしょう。男性側もヒナ様のお相手に選ばれることが一番ですがそう上手くいかない事も分かっていますし、お互い利害は一致していますね」


 あーなるほど。エミール君が説明してくれたんだけど、つまりこれは婚活パーティーも兼ねている訳だ。見回すとあちこちでそのようなやりとりをしている様子が伺えた。


「貴族なんて家同士、親が子供の婚約を調えるのかと思ってたけど違うんだね」


「まあ家を継ぐ嫡男は親が決めるというのが一般的ですが、次男三男など家を出る者は自分で相手を探してこいと言われることも多いですね。女性の場合も婿をもらう場合以外は似たようなものだと聞きますが……」


「そうですね、よほど資産があったり家格が高いと望まれることもありますが、同じようなものだと思います」


 マリーエさんも苦笑しながら教えてくれたけど、貴族もなかなか結婚事情は厳しいらしい。そういえばエミール君はリリーナさんと婚約したし、マリーエさんはフランツさんと婚約済み。あとは……


「あれ、そういえばロイさんは?」


 今日は見かけていない事に気が付いた。


「薬草の研究に忙しいみたいですよ。もともと夜会に興味もないようでしたし、気が向けば顔を出すとは言っていました」


 ああ、あの新種の薬草か。それじゃきっと来ないだろうなぁ。


 しかし、母親は陛下の妹で高位貴族、仕事は出来るし貴族としての地位も維持できてロイさんこそ優良物件だよね。そういう人ほど結婚に興味がないんだから世の中上手くいかないものだって思う。


 そしてそんな事を思っていたら、また別の優良物件がやってきた。


「お久しぶりです、リカ様」


「兄上、父上と母上も!」


 そう、エミール君のお兄さんのクロフトさんだ。後ろにはご両親も居た。


「はじめまして。メルドラン領主のフォルス・メルドランです。やっとお会い出来ましたな」


 そう言って挨拶してくれたメルドランの領主様は威厳のあるナイスミドルなおじ様だった。線の細い息子達とは違い体格はがっしり系でお髭が立派だ。


「リカ様、お会い出来て光栄ですわ」


 そしてその横で優しそうに微笑む領主夫人は少し儚げな印象のある美人だった。領主様との対比がすごい、まさに美女と野獣な組み合わせだ。


「はじめまして、リカです。いつもエミール君にはお世話になっています」


「いやいや、こちらこそ息子がお世話になりっぱなしの様で。少しでもお役に立っているなら何よりです」


 はっはっはっと豪快に笑う領主様。意外と話しやすい方で、今度ぜひ領都に遊びに来て欲しいと言われた。あとエミール君の婚約の件でお礼を言われたんだけど、別に私は何もしてないんですけどね。


 それからクロフトさん。


「リカ様、今日の装いも素敵ですね」


 ニコニコと笑顔で言われたけど、うーん、この人はなぁ。


「ありがとうございます」


「本当はリカ様と踊りたかったのですが……」


 そんな事も言っていたけど、エミール君から話は聞いているのか無理には誘われなかったのでほっとした。


「今日は父に付いて挨拶にまわらなければならないのですが、また今度ゆっくりお話をさせて下さい。ぜひ領都にはいらして下さいね」


 陛下やヒナちゃんには挨拶してきたそうだけど、次期領主様はまだまだ忙しいらしい。少しお話した後にクロフトさんは領主様達と一緒に慌ただしく去って行った。


 なんだろうなぁ、優しそうだし物静かで大人な雰囲気なんだけど、結構ぐいぐいくるんだよね。そういうのはちょっと苦手っていうか。横を見たらエミール君が期待した目で私の方を見てたんだけど……うん、困る。




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