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「してないっ! 浮気なんて絶対してないっ!」
同席しているみんなの冷たい視線が陛下に刺さる。
いや別にさ、王様なんだし女性くらい何人いてもいいと思うよ。あ、駄目か……うんまあ、色々ちゃんとしてればいいのでは?
でもさ、ミランダ様が苦しんでる時に浮気するとか、ねぇ?
「誤解だーっ!」
陛下が涙目だった。
「えー、じゃあ女の人を呼んでたっていうのは間違いなんですか?」
「それは……」
「ほらやっぱりー」
「違うっ! 恐らくその時期なら心当たりがあるのは宝石商だ。ミランダに何か贈ろうと思って呼んだんだ。私が懇意にしている商会で、あの時はたまたま代替わりするとかで代表の娘が挨拶にやってきたんだ。本当は代表も来る予定だったんだが、どうも当日になって腰を痛めたとかで来れなくなって……いやだからって一人で来たわけでもないし、二人きりにもなってない。確かにミランダを驚かそうと密かに呼びつけたが、身に覚えはまったくないぞ!」
ふーん。
「なるほど、つまりそれを見た城の者が誤解、もしくは曲解して母上の耳に入れた訳か」
「故意であるとすればなんと悪質な……許せんな、すぐに調査しよう」
「母上がお可哀想だ」
殿下たち三人の息子が顔をしかめる。
確かに体調が悪くて気持ちも落ち込んでる人にわざわざ、それも誤解を招くようなことを話すなんて悪意があるなと思う。
「じゃあ側妃の話は?」
私がそう言うと何故か殿下達がちょっと顔を見合わせた。
陛下は「知らん、私はミランダ一筋だ!」とか言ってる。あーはいはい。
「その話は確かにありました」
話し始めたのは次男のエルンスト様。うん、彼はやっぱりミランダ様似だね。
「母上があの状態でしたから、ラビニア様が代理を務めて下さっているとはいえ父上に側妃、もしくは新たな正妃をという話が密かに持ち上がっていたのです」
今度は陛下が「聞いてないぞ」って顔をしかめるし、他の人は困った顔をしていた。
なんだろうね、マルティナ様も後がないって言ってたけど、ミランダ様を邪魔に思う勢力とかがあるのかな。うん、関わりたくない、ってあれ、私もしかしてがっつり関わってる? えー、やだー。
ミランダ様の相談というのは、私に陛下を説得してくれないかという相談というよりお願いだった。
体調不良が続いて辛く苦しく、気持ちも沈む中での側妃の噂と陛下の裏切り。ミランダ様は思考が負に引きずられて耐えきれなくなり、陛下に離縁を申し入れたそうだ。
自分がこんな状態では王妃としての価値もない、役に立たない自分はもう必要ない。離縁が出来ないなら自分をどこか遠くへやって欲しいと願い出た。
だけど陛下は頷かなかった。
「私には分かりませんでした。私を廃せば側妃と言わずに正妃を迎えることが出来るのに、何故私を留め置くのか。私は苦しみ、そして思ったのです。陛下は私を苦しめたいのだと。私はそれほどの不興を買ったのだと絶望したのです。
リカ様のおかげでこうして体調も回復し、今では頭の痛みもありません。こんなに穏やかな日々を送れるのは本当にいつ振りでしょうか。原因を突き止めて下さったリカ様には本当に感謝しております。そのリカ様に、これ以上何かをお願いするというのは大変申し訳なく心苦しいのですが……私を哀れとお思いであれば、お聞き届け頂きたいのです。どうか、私との離縁を陛下に掛け合っていただけないでしょうか。私はこれ以上、陛下のお側にいることに耐えられません」
そうミランダ様にお願いされたんだよねぇ。
病気中のマイナス思考、どんどん悪い方へ悪い方へ行ってしまったんだろうね。離縁してくれないならと自害も考えたようだけど、陛下の意向に背いてはいけない、陛下を煩わせてはいけないってなんとか踏み止まってきたらしい。
だけどね、もう疲れちゃったんだって、静かに泣くのよ、ミランダ様が。
ハラハラ、ハラハラ、零れ落ちる涙を見て、私はすぐ陛下に会いに行った。
そうしたら陛下への面会は何故か最短で叶い、陛下と殿下達三兄弟が部屋で待ち構えていた。それでさっきの話で陛下の浮気は誤解だと判った訳なんだけどね。
陛下はその後も「私はミランダを愛してるっ」って叫んでた。まったく、なんでこんなにすれ違ってるんだろうって思う。だから私は陛下に言ったのだ。
「すぐにミランダ様の所に行って話をしてきて下さい。誤解なんですよね? だったらその誤解を解いて、早くミランダ様を安心させてあげて下さい。このままじゃミランダ様、思いつめてどこかに行っちゃいますよ?」
ミランダ様は療養中ってことで陛下に会おうとしてなかったみたいだし、あんな状態じゃいつどんな行動に出るか分からない。まったく、花の影響はまだ残ってるんじゃないかって思ってしまう。
「な、それは駄目だっ!」
そう言うと陛下は部屋を飛び出していき、護衛の人が慌てて追いかけていくのが見えた。
うん、これで二人は大丈夫だろう。なんだかミランダ様の思いがこじれてて大変そうだけど、「父上は母上を好き過ぎる」って殿下も言ってたし、二人がお互い想い合っているならこの話は治まるはずだ。ちゃんと話し合えばいいのに、お互い必要な事を言わないからこんな事になるんだよ。不器用な人達だよねぇ。
「はぁ……」
まったく、なんだかなぁ。自然とため息が出る。
なんか疲れた。
「あの、リカ様?」
アレクシス王太子が話し掛けてきた。
えっとあの、様付けされるのはちょっと……そう言ったんだけど、「あなたは私達の恩人なのだから」と笑って流されてしまった。むぅ。
「改めて母上の事、救って下さりありがとうございました。心より感謝致します」
三人に揃ってお礼を言われた。
ああ、うん。そうだよね、お母さんがあんな状態でみんなさぞ心配だったことだろう。あの花の存在を突き止められて本当に良かったと思うよ。
「さすがはリカだな!」
で、満面の笑みを浮かべてるギルベルト殿下。いや殿下、あなたずっと仲間外れだなんだって騒いでたし文句言ってたのに……まったく調子のいい。
でもまあ、お兄ちゃん二人もニコニコ笑っているし、これで一件落着……かどうかは陛下次第だけど、上出来ではないだろうか。
そう思いながら部屋を後にしたんだけどねぇ……
油断した訳ではないけれど、またもや例の二人のもとに連れて行かれました。
なんでさー。




