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いやー、警備の人達は衝撃を受けてたよね。
捕まえた犯人に警備が緩いとか言われてたし、実際に保管室への侵入と異物混入を許してたしで大失態だ。
犯人側の長く苦しめたいっていう陰湿な性格のおかげで命は無事だったけど、もし毒でも入れられていたらと思うとぞっとする。その場合はさすがに王族の口に入る前に発見される可能性は高いけど、今回の様な花の存在は薬師の間でも大騒ぎになったらしい。
あと花の栽培をしていた人に対しては厳重な調査が行われたけれど、本当に何も知らなかったようだ。でも知らなかったでは済まない話なのでもちろん処罰はされる。王妃様含め被害者が出ている状況では当然のことだとエミール君は言っていた。
あとは侍女のおしゃべりとか。
いやいや、今回の件で各所への影響は大きそうだね。
まあそれはともかく、このモリーの話に出てきたルシアナって人だけど、かなり執念深くてねちっこい性格の人らしい。
王妃様がズルをしたとか言ってたけど、もちろんそんな事実はないそうだ。
確かに昔、妃選定で家格の高い家から歳の釣り合う娘としてルシアナも名前があがったそうだけど、最終的に陛下が選んだのはミランダ様でルシアナは選ばれなかった。ただそれだけだそうだ。
なのにそれをミランダ様が何かしたから自分が選ばれなかったって、ずーっと恨み続けて今回の犯行に及んだわけで王妃様もとんだ災難だと思う。
現在、ルシアナの実家のレスタリック家は関与を完全否定しているし嫁ぎ先も離縁したのだからと無関係を主張していている。今後両家がどうなるかはよく分からないけれど、今回の件はルシアナの暴走だということは判明していた。
当の本人と言えばまったく悪びれる様子もなく反省もないという。
「私の物を盗ったあの女が悪いのよ。何がいけないの?」
だそうで、理解不能な持論で周囲を困惑させているそうだ。うん、こういうのは理解しようとか理解できるとか思っちゃ駄目だと思う。
実行犯のモリーや色々と手配を担当していたルシアナの侍女は現在取り調べ中。それが終われば処罰となるそうだけど相当重い刑になるのは確実だろう。
そして肝心の王妃様なんだけど、すっかり花の成分も抜けて体調も落ち着いたようだ。
実はガイルでこっそりポーションを飲ませていたのであちらに居る間にほぼ回復はしてたんだけどね、あまりにも花の症状が長く続いていたこともあって心身共に休める時間が必要だったんだよ。
◇
今日はこれから王妃様に久し振りに会う予定だ。
向かったのは王妃様の私室。
カーテンは開けられて部屋は明るく、出迎えてくれたミランダ様の顔にベールはなかった。
「リカ様にはなんとお礼を申し上げたらよいか……本当にありがとうございました」
あのツンとした感じはどこへ行ったのか、とても穏やかな笑顔のミランダ様。うん、めちゃくちゃ美人。
薬師の話によると、花の成分はミランダ様の中に日々蓄積されて慢性的に症状が続く状態だったようだ。めまいや頭痛などに波はあったようだけど、そんな状態ではまともに生活するのも辛かったと思う。
しかもそれだけで気分が塞ぐだろうに、その気分の落ち込みがさらに増すような作用もあったというから最悪だ。それを強靭な精神力で今まで耐えてきたんだからミランダ様はすごいと思う。
それでね、なんでも今日は私に相談したいことがあるらしい。話を聞いて欲しいんだそうだけど……なんだろね、相談って。
ミランダ様は静かに語り始めた。
事の始まりは一年ほど前。ミランダ様はお母さんを亡くし、その当時はとても落ち込んでいたそうだ。
「母は私が幼い頃から非常に厳しい人でした。母から優しい言葉をもらったことなどありません。抱きしめられたこともありません。子供ながらに寂しく感じはしましたが、私の為なのだと言う母の言葉に、私は大人しく従いました。
私が妃候補となるとその厳しさは増し、やがて王太子との婚約が決まると私に対する教育は一層の熱が入りました。私が結婚し、陛下が即位したことで身分は私が上となりましたが、母は変わらず王妃として正しくあれ、手本であれと、私に対する厳しい姿勢は変わりませんでした。
そんな母が亡くなって、私は糸が切れたような脱力感を覚えました。それまでも王妃として陛下のお役に立とうと必死に努力してまいりました。執務も外交も、私なりに成果を出してきたつもりです。しかし……母の死で、今まで私の中にあった緊張が切れてしまったようなのです。何故かすべてにやる気が起こらず、しばらくはただただぼうっと無気力な日々を過ごしました。そんな私に陛下は「ゆっくり休みなさい」と優しく言葉を掛けて下さいました。
やがて徐々にですが気持ちも落ち着き、仕事にも復帰し始めた頃です。何故か突然めまいに襲われました。その後も頭痛や怠さは続き、時には起き上がれないこともありました。私は自分の身に何が起きたのか分からず驚きましたが、薬師に診てもらっても原因が分かりません。症状から薬を処方してもらいましたが一向に良くなる気配がありませんでした」
なるほどねぇ。このタイミングで紅茶に花が混入され始めたってことだよね。
どうもポーションも使ったらしいんだけど、一時的には回復してもまた花の成分で体調が悪くなるっていう繰り返しだったらしい。
「やがて何度も体調の悪さを訴える私に、周囲がおかしいと言い始め、仮病まで疑われるようになりました。それはほんの一部の者達が言っていたことに過ぎませんでしたが、その時の私にはひどく自分が責められていると感じてしまったのです。
私は体の怠さに加えて精神的にもひどく落ち込んでしまい、部屋から出ることも出来なくなりました。陛下が心配して会いに来て下さいましたが……どうしてもお会いする気持ちになれませんでした。しかも、ある時ふと鏡をみると、あまりにも険しい顔をした私がそこに映っていたのです。どうやら頭の痛みに、自然とそのような顔をしていたようで……私はもう、陛下の前に自分の顔を晒すことが出来なくなりました」
ミランダ様が頑なにベールを外さなかったのってそういうことだったのか。痛みで顔がって、相当辛かったはずだよね。
「そして私の耳に入って来たのが側妃の噂でした」
側妃? この国って一夫多妻制だっけ?
「この国では王のみ妻を複数持てるのです。前王には側妃がお二人いらっしゃいました。もちろん側妃を持たない王もいらっしゃいます。私は陛下が側妃を迎えることに反対はしておりませんでした。王妃の担う仕事は多岐に渡ります。それを分担するという意味でも側妃は有用なのです。しかし、結婚直後、陛下は私に側妃を娶るつもりはないとおっしゃったのです。私に負担をしいてしまうが、自分の妃は私一人なのだと」
ほうほう、あの陛下がねぇ。
「とても嬉しく思いました。政略結婚ではありますが、私は陛下をお慕いしております。陛下も同じように思って下さっていると、そう思っておりました。私は王妃として必死に努力致しました。幸いにも王子三人にも恵まれ、王妃としての責務は最低限果たしたと考えておりました。ですが今頃になって側妃とは……」
ああ、なるほど。側妃はお世継ぎが出来ない場合に備えるって意味もある訳だ。だけどミランダ様の場合は仕事もしっかりしてお世継ぎもばっちり。今さら側妃の必要性は無かったってことかな。あれ、でもそうすると逆に側妃は誰でもいいとかそういうこと?
「私は最初は周囲が勝手に言い出しただけだと、そう思っておりました。ですが……陛下が城に女性を招いたというのです。私はそれを聞いて酷く落胆いたしました。きっともう、陛下の御心は私から離れてしまったのだろうと……」
え、それって浮気ってこと?
それは駄目でしょ、奥さんが病気で苦しんでる時に何やってるのさ陛下……。




