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 うん、原因が分からない。


 マリーエさんが取った行動や食べた物などを再検証したけど、そもそもその日は一日中マリーエさんに付いてエミール君が鑑定してくれていたんだよね。結果はもちろん何も出なかったし、もう一度さらに慎重に調べ直しても何も出てこなかった。うーん、何だろう、一体何を見落としているんだろうか。


 みんなで頭を悩ませたけれど答えは出ない。明日には王妃様も城に帰るしどうしたものか……。


 私は考え込みながらアルクの伊予柑ゼリーを食べていた。うん、すごく美味しい。


 だけどそこでね、ふと思い出したことがあった。


 あれ、もしかして……


 そういうこと……?




 一方ロイさんには、薬師に聞いた体調不良を訴えた人物を調べてもらっていた。


 その人は侍女で、だけど王妃様付きという訳ではなかった。下級侍女の一人である彼女は備品を扱う部署に所属していた。王妃様と直接の接点はなさそうだけど何か共通点はあるんだろうか……。


 ロイさんは直接彼女に会って話を聞いてきてくれた。




     ◇




 ああ、どうして私ばかりこんな不幸な目に合うのだろう。


 母が他界した。一年前に父を事故で亡くしたばかりだったが、母までも急な病で倒れ、あっという間に亡くなってしまった。とても仲の良い夫婦だっただけに、きっと後を追ったのではないかと周囲の人達は言っていたが、恐らく無理が祟って体を壊したせいだろう。


 もともと貧乏貴族である私の家にはろくな貯えも財産もなく、父を失い、頼る親戚もなく、私と母が必死に働き口を探して細々と生活を続けていた。


 いつまでこんな生活が続くのだろうと、同年代の子達の楽しそうな様子を見かける度に絶望の気持ちを私は抱いていた。


 私は結婚はあきらめていた。母を置いてはいけないし、そもそも持参金も私自身に魅力もない。このまま私は朽ちていくしかないのだと半ばあきらめの気持ちで日々を送っていた。


 しかしある時、突然転機が訪れた。


 城から侍女の募集があり、駄目もとで面接に向かったところ、なんと採用が決まったのだ。なんという幸運だろう。私も母も手を取り合って喜んだ。



 城勤めとなれば給金は保証される。これで母を楽にしてあげられるとそう思っていた。それなのに……。


 母の死の知らせは突然だった。私が城で生活するようになって数か月、やっと少し余裕が出来た頃だった。


 ああ、一体どうして……。


 私は母の死を嘆き、父の不運、家族の不幸を嘆いた。


 母の葬儀を終え城に戻ったが、私の心にはぽっかりと穴が開いて気力がわかず、父や母の事を思い出しては涙を流し、これからは一人なのだという不安から眠れぬ夜を過ごしていた。


 ありがたいことに職場の上司は理解のある人で私の様子を気に掛けてくれている。同僚にも心配を掛けっぱなしで私はとても申し訳なく思っていた。


 いつまでもこのままではいられない。


 幸い最近は夜も眠れているし、だいぶ落ち着いてきた。私は気持ちを切り替えなければと思えるようにもなってきていた。



 その日はとても気持ちの良い朝だった。


 私はとっておきの紅茶を飲んで朝食をしっかり食べると、久しぶりに晴れ晴れとした気分で職場に向かった。


 上司も同僚も私の様子に笑顔を向けてくれた。本当に良い職場に巡り合えたものだと思う。


 私は今までの分を取り戻そうと張り切って仕事に取り組んだ。


 しかし、しばらくすると体に異変を感じたのだ。


 そして、あ、と思った時にはぐらりと視界がまわり……私はその場に倒れ込んだ。


「エリーゼ!」


 同僚が私の名を呼ぶ声を聞いた気がする。


 しかし、すぐに私の意識は途切れてしまった――




     ◇




「気が付くと自室のベッドの上でした」


「それは大変でしたね。倒れたことに心当たりは?」


「いいえ、ありません。倒れたのも初めてのことですし、原因が分からないのです」


 彼女は悲しそうな顔で言葉を続けた。


「その後も時々、めまいや頭痛、怠さが続いて今も悩まされています。このままでは仕事に支障をきたしますし、そうなれば辞職も考えなければいけません」


 そう溜息を付く彼女にロイさんは言った。


「なるほどなるほど。エリーゼさん、お願いがあります。もしかしたら原因が分かるかもしれませんよ?」


「え、本当ですか?」




     ◇




 いやー、この話を聞いてからは早かったよね。


 やっぱりというか初めから怪しいと思っていた紅茶がキーワードに出たんだから、そりゃ食いつきますとも。


 詳しく聞いた結果、彼女が飲んだのはまさに王妃様専用のオリジナルブレンドの紅茶だった。もう大当たり、これで決まりだろうとしか思えないよね。


 しかし、何故彼女がそんな物を手に入れられたかというと、理由は彼女の職場が関係していた。


 城で生活する王族が日常で使う品は共通して使う物以外にそれぞれ好みや愛用品があり、その管理や発注を取りまとめて行っているのが彼女の所属する部署だった。それぞれ専属の商会などから商品を取り寄せるそうで、酒などの嗜好品もこの部署の管理下にある。


 以前厨房を見学した時に食糧庫も見せてもらったけど、その時に料理で使う以外のお酒、ワインなどは厨房で発注や管理を行う食料品とは別の所で管理されているとチュロ君に教えてもらった。どうやらそれがこの部署らしい。


 そして、お酒の他に紅茶もこの部署が取り扱って管理していた。もちろん王妃様の紅茶もだ。


 不足がないように常に在庫管理を行っているそうで、年に一度棚卸しを行うらしい。その際には破棄される物も多いようだけど、中には下げ渡しが許される品もあるそうで、これを理由に地味な部署ながら密かに人気のある職場でもあるそうだ。


 そして前回の棚卸しの際、その下げ渡しの中に王妃様の紅茶があった。王妃様が好まれて飲む物なので消費も多く滅多な事では下げ渡されることはないそうだけど、たまたま納品と重なり、在庫が過剰となった為に古い物が破棄対象となったようだ。それでもわずかな量だったので争奪戦となったそうで、手に入ったのは幸運だったと彼女は言っていたらしい。


 幸運かどうかはかなり疑問だけど、残っていたその紅茶をロイさんは回収してきた。そしてすぐに鑑定を行った。


 しかし、結果は同じく特に怪しい物は発見出来なかった。


 がっかりはしたけれど、もうこれが怪しいと分かっていたので私達はそこで諦めたりはしなかった。思い付いた仮説もあるし、今度はその紅茶とマリーエさんが飲んだ紅茶の両方を納品した商会へ持ち込み調べてもらうことにしたのだ。


 すると、だ。なんと両方の紅茶の中に入れた覚えのない物が入っているとの報告があった。商会側もさぞ驚いたことだろう。


 中に入っていたのは「花びら」だ。王妃様が花の香りの紅茶を好まれるので最初から花びらも配合されていけど、その中に一種類多く花びらが含まれていたのだ。本来の茶葉と比べてみたけどちょっと見ただけでは違いは分からなかった。


 入っていたのは紫がかった花びらで、詳しく調べると珍しい品種であることが分かった。この花の香りには鎮静効果が含まれるそうで、心を穏やかにする効能があるらしい。香り自体はそれ程強くなくほのかに香るといった程度だ。乾燥された花びらからはあまり香りを感じなかった。


 エミール君の鑑定でもわずかな鎮静効果というだけだったし、この国の花にはそういった効果があるものは珍しくないと聞いていた。なので鑑定報告に書いてあったけれど誰も気にしていなかったのだ。


 そしてこの花びら入りの茶葉で淹れた紅茶にも同様の効能があるとのことだったのだが……文献や植物に詳しい薬師などを探して調べた結果、驚くべき事実が判明した。






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