147
「で、どうだったの?」
「何か分かりまして?」
二人が前のめりに聞いてくる。しかも期待に満ちた眼差しで。
「いえ、特に何も?」
「「え?」」
いやいや、そんな「どうして?」って顔されても、ねぇ?
「言ったじゃないですか、何も変わらないかもって」
「え、ええ、それはまあ……でも……」
「そうだわ、何かお話はしたんでしょう?」
ほぼなかったよね。
「あー、お魚が大丈夫かとか、食べられない物があるかとか、それくらいですかねぇ」
「お魚……」「食べられない物……」
ほら、アレルギーとかあっても困るし、ご飯は美味しく食べたいよね。
「それよりも私、戻っていいですか? 約束があるんです」
「え、ええ……」
すごく落胆した様子の二人に申し訳ない気持ちはあるけど仕方ない。
私はそのまま部屋を出た。
すると廊下で殿下に呼び止められた。
「なぁ、リカ。本当のところはどうなんだ?」
殿下は私が二人と話している間もずっと黙っていたんだよね。
「本当のところ?」
「そう、何を考えてる?」
「別にー」
「……そうか」
あまり納得のいかなそうな顔の殿下。まあね、気持ちは分からなくもないけど……。
さて、戻りますか。
◇
お城の中には、住人や客が通る廊下の他に使用人が使う動線が別にある。
洗濯物を抱えたメイドなどはもちろん裏の廊下を使う。侍女は表の廊下を使う場合が多いけど、必要に応じて裏を使うし、メイドの休憩所が裏にあるのと同様、侍女達の休憩場所もある。
そして私は今、その休憩所で侍女の皆さんと一緒にお茶をしていたりする。
いやね、殿下と別れて自分の部屋に戻ろうとしたんだよ。そうしたら途中でなんだか人が出入りする扉があるなと覗いたら廊下があって、興味本位で行ってみたらここに行き当たったんだよねぇ。
しかもタイミング良く休憩時間だったようで「あら、あなたこの間の人ね。あなたもお茶飲む?」って言われたので、ありがたくご一緒させて頂いてます。
声を掛けてくれたのは以前三人組に絡まれていた時に助けてくれた人だった。お名前をイーラさんとおっしゃるそうだ。
ちなみに今はアルクは姿を消している。たまに気配が消えるのでふらふらしてるようだけど、一応周辺には居てくれてるみたいだ。また絡まれるのは嫌だし、本人も追いかけられたくないと最近はほぼこんな感じだった。
休憩所には他にも数人の侍女が居ておしゃべりしていた。
「知ってる? 先月倒れた侍女、なんか復帰するらしいわよ」
「え、ああ、あの人ね。なんか少し前に家の人が亡くなったとかいう人でしょ。随分と気落ちしてるって聞いたけど大丈夫なのかしらね」
「本当にねぇ、自分まで倒れちゃうなんて。まあ元気になったんなら良かったじゃない。あ、ねえそんなことより聞いてよ! 昨日私、お休みで久々に家に帰ったんだけど、彼が浮気してたのよ、もう許せなくて!」
「えー、前に自慢してた彼?」
「ああ、ちょっと良い家の人だって言ってたよね」
「そうよ、絶対浮気なんかしないって言ったのに……。しかもなかなか会えないからって私に非があるって」
酷いわと言ってその人は泣いていた。
「あー、ご愁傷様。そういうの結構あるよねー」
「うんうん、私も聞いたことある~」
どうも話をきいていると城勤めあるあるらしい。どこそこの誰はどうだったとかあの人はこうだったと話が盛り上がる。
「ちょっとぉ、私の話でしょう、ちゃんと聞いてよぉ」
浮気されたという侍女さんが話を聞けと騒ぎだした。どうも本人としてはまだ未練があるらしく、一度の浮気なら許すべきかどうかと迷っているようだ。
「そりゃね、寂しい思いをさせたのは申し訳ないと思うわよ。でも仕事を辞める訳にもいかないし……。ねぇ、どうしたらいいと思う?」
「そうねー、逃がしたくないなら許しちゃえば?」
「えー、私は浮気する人なんて嫌だなぁ」
「恰好良い人なんでしょう? 少しの浮気くらいは仕方ないんじゃない?」
「確かにー」
意外に浮気許容派が多いことに驚く。
ここに居るのは侍女の中でも下級の人達だ。
城の使用人はそのほとんどが住み込みで、一部上級侍女や従者には城内に個室が与えられるけど大部分は城に併設された宿舎で数人が一部屋を使う寮のような所で寝泊まりをしている。この侍女達も宿舎住みらしい。
基本的には月に二度ほど休みがあり城を出る事が出来るけど、それ以外の外出は特別な事情でもなければ許可されない。
休みが月二日とかどれだけブラックだよと思ったんだけど、こちらでは別にこれくらいは普通のことだそうだ。しかも寝泊まりする場所を用意してくれて食事が出て、休みがちゃんとあってお給料が良いという事もあり、お城で働きたい人は大勢いるんだとか。まあ、その分審査とかは厳しいらしいけどね。
侍女は貴族女性がなるものだけど、上級侍女が嫁入り前の箔付けや行儀見習いで勤めるのに対し、下級侍女は給金目当ての場合が多い。あともう一つの目的は結婚相手探し。少しでも条件の良い相手を探したり縁を繋げようとするそうだけど、なかなか難しいようだ。
「ねえ、あなたはどう思う?」
侍女も大変そうだなと思っていたら、なんと意見を求められてしまった。ええ、これ私も答えるの?
「えーと……浮気する人が嫌なら別れるべきかな、と」
私は嫌だなって思う。大学の時を思い出してちょっとスンってなった。
「えー、でも一度くらいは大目に見てもいいんじゃない?」
「うーん、どうでしょう。浮気する人ってそういう人なんですよ、きっと。だからまたするんじゃないかなと。それが許せるならいいですけど、そうじゃないなら浮気しない誠実な人を選んだ方が良いんじゃないかと思います。それに、そもそも浮気をあなたのせいにしている時点でありえないですね」
質問をしてきた侍女さんが私を見て固まった。あれ?
周りを見ると何故か注目を集めていて、みんなが無言でこちらを見ていた。あれれ?
「……そうね。私、よく考えたら浮気なんて許せないわ。うん、私、彼とは別れる。もっと誠実な人を探すわ!」
そう言うと彼女は部屋を出て行ってしまった。なんだったんだろう?
「あなた凄いわね、あそこまではっきり言うなんて」
「やるわねぇ、でも確かにあなたの言う通りよね。なんかすっきりしたわ」
「ねえ、今度私の相談にのってくれない?」
などなど、何故か皆さんに声を掛けられました。あれぇ?
その後は「あら時間だわ」と言ってみんな仕事に戻っていった。
残っていたイーラさんが教えてくれたんだけど、なんでもこういう場所で恋愛話が出た場合、適当に対応するのが普通なんだそうだ。誰も本気で答えないし、聞いた方だってまともな答えが返ってくるとは思っていない。それこそ自己責任、誰も個人の恋愛に責任を持ちたくないし関わりたくない。
なので私がはっきりと「別れた方がいい」とか「ありえない」と言ったことはなかなかに衝撃的だったようだ。そんなぁ、だったらもっと適当に答えておけば良かったぁ~。
「あなたって変わってるわね」
焦っている私を横目に、イーラさんはおかしそうに笑っていた。




