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「もしかしてロイさんですか?」


「いやだ、あの子まだその名前を使ってるのね。ちゃんとローランって素敵な名前を付けてあげたのに、何故か嫌がるのよねぇ」


 まったく困った子よね、と呟くマルティナ様。


 そういえばそんな名前だったっけ。


 だけどええっ、この人ロイさんのお母さんってこと?


 めっちゃ美人じゃん。目鼻立ちくっきりで華やかで、しかも王妹って。ロイさんって王族に近い血筋とか聞いてたけど、殿下の従兄弟って事になるよね。


「ふふ、嫌悪がなくて良かったわ。もしかしたら即お断りされると思ったのだけど……少しは希望がありそうね」


 にこにこ顔でマルティナ様はそう言うけど、いやただ驚いてるだけですから。それに私、あなたの息子さんに囮にされましたからね。許してませんから。


「まあ、マルティナ様、あまり干渉されるような真似は感心致しませんわ。本人達に任せるというお話だったではありませんか」


「あら、だってメルドランの次期領主様だってリカ様にご執心だと聞いたわよ。ぐずぐずなんてしていたら駄目よ。こういうのはね、積極的にいかないと」


「まあそんな……アレクシス様にご相談しなければ。私だって可愛い義妹が欲しいですわ」


 なんだか私の知らないところで話が進んでいるみたいだけど……えーと。困り顔の私を見て、二人はとても楽しそうに笑っていた。


 悪意は感じないし、単純にお茶会の話題の一つとしてからかわれてるんだろうなぁって思う。だけどこういうのは慣れてないし困るので勘弁して欲しいです。


 それからしばらく話は続いたけど、やがてマルティナ様が溜息をつきながら愚痴り始めた。


「やっぱり女の子っていいわよねぇ。うちなんかもう男ばっかりで本当に嫌になるのよ。可愛くないし帰ってこないし、話し相手にもならない」


 ラビニア様が教えてくれた情報によると、マルティナ様はご子息が三人で娘さんはいらっしゃらないそうだ。なんでも王族は代々男が多く生まれる家系らしく、マルティナ様はそんな中で生まれた待望の女の子だったらしい。そういえば殿下も三人兄弟だし、ラビニア様も男の子二人だったっけ。


 いやそれにしても、マルティナ様若いなぁ。とても成人した子供がいるなんて思えない。先日の陛下もだけど、王族の血筋は何か若さを保つ遺伝子とか持ってるのかね。


 マルティナ様は尚も「息子なんて本当につまらないわ」とぼやいていた。長男次男は結婚しているそうだけど、今は遠方にいるのでお嫁さんともなかなか交流出来なくてご不満らしい。


「ふふ、でもマルティナ様はご夫婦仲がとても良くていらっしゃるじゃないですか」


 ほぉ、そうなんだ。ラビニア様がニコニコと続ける。


「聞きましてよ、大恋愛の末のご結婚だっとか……」


「そ、そんなことないわよ。嫌ね、誰がそんな昔の事を……」


 ちょっと赤くなって焦ってるマルティナ様が可愛らしい。自分に話が向けられるのは困るけど、別に恋愛話は嫌いじゃないよ。ラビニア様が穏やかな笑顔でマルティナ様をじわじわ攻めていく様子は見ている分にはとても楽しい。


「もう、私の事はいいのよっ。私ではなく今はあの子の事でしょう!」


 マルティナ様が早々に逃げ出した。ラビニア様強いなぁ。しかし「あの子」とは誰の事だろう。


「……実は、今日はご相談したい事があってリカ様をお招きしましたの」


 マルティナ様とラビニア様が二人で顔を見合わせて頷き合っている。マルティナ様のどんな話が聞けるのかとちょっとワクワクしていたんだけど、どうやらお預けらしい。それにしても一体何だというのか、急に二人の雰囲気が真剣なものに変わった。


「ミランダのことよ」


 マルティナ様は王妃様を名前で呼んだ。二人は幼馴染だそうでとても仲が良く「向こうがどう思ってるかは知らないけれど、少なくとも私はあの子を親友だと思っているわ」とのことだった。ふむ。


「一年前にあの子の母親が亡くなったことはご存じ?」


「ええ、聞きました。それでベールをしてらっしゃると」


 王妃様のあの黒いベールを思い浮かべる。


「そうなのよ、ちょっと度が過ぎているけれどね。ただその頃から段々とあの子の様子がおかしくなったのよ」


 マルティナ様が悲しそうな顔をする。それを見てラビニア様が言葉を続けた。


「王妃様はお母様の死がとてもショックだったようで、ふさぎ込まれることが多くなりました。陛下もとても心配されたのですが、なかなかお元気になられる様子がなくて……。しかしそれでも、王妃様としての職務や公の場への出席などはされていたのです。ですがそれも徐々に減り……やがて部屋に閉じこもるようになってしまわれました。それまで貴族女性の模範となるような毅然とした様子で振舞われていらっしゃっただけに、王妃様の身に何があったのだろうと皆とても心配しているのです」


「あの子、誰とも会おうとしないのよ。私が行っても門前払いだし、お兄様にも会おうとしないなんて……本当に何を考えているんだか」


 片手を額に置き、首を振るマルティナ様。


「実は既に喪は明けているのです」


 ラビニア様が教えてくれた。ふうん、喪が明けてるってことはあのベールはもう必要ないってことだよね。


「王妃という立場であれば外交もあります。その為、喪に服す期間は通常一年とされていますが、もっと短く済ます場合もあるのです。ですが王妃様はずっとベールを付けたままでした。そして先月、喪は明けましたがまだ変わらずベールは着けたままです」


 現在、公の場へは王妃様の代わりにラビニア様が次期王妃として出席しているそうだ。だけどさすがに喪が明ければ王妃様も公務に復帰するだろうと思われていたのにちっともその気配がなく、城の中では困惑が広がっているらしい。

 

「以前から口さがない者達があれこれ騒いでいたけれど、そろそろ本当に立場が危ないのよ」


 どうも仕事もせず引きこもっている王妃を廃そうとする動きがあるらしい。本人を説得しようにも話も出来ず、もう自分達ではもうどうにもならないので私に頼みたいのだと二人は言う。


「お願いですリカ様、御力をお貸し下さいませ。私は王妃様を尊敬しお慕いしています。お力になりたいと思いますが、どうすればいいのか方法が分からないのです」


「私からもお願いするわ。あの子が何を考えているのか、それが知りたいの。どうか話をしてみてくれないかしら」


 ええー、なんか頼まれちゃったけどどうしよう。それにこの間だってほぼ会話なんてなかったし……王妃様の事は気にはなるけど、はっきり言って会うのは気が進まない。


 うーん、困ったねどうも。




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