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王都への馬車が発って数日。
ヒナちゃんとのおしゃべりは毎日楽しく続いている。
「スマホないし、することなくてつまんない」
「あー、確かにねぇ」
今時女子高生って普段何してるんだろう。私の高校生時代は……うん、まったく参考にならないね。
ポケットに入れていたスマホはいつの間にかなくなっていたそうだ。最初にこちらに来た時点では鞄も持っていたそうだけど、気が付いた時には見当たらなかったという。恐らくどちらもあちらの世界に戻ったんだろうけど……。
「盗まれたのかなぁ」
ヒナちゃんがそう言っていたから、こちらの世界に物を持ち込んだ場合のことを話してみた。
「え、じゃあ服とかもあっちに戻ったってこと?」
「たぶん」
着ていた制服や靴、下着とかはこちらの人がどこかにやってしまって「返してくれない」って思ってたそうだけど、脱いだ時に戻ったんだろうね。戻った場所がどこかにもよるけど……あ、あれ、これって結構事件じゃない……? せめてヒナちゃんの家とか部屋に戻っていればいいけど、道端とかだったら犯罪確定案件だよねぇ。うわぁ。
「……私、行方不明者とかになってるのかなぁ」
「そ、そうだねぇ……」
こちらに来てから二ヶ月だ。本来だったらヒナちゃんは今頃、高校二年生に進級しているはずだった。
ヒナちゃんの家庭事情とか普段のこととか聞いたけど、本当にごく普通の高校生だった。ご両親とお兄さんがいる四人家族で毎日電車で高校に通い、今度アルバイトを始めようと思っていたんだと話す十六歳の女の子。
警察に届け出がされている可能性は高いし、戻ってもどこへ行っていたと聞かれるのは間違いない。正直に話したところで信じてもらえるとは思えないし、おかしくなったとか思われそうだ。家出で済むのかも分からないし、行方不明だったとかヒナちゃんのこれからの人生にマイナスでしかないよね。
私はこちらに長く滞在することで戻った時に起こるあれこれに考えが及んでいなかった。どこか他人事というか、ちゃんとその人の身になって考えられていなかったんだって改めて思う。
どうしてもっと早くに気が付かなったのか……本当に後悔するばかりだ。
「なんとかなるって。里香さんがそんな困った顔することないよ」
高校生に慰められる私って……情けないね。ヒナちゃんは明るく話すけど、彼女が一番不安なはずだ。本当に何かいい方法はないものだろうか……。
「それよりさ、せっかく異世界に来てるのに全然外に出してもらえないんだよね。町とか歩きたいのにどうにかなんないのかな」
神殿関係者に狙われる恐れがあるとかで、お城でも外出は止められているらしい。「運動不足になるし太る」とヒナちゃんはふくれていた。
そこで思い出したのが以前にもあったストレスの発散とケア。
マリーエさんの時はケアはお風呂とお酒とご飯に睡眠、発散はダンジョンで魔物と戦うっていう感じだったけど、ヒナちゃんの場合はどうなんだろう。
最近はちゃんと眠れているらしいし、お城には大浴場があったとかなりご機嫌に話してくれた。神殿にはそういうものはなかったそうで、お風呂に入れて凄く喜んでいた。リラックス出来ているようで何よりだ。
あと食事については顔をしかめていた。
「ハンバーグ食べたい、餃子食べたい、ポテチ食べたい、鯖の味噌煮食べたい」
えーと、とりあえず食欲はありそうで安心したかな。なかなかなラインナップだけど、日本食恋しいよね。だけど今はどうにもできないからなぁ。もうちょっと我慢してもらうおう。
発散の方はどうだろうか。
「何か体動かすとかしてみれば? そういえば部活とか何かやってる?」
「うん、空手やってる。あと陸上」
「掛け持ち? すごいね」
「本当は空手部なんだけど、先生に言われて陸上にも少し顔出してるだけだよ」
そう言って照れたように笑っていたけど、運動神経皆無の私にしたら信じられないくらい凄いと思う。
「じゃあさ、空手やってみれば?」
「……え、ここで?」
ヒナちゃんがきょとんとしていた。
彼女の実力も空手も良く知らないけど、練習みたいなことはできると思うんだよね。
「相手とか必要? 何か必要なものとかある? それとも走るとかの方がいいのかな」
嫌がる様子はなく、むしろ嬉しそうに見えたので殿下にお願いしてみた。
殿下からはすぐに用意すると返事がもらえ、動きやすい服装とか色々、ヒナちゃんが運動出来るように手配してもらえた。ありがたいよね。
これで少しはストレス発散になればいいんだけど……。
◇
ロイさんから連絡が来た。
事前に決めておいた最初の町に着いたそうだ。夜通し走っているそうで、かなりハイペースで馬車は進んでいるらしい。
私は扉を出してアルクと一緒に馬車に移動した。鍵は忘れずに掛ける。そこから外に出ると、見知らぬ町の見知らぬ建物の前だった。
「ようこそリカ様、お待ちしておりました」
ロイさんが出迎えてくれた。
「随分早かったけど、無理してないですか?」
「おや、心配していただけるとは嬉しいですね。私は大丈夫ですよ。馬も交代しながらですし問題はありません」
「ならいいですけど」
案内されたのはかなり立派なお屋敷だった。使用人さんもいる。
「ここはメルドラン領主の所有する屋敷です。今後も領主様や王家所有の家や屋敷を扉の拠点にしていくつもりです」
出発がかなり慌ただしかったこともあり、扉を出す場所の詳細は聞いていなかったしお任せしてあった。
「小さな町もありますので、そちらは新たに場所を手配しています」
ふむ、時間がなかったにしては手際が良いよね。まあ私としては安心して扉を出せる場所があるならありがたいだけだ。
またすぐに出発すると言うので私は指示された場所に扉を出した。なんだろうね、ロイさん相手だとどうも上手く使われてる気がするというか……まあ、いいか、ここは深く考えまい。
「じゃあこのまま帰りますけど、ちゃんと休憩は取って下さいね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
ニコニコと笑顔のロイさんに見送られ、滞在時間わずか十分程でガイルに戻って来た。なんともあっけない。
本当は目的地への移動だって旅の醍醐味というか楽しみたいんだけど、今回はそういうのもないしちょっと寂しいね。
その後もロイさんは順調に馬車を進め、私の扉設置も進んでいった。
ああ、早く色々解決させたい~!




