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 迷い人、ヒナちゃんは泣き続けていた。


 少し小柄でショートボブのとても可愛らしい女の子。


 どれだけ不安だったことだろう。


 ああもう、側に居たら抱きしめてあげるんだけど。


 しばらくして少し落ち着いてきたのか、彼女は私の方を見て話し始めた。


「……ねぇ、お願い……ぐすっ、助けて……あたし、あたし殺されちゃうっ!」


 おおっと、穏やかじゃないね。なんで殺されるなんて思ってるんだろう。


「えっと、ちょっと待って。どうして殺されるなんて思うの? そんなことないから大丈夫だよ?」


「だって、逃げないと、私、イケニエにされちゃう……」


 目にいっぱい涙を溜めてヒナちゃんは言う。


「イケニエ?」


 何のことだろう?


 とにかく私は自分の事やおそらく元の世界に戻れる事を話して安心させた。


 彼女を連れて帰れるかの確証がある訳じゃないし、希望を持たせて駄目でしたっていうのは許されることじゃないけど、それでも「家に帰りたい」って泣き叫ぶ子にこれ以上黙ってはいられなかった。


「……あたし、帰れる、の……?」


 彼女は凄く驚いていた。どうもね、もう二度と帰れないと誰かに言われたらしいんだよね。


 ぽろぽろ涙を流しながら「ほんとに? ほんとに?」って何度も聞かれた。


「あー、実は他の人を連れて行き来をしたことがないから絶対って断言が出来る訳じゃないんだけど、帰れる可能性は高いと思う」


 私は正直に話した。ぬか喜びさせるなって言われるかと思ったけど、ヒナちゃんは帰れるかもしれないことに喜んでくれた。怒られなくて良かった。いい子。


 その後はヒナちゃんはだいぶ落ち着いて色々と話をする事ができた。


 まず彼女の名前は森陽菜ちゃん、十六歳の高校一年生。なんと実家と同じ市内に住んでいるとのこと。「家近いねー」って言ったら笑ってくれた。


 ヒナちゃんは学校からの帰り道、駅から家まで歩いている途中に突然こちらに来てしまったらしい。気付いたら見たこともない場所に居て非常に焦ったそうだ。そりゃそうだよね。


 運良く近くに人を見つけて話しかけたけど言葉は全然通じない。途方に暮れていたら、その時話しかけた人が町へ連れて行ってくれてそのまま保護されたんだって。


 とりあえず変な場所に出なくて良かったよね。すぐに見つけてもらえたのは運が良かったと思う。


 その町ではとても手厚く世話をされたそうで、不自由はなかったけど言葉が分からずここが何処かなど情報がなくて非常に心細かったそうだ。


 最初に会った人もだけど町には黒髪の人が多く、顔はアジア系の雰囲気があったけど日本人とは違ったので、ヒナちゃんは自分がどこか外国に来てしまったのかとこの時は思っていたらしい。


 やがて数日経って初めて言葉が分かる人に会えたと言っていた。で、その時に名前や何処から来たのかなどを聞かれたそうだ。


「その人、あたしが迷子だって言ったの。それで話が聞きたいから一緒に別の場所に来て欲しいって」


 きっと迷子って迷い人のことだよね。まあ迷子でも間違いじゃないか。


「でも、その人が帰った後に別の人が来て、すぐに出発するって言われた。さっきの人は明日って言ってたのにおかしいって言ったら、あれは悪い人だから言う事を聞いちゃいけないって」


 ヒナちゃんはそのままその人に連れていかれたそうだけど、それってさっき聞いた神殿の人だろう。


「なんか馬車みたいなのに乗って大きな建物に連れていかれた。そこで先生、あ、あたしが勝手にそう呼んでるだけなんだけど、その人に色々教えてもらったよ」


 どうやら担当の女性が付いたみたいで、やっと会話らしいものが出来るようになったそうだ。会話と言っても本の単語を指すくらいだけど、それでやっとここが別の世界だと知ったらしい。


 ヒナちゃんはもちろん帰る方法を聞いた。だけどそれは無理だろうと言われたそうだ。絶望してしばらくは泣いて過ごしたという。


 そしてやっと落ち着いた頃に少しずつ国の名前や領の名前、そこが神殿だとかの情報を教えてもらうようになった。あと一緒に言葉も習ったらしい。


「あたし、あんまり覚えるのとか得意じゃないから、挨拶ぐらいしか出来なくて……。里香さんそんなにちゃんと話せてすごいね」


 ヒナちゃんとの会話の合間に殿下に聞いた話を伝えていたんだけど、それを聞いてヒナちゃんは驚いていた。まあ私のは勉強した訳じゃないのでなんか申し訳ない感じがする。扉をくぐったらヒナちゃんも言語特典付くんだろうか。


 さて、それでだ。その先生とやらに教えてもらって言葉の勉強をしながら神殿でのお祈りとか過ごし方も少しずつ覚えさせられたそうなんだけど、なかなか外へは出してもらえなかったそうだ。


「町の様子とか見たいって言っても外は危ないから駄目だって言われた。でも神殿の中庭は行ってもいいっよって言うから行ったんだけど……そこに行くと色んな人に見られてすごく嫌だったから行かなくなった」


 神官達はともかく、それに混じって身なりの良い男の人が何人もヒナちゃんの様子を見に来ていたらしい。なんか視線がすごく気持ち悪かったそうだ。


 そんなある日、先生が一つの腕輪をくれたんだって。身を守る為の物だから、寝る時も付けるように言われたそうだ。


 で、数日後。夜、ヒナちゃんが寝ている部屋に侵入者があった。眠りの浅かったヒナちゃんは物音に気付いて目が覚めたようなんだけど、怖くて声も上げられなかったそうだ。


「え、大丈夫だったのそれ?」


 話を聞いてすごく焦ったよね。


「大丈夫、なんともなかったから」


 そう聞いてほっとしたけど、警備とかどうなってるんだろうと疑問に思った。


 侵入者は徐々にヒナちゃんのベッドに近づいてきたらしい。だけど、すぐ側まで近寄って来た気配にヒナちゃんが怯えて震えていたら、突然バチーンって音と「ぐあぁっ」ってうめき声がしたんだって。


 ヒナちゃんはびっくりしたけど、何が起こったか分からないし、怖くて怖くて確かめることも出来ずに布団にくるまって震えていたそうだ。


 で、朝になってお世話をしてくれる人が部屋にやってくると「きゃあぁー」って悲鳴を上げて持っていた水瓶を落とした。それで朝方になってうとうとと眠ってしまったヒナちゃんは、悲鳴と水瓶の割れる音で目を覚ましたんだけど、その時初めて床に男の人が倒れていたのを見たそうだ。


 後からやって来た先生は侵入者は貴族の男でヒナちゃんを襲おうと部屋に侵入してきたんだと教えられた。


「先生がくれた腕輪が守ってくれたんだよ」


 ヒナちゃんは嬉しそうに話すけど、うーん……。


 殿下にこのことを話したらやっぱり顔をしかめていたし、横を見たらロイさんも同じような顔をしていた。


 どうにも作為的なものを感じるよねぇ。




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