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 神殿という所が迷い人を使って何かしようとしていた事は分かった。あと彼女が逃げなきゃいけない何かがあったらしいことも。


 不思議だったのは彼女との会話をどうしていたかなんだけど、聞いたらこの国の言葉と日本語が対になっている二言語辞典みたいな本があるらしい。英和辞典とかそんな感じかな。


 私は扉のおかげで言葉には不自由しないから意識したこともなかったけど、国内の言葉は共通だそうで、領毎で少しイントネーションが違ったり、独特の表現があったりするらしい。方言みたいなものかな。私もメルドランから出たら違いとか分かるんだろうか。


 で、その本を使って単語で会話するらしんだけど、単語数がそんなに多くないこともあって難しい話とか込み入った内容になると伝えられないことも多いんだとか。それじゃあお互い困るんじゃないかと思うけど、今まではそれでやってきたとのこと。迷い人が少ないからそれで済んでたってことかな。


 ロイさんは一通り説明をして「また明日来ます」と言って帰っていった。


 彼女が何を言われてどう考えたのか、どうしたいのか、ちゃんと話が出来るといいなと思う。


 さて、今日はもう休みまーす。



     ◇



「リカ」


 何だろう、声が聞こえる……。


「リカ、起きて……」


 何、私まだ、眠……い……。


 顔にかかる手と、繰り返し私を呼ぶ声。


 少しずつ意識が浮上する。


「んぅ……」


「リカ」


 アルクの、声……?


 重い瞼をゆっくり上げれば……。


「!!」


 目の前に顔がありました。


 び、びっくりした。


 もの凄く心臓に悪い。


「え、何、どうしたの?」


 胸がバクバクしてる。


「鏡がずっと光っている」


「……え、鏡……?」


「あと外にアレが来ている」


 アルクの言うアレは……ロイさんか。


 何か緊急事態かな。時間を確認したら朝の五時前だった。



 普段よりだいぶ早い朝だ。


 眠気はアルクの顔をアップで見た時点で吹き飛んでいた。


 ああいうのはもう本当にやめて欲しいと思う。前はどうして平気だったんだろう、心臓が持たない……。


 ともかく私は急いで顔を洗って着替えて、最低限身なりを整えるとガイルに向かった。


 アルクには先に行ってもらい、ロイさんを家に入れてあげるように言ったけど大丈夫かな。



「おはようございます。朝早くから申し訳ございません」


 ちゃんと家には入れたらしい。私が着くとすぐにロイさんが謝ってきた。


「おはようございます。何かあったんですか?」


「はい、城から連絡がありました。迷い人が目覚めたそうなのですが、起きた途端に暴れ出したそうです。もはやリカ様にお願いするしかないと……申し訳ありませんが話をして頂けますでしょうか」


 昨日は強制的に眠らせたんだっけ。暴れる元気があって良かったと思うべき?


「はい、構いませんよ」


 という訳でさっそく鏡の前に移動した。


 いつも鏡の前に椅子だけ用意するんだけど、今日はテーブルも移動させてみんなで座る。


 アルクがいつの間にかコーヒーを淹れてくれていたんだけど、相変わらず気遣いが出来る精霊だよね。そういえば鏡が光ってるとか、アルクは日本に居ても人の気配以外も分かるんだなぁなんて事を思いながらコーヒーを飲んだ。うん、美味しい。



 鏡の通信が繋がるとまず殿下が出た。


「おはよう、リカ。早くからすまないな。予定が変わってしまったがよろしく頼む」


「おはようございます。大丈夫ですよ。それで彼女は?」


「うむ」


 殿下が誰かに合図して迷い人の女の子が……運ばれてきた。


 いやなんていうか、女性騎士らしき人達に二人掛かりで抱えられてるんだけど……手とか足とかを縛られて、猿ぐつわまでされている。紐とかではなく布の様なものを使ってあるところに配慮が見られる、のかな?


 いやだけどさぁ、いくらなんでもこれってどうなのよ。


 私の非難の眼差しを受けて殿下が言い訳してきた。


「仕方ないだろう。こちらとしてもこんな事はしたくないが、本人を傷つける恐れもある。我々に敵意がない事を早く説明してくれ」


 なんか大変だったらしい。めずらしく溜息をついて困った顔をしていた。


 椅子に座ったものの、いまだ自由の利かない体で動こうともがいている女の子。


 私はひとまず呼び掛けてみた。


「あの、こんにちは。私、小林里香っていいます。私の言葉、分かりますか?」


 ビクンッ。


 女の子が明らかに大きく反応した。


 目を見開いてこちらを見ている。


 あ、良かった。伝わってるみたいだ。


 一応話す前に「日本語で」と意識してから話したんだけど、ちゃんと日本語になっているのかは自分ではよく分からないんだよね。後からロイさんに聞いてみたら、私と女の子は知らない言語で話していたと言っていた。ほんと、不思議だよねぇ。


「えーとね、私はあなたとお話をしたいんだけど、その前にその拘束を解いてもらおうと思うのね。あなたの周りにいる人達はあなたを傷つけないし、あなたを助けたいと思ってる人達なんだよ。だからね、お互いちゃんとお話しする為に、これ以上暴れないって約束してくれない?」


 女の子は私の言葉を聞いて少し考えていたみたいだけど、やがて首を縦に振って頷いてくれた。


「殿下、その子の拘束を解いてあげて下さい」


「分かった」


 殿下の命令で女性騎士が彼女の布紐を解いていく。最後に口元を解かれて女の子、ヒナちゃんは大きく息を吸っていた。


「大丈夫?」


「……うん。……あの、あたし、あたし、いきなり知らない場所に来ちゃって言葉も通じなくて、ほんと意味分かんなくて……それで、それ、で……」


 わーんっと今度は勢いよく泣き出してしまった。


 うん、まあそうだよね。心細かったよね。


 早く気付いてあげられなくて、本当にごめんね……。




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