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事件の翌日、私は一日家で大人しくしていた。
朝、いつもより少し遅い時間だったけどちゃんと目も覚めたのに、アルクに休んでなさいって言われてベッドから出してもらえなかった。
戦いの時は確かに頭も痛かったし疲れたけど、私は早めに家に帰してもらったしすぐに休むことが出来たんだよ。後処理で働いている皆にはすごく申し訳なかったけどね。
ちゃんと休んだおかげか翌日は体調も良かったし、特に痛い所とかもなくて本当にいたって普通だったのにアルクは心配し過ぎだよ。
いい加減寝ているのに飽きて昼過ぎには起きたんだけど、出掛けるのは駄目って言われて仕方なく日本の家でゴロゴロしてた。
二日ほど経ってやっとガイルの家に行ったんだけど、どうも色んな人が私の様子を見に来てくれていたらしい。だけど家の扉は開かないし反応もなくて、みんなにすごく心配したって言われた。
アルクは来客は分かっていたはずなのに教えてくれなかったんだよ、まったくもう。
えーと、それであの事件なんだけど、後処理は現在進行形で進められている。
みんなとっても忙しそうだ。
私は特に何も出来ないから家でご飯を作ってる。みんなが「疲れた」って家に来た時にご飯やおやつを出してあげて、またお仕事に戻るのを見送るっていうことを繰り返していた。
なので現在ダンジョン探索もお休み中だ。早く収拾がつけばいいのにって思う。
そういえば事件を起こした張本人、ライナスはあの黒い球体を出した時点で気絶してその場に倒れていたらしい。しかも無傷だったっていうんだから悪運強いよね。
ロイさんによると気絶したのは杖に神力を吸い取られ過ぎた為ではないか、とのことだった。
ライナスの力が少なかっただけなんだけど、そのおかげであの球体が本来より小さくて魔物が出てこられなかったんじゃないかと推測しているらしい。
どうやら杖を使う人によって威力が違ってくるというのは共通しているようで、力が無さ過ぎると本来の使い方が出来ないんだそうだ。
まあ何にせよ、あっちから腕の持ち主が出てこなくて本当に良かったよね。アレが出てきたら……うん、考えたくない。
そうそう、杖は本物、ダンジョン産だった。
なんでそんな物をライナスが持っていたかというと、元々ボーグが乗っ取ったある貴族の持ち物だったらしく、これをボーグは屋敷に飾っていたそうだ。で、それを持ち出したってことらしい。
鑑定では「世界を異界と繋ぎ、魔物を召喚してすべてを無に還す力がある」っていうとんでもないものだったんだけど、伝わっていたのはその杖の力から付けられた名前だけだったみたい。
その名も「無に還す杖」だそうだ。
ライナスはこの名前だけで「すべて無かったことになる」と言ってた訳で、実際に何が起こるかは知らなかったっていうんだからあきれるほかない。
本当に何考えてるんだかと思うけど、そこはほら、ライナスだしあの状況だし。追い詰められた人間は怖いよねぇってこと。
とにかく「無に還す杖」は危険過ぎるということで現在は厳重に保管されている。あんなものはもう絶対に世に出さないで欲しいと切実に思うよ。
で、これだけ大事件を引き起こして目撃者も多数。ライナスだけの責任で済む訳がなく、ボーグ家当主含め一族全体にまでその責任が問われている。
それにボーグ家は色々後ろ暗い事をやっていたから叩けばいくらでも埃は出るらしい。エミール君が言うには家は取り潰しになるだろうとのことだった。
あとね、取り調べでデイルズ家が借金を負ったのもボーグ家が仕組んだことだということが判明した。やっぱりっていうか、本当にどうしようもないね。
ロイさんは「ボーグはデイルズ家を使って中央領に勢力を伸ばしてよからぬ事を企んでいたようです。厄介事が増える前に早めに処分出来て良かった」なんて言ってたけど、これ最初から潰す気だったんじゃないのって私は疑ってる。前からそんなこと言ってたし。
今回は私の意向で動いてくれたけど、ボーグみたいな下級貴族なんてきっとロイさんにとってはどうでもいいんだと思う。ロイさん怖い。
だけどあの騒動さえなければ今回のこちらの計画は上手くいっていたんだよね。あの異界の入り口を閉じることが出来たのだってロイさんの言葉があったからだし、やっぱり頼りになるし素直に凄いなとは思う。
一応、感謝もしてるんだよ。言わないけど。
ロイさんは今はエミール君の補佐をしているらしい。一番事情が分かっていそうだし、しっかり使われて働いて欲しい。
マリーエさんは事件に関わった一人として騎士団の方に呼ばれている。色々やることがあって忙しいらしく、なので護衛任務はしばらくお休みになった。
マリーエさんからは「申し訳ありません」って謝られたけど、マリーエさんが悪い訳ではないし、自分も大変だったのに私の事をすごく心配してくれていた。だからという訳ではないけど、私はちゃんと家で大人しくしてたんだよ。なのに何故か周りに「大人しくしていて下さい」って言われたのはちょっと納得いかないよね。
あと落ち着いてから、マリーエさんがフランツさんを連れて家に来てくれた。話してみたらフランツさんはとても感じの良い人で、もちろんもの凄く感謝されたし、マリーエさんを必ず幸せにしますと誓ってくれた。
うん、二人にはぜひ幸せになってもらいたい。だけどね、すぐに二人の世界に入っちゃうのは恋人もいない私にはキツイので勘弁してもらいたいかな。
それにしても、せっかく計画通りに婚約破棄に持っていけてボーグの計画は潰したのに、あの杖のおかげで大変な目にあったし、ボーグ家もなくなっちゃったし。私達が動いたからあの事件が起こったと考えると、ちょっと色々思う所もあったり。
だけどまあ、マリーエさんとフランツさんは幸せそうだし、結果的には良かったってことなのかなぁ。うーん。
そうそう、あれから時々、騎士団長さんが家に来るようになった。
事件直後、現場で横になってた私を心配してみんなが代わる代わる様子を見に来てくれたんだけど、その時に私がマリーエさんが恰好良かったとすごく褒めたのね。だってドレス姿で剣を手に戦う姿はもう女神って感じだったし。
そしたら「俺は俺は?」って騎士団長が煩くて……。
「あーはい、恰好良かったです」
適当に返事をしたのが駄目だったのか、やたらと絡まれた。
なので「刃を飛ばしたり剣に炎をまとわせるとか凄いー」って褒めたら「そうだろう、そうだろう」って何故かもっと絡まれるようになった。なんで?
それ以来、騎士団長は家に来る誰かを捕まえては一緒にやってくるんだけど、ちょっと煩いし暑苦しいのでどうにかして欲しい。あとご飯を食べる量もすごいしで困ってます。むぅ。




