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48話 クズ大家、駆けつける真司



 上田 真司しんじとわかれたダリアは、ゆりかもめの駅まで向かう途中にいた。


 里花りかからラインの通話がかかってきたので、それに出る。


「もしもしー?」

『あ、えっと……だ、ダリア。その……今……大丈夫、あ! 忙しいならいいのよ、うん……忙しいなら……』


 電話の向こうで、慌ててる里花りかの姿が容易に想像できた。


 おそらく、不安だったのだろう。

 自分の大好きな彼と、もしかしてデート以上のことを、してるんじゃないかと。


「安心して。さっきシン……ドーテーくんとは別れたから」


『あ、そうなんだぁ……』


 露骨にほっとしているのがまた可愛らしく、ダリアは苦笑する。


「なぁに? もしかしてあーしがドーテーくんと、ホテルとか行ってるとでも思ったの~?」


『だって……ダリアは綺麗だし。しんちゃんも男の子だし……そういうエッチな気分に、なっちゃうかなぁって』


 とても不安そうに里花りかが言う。


『ごめんね……』

「え、なに謝ってるの?」


『だって……ダリアがあたしを裏切るような人じゃないって、わかってるのに。不安になっちゃって……ごめんね』


 どこまでも、この子は光の存在なのだなと、ダリアは思う。


「大丈夫だって。君を裏切ったりしないって」


『そっかぁ~……うん。そうだよね』


 ここで、ダリアが嘘をついてるという可能性を、まったく考えてないところが、里花と自分との違いなんだと思った。


 人に裏切られたことのない、純粋な、無垢なる魂の持ち主なのだ。


 ……自分と違って。


 本当に、真司とはお似合いだ。


「ごめんねりかたん、あーしのわがままに、ドーテーくん付き合わせちゃって、君を不安にさせてしまったよ」


『ううん、気にしないで。しんちゃんが選んだことだもの。まあ不安になったのは……うー、あたしがまだ未熟だからだし』


 ゆりかもめの駅が近づいてきた。

 そろそろ、要件を切り出しておこう。


「りかたん、もう安心して。もうドーテーくんと二人で会うことないし、君を不安にさせること、もう二度とないからさ」


 ……ダリアは里花に、別れの挨拶をしたかった。

 

 でもバカ正直にそのまま言ったら、きっと里花が感づいてしまう。


『ダリア……?』


 里花は少し疑ってるようだ。

 努めて明るいように振る舞う。


「今度からはさ! 三人で出かけようって、そう言う意味だよ!」


『あ……そういう……』


 ほっ、と電話の向こうで安堵の息をついていた。


 上手くごまかせたようだ。


『そうね。次は三人で旅行とかしたいな。熱海とか!』


「渋いねぇチョイスが」


『いいじゃない。温泉入ってさ、三人でまったりしよう? 夜遅くまで映画とか見てさ!』


 ……ああ、なんて楽しそう。

 幸せそうな光景だろう。


 そんな未来があったら……どれだけ、幸せだろうか。


「そーね……いつか、いこうね」

『うん!』


 ダリアは軽く挨拶をして電話を切る。


「…………ばいばい、りかたん。しんちゃん。……大好きだったよ」


 ダリアは里花と真司をブロックする。


 電話も着信拒否にする。


「これで、本当に終わり。……じゃあね」


 ダリアはゆりかもめに乗る。

 そして、乗っている間、大家にラインを送る。


「…………」


 沈みゆく太陽を見つめながら、ダリアはさめざめと涙を流すのだった。


    ★


 ゆりかもめを降りたあと、ダリアは買い物をして、マンションへと向かう。


 自分の住んでいるマンションの1階に、大家のもとへ向かった。


「……失礼します」


 ダリアはブーツを脱いで廊下を歩いて行く。

 リビングのソファにドカッと腰を下ろしているのは、ガマガエルみたいな太ったキモい親父だった。


「……大家さん」

「ダリアぁ……おせえじゃねえかよ。ほら、買ってきたか?」


 こくん、とうなずいてダリアが持っていた袋を渡す。


 中にはビールの缶がいくつも入ってる。


 未成年であるダリアに、帰りに買わせたのだ。


 ダリアは真司と同じ歳ではあるが、大人びていることもあり、近くのスーパーで買わせたのである。


「おいおい、おいおいおいこれ発泡酒じゃあねえかよ!」


 大家は額に血管を浮かべて、缶をダリアに投げつける。


 飲みかけだったこともあって、中身がびしゃっ、とダリアにかかる。


 そして缶が額にぶつかったことで、浅く額を切った。


「……なにか、違うんですか?」

「ビール買ってこいっつたんだよ! 発泡酒とビールの違いもわっかんねぇのかよ!」


 わかるはずもない。

 ダリアは未成年だ。


「いくら頭にいく栄養が全部その下品なおっぱいに全部いっちまってるからってよぉ、少しくらいは一般常識は身につけておいたほうがいいと思うぜぇ?」


「……すみません」


「ふんっ! まあいいや。おいこぼれたの拭いとけよ。あと買い間違えたのはおまえなんだから金は払わんからな」


 ……ぱしりにされてるとき、一度だって金を払ったことはないだろう。


 そう言う言葉をぐっ、とダリアは飲み込む。

 台ふきんを取ってきて、濡れた床の拭いていく。


 その間大家はソファにふんぞりかえって、電話かけていた。


「はいはい、こちら【桃色宅配便】でぇす」


 桃色宅配便とは、大家がやっている副業だ。

 ようするにデリヘルである。


「ダリアをご指名ですか? ありがとうございますぅ。ええ! はい、お時間ですかぁ。そうですねぇ」


 大家が電話している間、暗い気持ちになるダリア。


 だが……今日は決意をもって、ここに来ている。


「ええ、はい。ではでは……。おい、ダリアぁ。仕事だぞぉ。上客だ。半日付き合ってやんな」


 仕事。この男にいつも仕事と称して、いろんなことをさせられている。


 エンコー、デリヘルそのほか。

 その美貌と男を夢中にさせる体を、大家は金に換えている。


 そしてその金のほとんどをピンハネされて、手元に残っているのは、わずかな金。


 ゆえに彼女は大家からの仕事以外にも、喫茶店でバイトをしているのだ。


「…………」


「どうした?」


 ……だが、もうそんな生活も、今日限りだ。

「お話、があります。さっき……ラインした、件ですけど」


 あらかじめ大家には伝えてあるのだ。


「あー? 【仕事辞めたい】って、あれか? 冗談だよなぁ?」


「……冗談じゃ、ないです」


 ダリアは背筋を伸ばして、頭を深々と下げる。


「お願いします。もう……仕事は今日限りでやめさせてください」


「仕事もせずどうやって暮らしてくんだ? 学校は?」


「学校は……辞めます。この町も出て、どこか地方で働ける場所を探します。だからもう……仕事はこれきりに…………きゃあっ!」


 がっ、とダリアの髪の毛を、大家が引っ張った。


「てめえ……調子乗るなよごら? ガキぃ……」


 大家の顔には憤怒の表情が浮かんでいた。


「てめ……誰のおかげで学校通えてるんだ? 一体誰のおかげで、屋根のある部屋で暮らせてる? ん? 言ってみろ?」


 ぎりぎり……と強めに髪の毛をひっぱられる。


「おおや……さんです……」


「だよなぁ! 他に男を作って、子供を置いて出てったくそ母親の代わりにぃ! いろいろ面倒見てやってるのはおれだよなぁ!」


 ……ダリアには、真司にも里花にも打ち明けてない闇が存在する。


 彼女には父親が居ない。

 小学生の頃に、両親が離婚したのだ。


 原因は母親の浮気だった。


 母は昔から遊び人で、男をとっかえひっかえしていた。


 ダリアは父の子であったのだが、誰の子供かわからないからと、拒絶された。


 母親はもとより、ダリアに愛情を注いでくれていなかった。


 父との離婚をきっかけに、完全にネグレクト状態。


「家賃を払わないてめえのくそ母のかわりによぉ! 住まわせてやってるのはこのおれ! てめえの飼い主はおれだってことも忘れちまったのかぁ!?」


「……忘れて、ないです……」


 家賃の代わりに要求されたのは、ダリアの若い体だった。


 小学校高学年のとき。


 その当時からもうダリアは発育がよかった。

 以前から目をつけていた大家は、家賃を免除してやるからやらせろと、無理矢理関係を迫った。


 結果、ダリアはレイプまがいなことをされた。


「そのあともいろいろと仕事回してやったじゃねえかよ。おれが! てめえを! 生かしてやってんだろうがよぉ!」


 ……その通りだ。


 大家は元々マンション経営だけでなく、そういう裏稼業にも通じていた。


 彼はダリアも金儲けの道具にしてきたのだ。

 男と遊ばせ、男とやらせ、そして金を得る。

 その金で学校に通っていたのだ。


 ……彼女が望んでエンコーなどをやっていたのではない。


 この男が、すべての元凶だった。


「前もこんなことあったなぁ。でもなぁ、もう忘れちまったのかぁ?」


 気色の悪い笑みを浮かべ、勝ち誇ったように言う。


 スマホを操作する。

 そこには、未成年ダリアが他の男に抱かれてる写真、動画などが入っていた。


「こんなのが出回っちまったらよぉ? さぞ生きづらいよなぁ! てめぇが出てったらばらまいてやるぜぇ、ネットの海によぉ、モザイク無しでよぉ!」


「や……めて……」


 そんなものをネットに流出でもさせられたら……。


 自分は、もう本当に、里花と真司に会わせる顔がなくなる。


 ふんっ、と鼻を鳴らすと、ダリアを思い切り地面にたたきつける。


「なら大人しくおれの言うとおりにしろ。てめえはおれの肉奴隷だ。一生こき使ってやるからよぉ」


 大家はそばにしゃがみ込んで、べろぉ……と頬を舌でやめる。


「仕事前に一発やらせろや。家賃がまだだろうがよ」

「…………」

 

 大家は服を脱がせてくる。

 向こうはズボンを脱いで準備完了のようだ。


 ダリアはうつろな目で天井を見据えている。

 ……もう、諦めていた。


 そう、結局のところ自分は夜の住人。

 いくら光を望んだところで、朝日の下で暮らすことはできないのだ。


 ーー頼っていいんだよ

 ーー甘えて良いんだよ


 デートの終わり、真司は言っていた。

 あの言葉を、もし……もしも、信じて良いのなら……。


「……けて」


「あ?」


「たす……けて、シンジ……くん……」


 そのときだった。


 ばこんっ……! と強い音が玄関からした。

「な、なんだぁ……!?」


 驚く大家をよそに、黒服の男達が部屋の中に入ってくる。


「だ、だれだ貴様らぁ!」


「ドーモ、怪しいモノです。なんつって」


 ひときわ体が大きく、まるでターミネーターのような男がひょうひょうとした態度で返す。


「ふざけんな……! 不法侵入だぞ……ぶべっ!」


 ターミネーターは大家の頬を強く殴り飛ばす。


「ふざけてるのはそっちっしょ。ったく、美少女になんつーひっでえことしやがるってんだ。日本の宝だろうがよ美少女はよぉ」


 殴られて気を失う大家を見下ろすターミネーター。


 呆然と、彼らのやり取りをダリアは見つめている。


「ダリア!」

「! シンジくんっ!」


 今一番会いたくない人物が、部屋の中に慌てて入ってきた。


「いや……! 見ないで……!」


 自分は男に犯されかけていたところ。


 半裸の姿。そして、下半身まるだしで気を失うキモい親父。


 こんな汚い本性すがたを、大好きな彼に見られたくない……。


 きっと、ゲンメツされてしまうから……。


 だが……真司は近くによって、着ていたコートをかける。


 そして、きゅっ、と優しく抱きしめる。


「ごめんね、遅れて。怖かったよね」


 ……その瞬間、ダリアは大粒の涙を流す。


 自分を嫌うどころか、優しい声をかけてくれた。


 駆けつけてくれたことが、うれしくて。

 変わらず優しい態度をとってくれたことが、うれしくて。


「うぐ……うわぁあああああああああん! シンジくん! うわぁあぁあああああああああああああああああ!」


 彼女は真司の胸の中で、子供のように泣きじゃくるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大家ァァァ!! お前やってくれたなァァァァ!!?
[一言] やっとか
[良い点] スカッと解決シンジくん! こりゃもう一つの方で爺さんが進めてる一夫多妻制度がこっちでも効いてくるに違いない!!
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