40話 誤解を解き、去ってくダリアさん
ぼくはダリアさんと、川崎にあるショッピングモールへと来ていた。
里花の誕生日プレゼントを、選ぶの手伝ってもらってたんだ、けど……。
「むぅ~……」
「あの、里花……?」
ぼくたち3人は、ショッピングモール内のカフェにいた。
ボックス席に座っている。
正面にはダリアさんと、そして、頬を膨らませた里花。
……経緯を説明しよう。
ぼくとダリアさんはお昼ご飯を食べようとした。
そこに、母親さんといっしょに買い物に来ていた里花と偶然遭遇。
今に至る次第。
ちなみに山雅さんは『やっちゃん邪魔しちゃ悪いからー』といって帰って行った。
「えっと……里花? 何で怒ってるの?」
今日会ってからずっと、里花は不機嫌そうだった。
「別にっ。ふんだっ」
そっぽ向いてしまう。
参ったなぁ……なんで怒ってるんだろう。
するとダリアさんが苦笑しながら言う。
「ドーテーくん、りかたんはほら、ヤキモチ焼いてるんだよ」
「ヤキモチ?」
「そ。ほら、せっかく出来たばかりの大好きで大好きな彼氏が、他の女とこっそり密会していたってなると、裏切られたみたいな感じがあって嫌なんだよ」
「あ、なるほど……」
だから不機嫌なんだ。
里花は否定していない、そっぽ向いたままである。
「裏切ってなんかないよ」
「どうだかっ! 随分と楽しそうでしたけどっ?」
「まあ楽しかったけど」
「ほらぁ……! 浮気よ浮気! しんちゃんのうわきものー!」
半泣きで里花が言う。
「まあまありかたん。違うから、浮気じゃないから。ドーテーくんにも言い分があるから聞いてあげよ? 浮気かどうか判断は、そっからでも遅くないでしょ?」
里花は不服そうだったけど、こくんとうなずく。
良かった、話を聞いてくれる体勢になってくれた。
てゆーか、ダリアさん、アシストしてくれたんだろう。
弁明の機会を彼女が作ってくれたんだ。
ありがとう。
さて話を聞いてくれるようになったんだ。
ならぼくがするべきことは、里花に証明すること。
浮気じゃなくて、君のために来たんだよって。
「里花。ぼくがダリアさんとここきたのはね、君に……これあげたかったからなんだ」
さっきのお店で買った紙袋を、ぼくはテーブルの上にのせる。
里花が目を丸くしている。
「ほらりかたん、プレゼントだよ。彼氏からの」
「ぷれ……ぜんと? なんで……?」
「ヒント。1月31日」
ダリアさんの言葉に、里花が何かに気づいたような顔になる。
「まさかこれ……誕プレ?」
「うん。そう。開けてみて」
里花が恐る恐る、紙袋を開ける。
中には、お化粧セットが入っている。
「これ……あたしが愛用してるやつ……」
「その新作。ダリアさんに聞いたんだ。女の子が……里花が喜ぶもの、ぼくだけじゃわからないからさ。頼んだの」
「そう……だったんだぁ……」
ぱぁ……! と里花の表情が明るくなる。
「そっか……そっかぁ~……♡ えへへっ♪ うふふっ♪ そっかぁ~……♡」
里花が紙袋を抱いて、ふにゃふにゃと笑う。
「りかたんほらほら、お礼お礼」
「あ、そうだった! しんちゃん! ありがとう!」
さっきまでの怒った顔から一転、最高の笑顔をぼくに向けてくれる。
心が温かくなる。里花が笑ってくれているのが、ぼくにとって何よりうれしい。
ダリアさんは息をつくと、バッグから小包を取り出す。
「はいこれ、あーしからのプレゼント」
「ダリア! いいの……?」
「もち♡ あーしらダチじゃんよ?」
「うん!」
だきっ、と里花がダリアさんの体に抱きつく。
「ありがとっ! だいすき!」
ダリアさんは微笑むと、里花の頭を優しくなでる。
なんだかお姉さんと妹みたいに見えてほほえましかった。
「ほんとはりかたんを驚かせよーって、ふたりで計画してたんだけどねー」
「そ、そうだったんだ……うう……ごめん……」
しゅん、と里花が肩をすぼめる。
「ううん、こっちこそごめんね。君を不安にさせるようなことしちゃって」
「いいの。しんちゃんがあたしのこと、一番に考えてくれてるって知れたから」
「当たり前じゃん! 里花が一番大好きだよ!」
「しんちゃん……!」
里花が笑って、ぼくも笑う。
……その様子を、ダリアさんがちょっとさみしそうに見ていた。なんだろう……?
「あーしこの辺で失礼するね」
コーヒー代をテーブルの上に置いて、ダリアさんが立ち上がる。
「え、なんで? 一緒にショッピングしましょ?」
里花がダリアさんを見上げて言う。
「悪いね、里花。あーしちょっと急用思い出してね」
「あ、そうなんだ……残念」
ふふっ、とダリアさんが笑うと、里花の耳元でささやく。
「……誕プレのお礼に、ちゃんとお礼しなきゃね♡ 近くにラブホとかあるよ~♡」
「……ば、ばかぁ! いかないわよぉ!」
「……だとしても、何かお礼しないとね」
ダリアさんは内緒話をしたあと、ひらひら、と手を振る。
「そんじゃね、ドーテーくん。また」
「あ、うん……」
ダリアさんは颯爽と去って行った。
「もぅ……ダリアってば……余計なお世話よ……ばか……」
★
真司の元をさったあと、ダリアは駅前に向かって歩いていた。
急用というのは、もちろん嘘だ。
里花と真司を二人きりにしてあげようという、彼女の配慮である。
せっかく誕プレをもらって盛り上がっている雰囲気なのだ、そこに自分が水を差すのはよくない。
二人が、良い雰囲気なのだから。
「……うん。これでいいのだ。これでーいいのだー……ってね」
一瞬、ダリアは真司に強く惹かれそうになってしまった。
あのまま……里花が現れなかったら、危なかった。
マジになってしまうところだった。
ちょうど良かった。
里花が現れて冷静になれた。
「やっぱ、あーしにああいう、純愛は向いてねーわな」
真司は、里花は、あまりに……まぶしい存在だ。
お似合いのカップルだ。
真司には、ああいう純粋で、綺麗な女が似合っている。
……自分のような、汚れてしまった存在は、真司にふさわしくない。
だからこれでいい。
二人を応援する気持ちに偽りはない。
この胸の痛みも、いずれ忘れる……。
「ダリアさーん!」
真司が、こちらに追いかけてきた。
ダリアは思わず立ち止まる。
「ドーテーくん……」
なぜ、彼がここにいる?
ダリアは喜んでしまう心を、ぐっ、と抑えて、少し強い調子で言う。
「……何やってんの? りかたんを置いて、他の女をおっかけるんなんて」
強く言わないと、駄目だった。
何のために……真司から身を引いたのか、わかってない様子だから。
「あ、ごめん。でも……はいこれ」
それは、さっき自分が置いていったコーヒー代だった。
「ぼくがみんなの分払ったし、これ返すよ」
真司がダリアに近づいて、その手に触れる。
ドキッ……! としてしまった。
頬が赤くなるのを、嫌でも自覚する。
「……い、いいよ。別に」
「でも付き合ってもらったのはぼくだし、コーヒーも一口も飲んでなかったじゃん? だから返すよ」
「そ……そう……」
どきどきっ、と心臓がウルサイくらいに鳴っていた。
「あと……ごめんね」
「え……?」
「気、使わせちゃったみたいでさ。ごめんね。でも、ありがとう」
……駄目だ、とダリアの頭は警鐘を鳴らしていた。
心臓がバカみたいに高鳴っている。
胸がきゅーっとしめつけられたみたいに、切なくなった。
いけない、この気持ちを、自覚してはいけない。
わかっている。わかっているのに……
「別に、いいよ……」
「ううん。今度ちゃんとお礼するよ」
本当だ。やめてくれ。
これ以上、優しくしないでくれ。
戻れなくなってしまう。
諦められなくなってしまう。
「いいよ……別に」
「だめだよ。約束だからね! また!」
真司は明るい笑みを浮かべて、手を振り……。
そして……里花の居る方へと歩き出す。
「あ……」
ダリアは、真司の背に向かって手を伸ばす。
一歩、彼に近づこうとする。
ひとつ、彼に……声をかけようとしてしまう。
「……待って」
「え?」
真司が驚いた風に振り返る。
ダリアもまた、驚いていた。
自分が、我慢できなかった。自制、出来なかったことに。
……ああ、駄目だ。
自分でも、制御できないレベルで……
友達の顔が浮かんで、その顔が悲しみに染まる。
強く、ダリアは首を振る。
「う、ううん。デートがんば」
「うん! ありがと! ばいばい!」
今度こそ真司は里花の元へいってしまった。
振り返ることはない。
ダリアもまた、声をかけることはない。
真司が居なくなったあと。
しゃがみこんで、ダリアは自分顔を、手で覆う。
「なにやってるんだよ、あーし……」
顔が、真っ赤だった。
耳まで、赤い。
心臓はさっきからドキドキしっぱなしで……。
……まあ、ようするに。
「どうしよ……なんか、マジで好きになっちゃったかも……」




