36話 初めてのキス
夜の公園、ぼくは胸に秘めた思いを口にした。
里花はその気持ちに、応えてくれた。
ぼくたちは遊具を出た後、ベンチに座っている。
星空の下、とても寒いはずなのに……でも、心は温かい。
里花とぼくは手をつないでベンチに座っている。
「どうしよぉ……しんちゃん……」
ふと、里花が切なそうなひとみでぼくを見やる。
「どうしたの?」
「あたし……しあわせすぎて、死んじゃいそうなの~……♡」
ふにゃふにゃと表情をとろかせて、里花がぼくの肩に頬を乗せる。
すりすり、と頬ずりしてくる。
「ずっとずっと、ずぅっと大好きだったしんちゃんの、彼女になれて……はぁ……♡ 幸せすぎて死んじゃう~♡」
「そんな、死なれたらぼく困るよ。悲しいな」
「じゃーしななーい♡」
里花がぎゅっぎゅっ、と腕に抱きついてくる。
ふわりと甘い香りが、髪の毛から漂ってくる。
染めていた金髪、頭頂部が黒色になっていた。
「髪の毛、伸びてきたね」
「うん。伸びるの早いから、三学期が終わるまでには良い感じに伸びてるかと思うわ」
「そっか」
里花とぼくは共犯関係にあった。
ぼくを振った元カノ、そしてぼくを馬鹿にしてきたクラスメイト達に、綺麗になったりかと実は付き合ってます! と明かす。
「復讐……どうしよう?」
「もちろん続けるわよね」
「まあね。でもあのときと状況が変わったって言うか……」
あのときは、ニセコイの関係のまま、実は付き合っていましたと嘘をつく予定だった。
だが今、ぼくたちは本物のカップルになっている。
「別に問題ないでしょ。本当に付き合うようになっただけだし」
「あ、そっか。別に問題ないか」
「そうよ。てゆーか……こらっ」
里花がぼくの頬を両手で包んで、ぐいっ、と顔を持ってくる。
「な、なんでしょ……?」
「二人きりでいるんだから、あたしだけを見てよ。あたし以外のこと気にするのも、禁止」
ぷくっ、と里花が頬を膨らませる。
ぼくを独占したいという彼女の気持ちが伝わってきて、可愛らしく思ってしまう。
「里花ってこんな独占欲強い子だっけ?」
「そうよ。本当はしんちゃんを、誰にも渡したくなかったんだからっ」
頬から手を離して、ぷいっ、と里花がそっぽを向く。
「せっかく! 高校で運命の再会を果たしたのに! なんか知らない女居るし!」
「ご、ごめん……」
「あたしのことなんて、忘れちゃったんだなって、すっごく悲しかったんだから!」
……ああ、そうか。
里花と同じクラスになったとき、彼女は結構ぼくをにらんできた。
あれは、柄の悪いギャルだからってわけじゃなかった。
単に、ぼくが他の女と一緒に居ることが、気にくわなかったのか。
そう思うとすべてに合点がいった。
教室での怖い態度も、クリスマスの時に、ぼくのもとに誰よりも早く駆けつけてくれた理由にも……。
「ごめんって。でもりかちゃんのことは忘れたことないし、今は里花に夢中だよ」
「…………ほんとぉ~?」
じろ、と里花がにらんでくる。
「ほんとだよ」
「……じゃ、じゃあ……しょ、証明……して?」
顔を真っ赤にして、里花が潤んだ目を向けてくる。
ごくん……と生唾を飲んで……。
「しょ、証明って……?」
「だ、だから……その……き、き……す……ゥううあぁああああ駄目だぁああああああああああ!」
里花が顔を手で覆い、ぶんぶんと首を振る。
「やっぱなし! 今の無し!」
「えー。気になるよ。なに、証明って、何すれば良いの?」
手形でも発行すれば良いのだろうか。
「う゛~……しんちゃんの、いじわる……」
「えー……これいじわるになるの?」
「そうだよ……女の子になに恥ずかしいこといわせよとしてるのよ。ばかっ、もう……♡」
証明……付き合いたて……って、まさか。
「キスのこと?」
「~~~~~!」
ぼっ……! と里花の顔が一気に真っ赤になる。
耳の先、首筋までもが朱に染まる。
「……そ、そんな……大声で、言わないで……」
消え入りそうな声で里花がつぶやく。
「別に、恥ずかしがること?」
「だって……だって…………。お外で、なんて……そんな……は、ハシタナイわ……」
うーん、そうだろうか……?
「でも結構みんなしてるよ。ほらあれ」
ぼくはちょっと離れたベンチを指さす。
恋人達が座って、キスしていた。
「にゃ゛……!」
「てゆーかこの公園、デートスポットで有名だから、夜になるとああしてカップルが……って、どうしたの里花?」
里花が両手で顔を覆って、ぷるぷると震えている。
「え、他人のキスみるのも駄目なの?」
「い、いいでしょ別に! なれてないのよ! こーゆーの!」
里花はギャルで有名なのに、外でのキスをハシタナイといって、他人のイチャイチャ見ても恥ずかしがる……。
なんとも見た目とギャップのある子だ。
「……幻滅した?」
「いーや、さらに好きになったよ」
「す、好きって……えへへ♡ ねーえ、しんちゃん♡」
「ん? なぁに?」
里花が微笑みながらぼくに言う。
「もういっかい、好きって言ってぇ♡」
子供がお母さんにおやつをおねだりするように、里花が言う。
「好きだよ」
「もっと♡」
「好き。大好き♡」
「えへへ~♡ あたしも好き~♡」
里花がスリスリと、まるで猫みたいに、体をこすりつける。
こういうのはありなんだな……。
「ところでキスなんだけど」
「!」
「する? しない?」
里花が目をむいて、うつむき……小さく言う。
「……たい」
「え? なに?」
「……したい、です。しんちゃんと、き、キス。ああもう! 恥ずかしい……!」
また顔を手で隠して、いやいやと体を捻る。
「わかった」
ぼくは里花の肩に手を置く。
「ちょっ……! そ、外は……ちょっと……」
「駄目なの? 今すぐ君を抱きしめて、キスしたいって思ってる、ぼくのこの気持ちはどうなるの?」
「~~~~~~~~~~~~~~~!」
里花が顔を赤くして前後左右に体を捻る。
「冗談だよ」
「もうっ! ばかばかっ、しんちゃんのいじわる! 悪い子! 悪い子!」
ぽかぽか、と里花が肩をたたいてくる。
「でも君とここでしたいのはほんとだよ。もちろん……嫌なら、人の居ないところでするけど」
里花が何度も口を開いたり閉じたりする。
うーうーうなった後……小さく、こくん、とうなずいた。
「……して」
「うん」
ぼくは里花の肩に手を置く。
ぴくっ、と里花が小さく体をこわばらせる。
「大丈夫」
「ん……♡」
ぼくたちは目を閉じて、お互いに唇を重ねる。
里花を、本当にすぐ近くに感じる。
目を閉じていてもわかる。
彼女の存在が、暖かな魂が。
やがて……どれくらいそうしてただろう。
ぼくらは唇を離す。
「……窒息するとこだった」
「え? なんで?」
「……しんちゃんとのキス、幸せすぎて、胸いっぱいで……息するのも、忘れちゃった」
ふにゃ……と日だまりで昼寝する子猫のように、とろけた、無防備な笑みを浮かべる。
「……だいすき」
「ぼくも」
「……省略しないで。ちゃんといってくれなきゃ、やだ」
拗ねたみたいに里花が言う。
ぼくは彼女の肩に触れて、もう一度唇を重ねた。
最初は緊張していた里花だったけど、でも……二回目は力を抜いて、ぼくに身を委ねながら……キスをした。
こうして、ぼくらは正式に、恋人になったのだった。




