163話 うわさ
見晴峠先生に呼び出されたぼく。
先日、妹子を含めた不良どもを、屋上から放り投げた事件があった。
それが……。
「血の三月って……物騒ですね」
ぼくにとってそれは人ごとでは無く、バリバリ当事者だった。
綺麗に【掃除】してくれてると思ったんだけど……。
「まあ、それは生徒の間でうわさになってるだけのものだ。真相は、二日前に屋上がトマトまみれになっていたってだけなんだがな」
「トマト……」
屋上で不良達が狙撃された。
だがあれは、実弾を用いた狙撃では無い。
協力者である、贄川さんちのお姉さん……一花さんが、屋上から思い切りトマトをぶん投げていたのだ。
投げたトマトが頭に当たったときに、ぐしゃりという音がしたのである。
また、トマトは柔らかかったため、死に至らずに済んだって訳だ。
まあ……タワマンの屋上から、アルピコの屋上めがけてトマトを投げて届かせてる時点で、ちょっと色々おかしいけど……。
その後、三郎さんが屋上から不良達を放り投げて、下で待ち構えていた、三郎さんのお兄さん、次郎太さんが受け止めていた。
それが、今噂になっているという、血の三月事件の真相……なんだけど。
「学校内じゃ、上田。おまえが屋上に現れた不良をぶん殴り、屋上から突き落としたってなっている」
「…………」
なんでそんなことに……。
誰かが見ていたのだろうか。
「上田、不良を殴って突き落としたってことはないよな?」
「してないです」
まあ……近しいことはしたけど、直接手を下したわけじゃ無い。
……けれども、まあ、完全に無関係ってわけじゃあない。
里香のためにやったこととはいえ、果たしてこれでよかったのだろうか。
ちょっと……いや、だいぶやり過ぎだったのではないか、と思ってしまう。
少なくとも、里香にこのことを言ったら、多分ゲンメツされてしまう気がする。
……仕方ない。でも、いいんだ。
ぼくにとって里香が一番大切だし、里香を傷つけた奴らは、絶対に許せない。
たとえ誰かから非難されようと関係ない。
……そうだ、関係ないんだ。うん。
「上田……まあ、あれだ」
ぽん、と先生がぼくの肩を叩く。
「おまえが【直接】やったとは、あたしも思ってないよ」
「先生……」
直接って部分を強調された気がした。
多分真相は不明でも、なんとなく、僕が関わってると察しているのかもしれない。
それでも……責めてこないってことは、これ以上の問題にするつもりはないのだろう。
先生に嘘をついてるようで、ちょっと……心が痛んだ。
「話は以上だ」
「いいんですか?」
「ああ、あたしはうわさの事実確認がしたかっただけだからね」
「そう……ですか……」
ぼくは立ち上がって、頭を下げる。
「上田」
先生は真面目な顔をして言う。
「あたしは、おまえを裁くつもりも非難するつもりも無い。この話をこれ以上追求するつもりも無い。言いたくないことは言わなくて良い……けど……大事な人には、ちゃんと何かあったのか言っといたほうがいいんじゃないか?」
「……!」
「隠し事は辛いぜ? 特に、大事な人に嘘はつきたくないだろ?」
「それは……」
……先生の言うとおりだ。
里香に今回の件だまっておくのは、ちょっと……いや、だいぶ心が痛い。
「行き過ぎた正義は時に暴力にみえなくも無い。勘違いされたくなかったり、嫌われたくないんだったり思うんだったら、ちゃんと説明した方が良い」
「…………」
「よく、考えな」
先生はそういって、ぼくの肩を叩くと、生徒指導室を出て行く。
「先生は……見てたんですか?」
ふと気になって聞いてしまった。
どうにも先生は、今回の件、ぼくががっつりかかわってると、確証を得てるようだったから。
すると先生は言う。
「いいや。ただ……令和の時代、どこで誰が見てるかわからないからさ。行動するときは、気をつけるんだよ」
そんじゃ、といって先生は出て行った。結局、先生はぼくがやったって証拠を見ていたのか、それとも、見てなかったのかハッキリしなかった。
おとがめ無しにはなったけど、釘を刺されたような、そんな気がしたのだった。




