157話 妹子が泣いて土下座してきたけどもう遅い
ぼくは妹子に呼び出された。
三郎さんが学園まで、送ってくれた。(マンションの前に待ち構えていた)
「真司くーん……やめといたほうがいいんじゃなーい」
運転席から、三郎さんが心配そうにぼくを見てきた。
「これ十中八九……いや、100ぱーロクデモナイ呼び出しっしょー。行くだけ無駄だと思うし、なーんか嫌な予感するぜえ、おれはよぉ」
まあ、三郎さんの言いたいこともわかる。
このタイミングで、妹子からの呼び出し。
多分本家のじーさんがらみで、何とかしてくれとか、そういうんだろう。
最悪……というシナリオが脳裏によぎる。
三郎さんも、同じ展開を予想し、ぼくのことを案じてくれているんだ。
やめといたほうがいいって、止めてくれている。ぼくの身の安全を気にしてさ。
「ありがと。でも……一応信じてるんだ」
「信じてる?」
「うん、妹子が反省してるかもしれないっていう、万が一……億が一の可能性に」
ぼくが今回、一番腹にきているのは、ぼくにとっての宝物を、妹子と、そして取り巻きのクラスメイト達が傷つけたから。
そのことに妹子が……まあ無いだろうとは思うけど、気づいてくれた。
じーさんの件を通して、反省したって。
「そりゃあ……真司君。人を信じすぎだぜ? お人好し過ぎんよ」
「……かもね。でも、ぼくは信じたいんだよ」
「真司だけに? 信じたい的な?」
「…………」
……駄目だこの人相手に、シリアスは通じない。
「心配してくれたことはうれしいけど、大丈夫。ケリは、自分でつけてくる」
「わかったよ。でも安心して、いざとなれば【ブルドーザー】が出動するらしいから」
「ブルドーザー……ああ」
なるほど。
「ブルドーザーがいるなら心強いね」
「おうよ。なんたってブルドーザーだかんね!」
まあじゃあ大丈夫かな。
一応、じーさんも保険をかけてくれているみたいだ。
それに……じーさんはぼくに、最後の選択を任せてくれたようだし。
あの人も、容赦ない人だけど、いちおう引き返すポイントは用意してあげるんだよね。
「いってきます」
「おう! いってらー。まってるよん」
★
ぼくは夜のアルピコ学園のなかにはいる。
学生が入れるのか? と思ったんだけど、じーさんが根回ししてくれてるようだ。
誰にもとがめられることなく、屋上へと到着してしまった。
夜の学校って恐いかなって思ったんだけど、不思議と恐怖を覚えなかった。
多分やるべきことが他にあるからかな?
そっちに意識が行ってるんだと思う。
「真司君……」
屋上には、妹子ひとりだけ立っていた。
ぼくは周囲を見渡す。
屋上はフェンスで囲まれており、落ちないようにされている。
でも……結構さび付いてて、危ないし、それにドアからフェンスの向こうに行けるようになってる。
「…………」
ぼくはフェンス越しに、周りを見る。 アルピコの屋上からは、高層マンションが見えた。
ちか……ちか……と光が点滅してる。
うん、大丈夫そうだね。
「ごめんね、真司君。こんな夜更けに……」
「用件は?」
あんまり長居したくなかった。
ぼくは……妹子を見て、改めて思った。
むかつくって。
ふつふつと、見ているだけで、怒りがわき上がってる。
それはなんでか?
簡単だ。だって、ぼくの宝物を、こいつとその取り巻きどもが、傷つけたからだ。
ぼくにとって妹子は、クラスメイトは、明確なる敵となった。
……そんな相手に、最後のチャンスをやるなんて。
三郎さんもきっと、ぼくを甘ちゃんだって思ってるんだろうなぁ。
「要件……要件は……」
妹子は近づいてくる。
周りが暗いから、近づいてきて……ようやく、彼女が酷い顔をしてることに気づいた。
髪の毛はボサボサで、目はくぼんでいた。
涙と鼻水で、ご自慢のメイクは溶けている。
一気に20くらい、歳をとったんじゃないかって、そう思った。
こんなのに惚れてたじぶんが、不思議でならないや。
「おねがい……おねがいします、真司様……!」
ぼくの目の前で、妹子は土下座してきたのだ。
ああ……。
ぼくは、少し期待する。
反省……してくれたんだ。
ぼくが、なんで怒ってるのかって……。
自分が、何をしてしまったんだって……。
妹子が、気づいてくれたんだって……。
「はんせ……」
「どうか! どうかお許しくださいと、高原様に頼んでもらえないでしょうか!」
「…………」
……ああ。
………………ああ。
…………………………あー。
「はぁ……」
そっか……。
君は、どうしようもないくらい、愚かなんだね。
「アタシ、今とんでもない状況にあって! パパの会社は」
「ああ、もういいよ」
「え?」
「もういい、もういいんだ……全部わかった」
じーさんから、妹子を含めた、クラスメイト達がどんな状態にあるかは報告を受けている。
でも、ぼくが興味あるのは、そこじゃない。
「わ、わかったって……じゃ、じゃあ! 高原様に口添えしてもらえますか!? 全部、無かったことにしてほしいって!」
「え、無理」
「む、無理ぃいいい!?」
「うん。ごめん」
もう、どうでもよかった。
ぼくは知りたいことがしれた。
「じゃ」
「ま、ま、待って! 待って! まってよぉおおおおおおおおおおおお!」
妹子が泣きわめきながら、ぼくの足にしがみついてきた。
恐怖と必死さがいりまじった、顔。
でも……ぼくには路傍の石ころと同じように見えた。
もうこいつは、どうでも良い存在だ。
ぼくは妹子を振りほどいて、進んでいく。
「お願いします! 真司様! どうか帰らないでください! おねがいしますぅうううううううううう!」
今度は腰にしがみついてきた。
ちら……とぼくは、アルピコ近くのタワマンを見やる。
向こうも、【見えてる】だろう。
ぼくは、首を振った。一応。
「なに?」
「どうして帰ってしまうのですか!?」
「だって君が反省してないから」
「反省してます!」
「なにに?」
激情をあらわにする妹子とは反対に、ぼくは……もう冷めていた。
この会話をさっさと終わらせて、大事な里香の居る場所に帰りたいって、それだけを思っていた。
早く打ち切ってかえりたいから、ぼくは早口になってしまっている。
「何に反省してる?」
「あなたを振ってしまった……そのことを、今も、反省してます。あなたを傷つけてしまったことを、心からお詫びします! だから……!」
……どこまで、馬鹿なんだ?
いや、待って。
あれ……もしかして……。
「ねえ、妹子」
「なんでしょう!?」
いや……まさか。
まさかね……そんなこと、ないよね。まさか。
「まさかなんだけどさ……」
ぼくは、あり得ないとは思うけど、いちおう……確認しておく。
「ぼくが妹子のこと、未だに好きだと思ってるとか、思って……ないよね?」
どうにも、話がかみ合わなかったんだよね。
妹子とぼくとの間で、何かが決定的に。
そこで今ここに至り、ようやく、気づいたのだ。
もしかして妹子、ぼくが、自分のこと、好きだと未だに思ってる、未練を感じてる……って思ってるんじゃ無いかと。
いや。
いやいや。
ないでしょ? だって、こんだけ妹子に興味ないって態度だしてきたじゃん、里香とラブラブだったじゃん。
それに、それにだよ?
まさか……自分で振っておいて、その相手が、いつまでも自分のこと、好きだと思ってるとでも、思ってる……わけないよね?
けど……。
「え? ち、ちがうの……?」
……。
………………。
…………………………あきれた。
「君、ほんっっっっっっっっっっっっとうに、馬鹿だったんだね」
「え? え?」
ぼくはもう、ハッキリ言ってあげることにした。
「中津川妹子。ぼくは君が……嫌いだ。大嫌い。この世の何よりも嫌いだ」
ここまでいっても、多分わからないだろうから、馬鹿にでもわかるように、丁寧に言ってあげる。
「なぜなら君は、ぼくの一番大事なものを、傷つけたからだ」
「一番……大事?」
「そう……一番大事なもの。それは決して君じゃ無い。決して。そこを、間違えるな」
……逆に言うと、そこを間違えていたから、こいつは今も間違え続けていたんだ。
「ぼくは君が大嫌いだ。二度と、その顔を、ぼくの前に見せるな」




