153話 妹子、家を失う
真司を傷つけた、元カノの中津川 妹子。
彼女は父からすぐに帰ってこいと命令された。
何が起きてるのかわからない。
父の会社が倒産?
そんな、馬鹿な……。
ありえない、と思っていられたのは、【それ】を目撃するまでだった。
「なに……これ……なによ……これぇ……!!!」
妹子は都内にある、自宅へと帰ってきた。
中津川家の大豪邸が……。
「え? なんで!? 取り壊しってどういうことなのよぉ!!!!!」
自分が生まれ育った、大好きな豪邸が、取り壊しになったらしかった。
正確に言えば、豪邸の周りに工事用シャッターがもうけられており、中には入れないようになっていた。
「ちょ、ちょっとそこのあんた!」
「ほえほえ? なんだい」
サングラスをかけた、作業着の男に、妹子は話しかける。
「ここはあたしんちよ! 生まれた時から住んでる、大好きなお屋敷が! どうして取り壊しになるのよ!!!!」
すると作業着の男が得心いったように言う。
「そりゃあ、高原様に楯突いたからっしょ」
「なに……それ……」
「まあなんというか、虎の尾を踏んで、竜の逆鱗に君が触れてしまったんだよ。だから、高原様が怒って、君のお屋敷が取り壊しになったの」
「わけが……わからないわ! もっとわかる言葉で言いなさいよ!」
サングラスの大男が、困ったように頬をかく。
「君の元カレが、日本でとんでもない影響力を持つ大富豪の孫だったんだ。君は真司君とその彼女を傷つけた。だから怒ったその大富豪が、君の家を取り潰したってわけ」
「……!?」
なんだ……それ?
いやでも、たしかに。
真司はかなり金持ちだった気がする。
前にヘリで来たことがあったし、リムジンで送り迎えされていた。
金持ちかなと思っていたけど……まさか日本ですごい影響力を持つ大富豪の孫だったとは……。
「知らなかった……」
「あ、そう。ちなみに君、おれに見覚えは?」
「は? ないわよ。ナンパ? きっしょ」
「ひでえ……」
肩をすくめる、サングラス大男。
「ま、とにかく君は自分のせいで、家が取り壊されたってことを理解するがいいよ。同情はしないぜ。おれも真司君は大好きだからね」
サングラス男は作業へと戻っていく。
シャッターの間から、なかが見えた。
屋敷が、重機を使って、物理的に破壊されていたのだ。
大好きな屋敷、家族と遊んだ庭のブランコ。
「あ……ああ……」
思い出の詰まった、素敵な家が……。
あっけなく、壊されていく。
「や、やめて……! やめてよぉおお!」
妹子はシャッターのなかへと入り、重機へと突っ込もうとする。
「ちょ、ちょいちょいあぶねーって!」
大男が妹子を後ろから抱きかかえる。
「離して! アタシの! アタシの思い出の家! 取り壊さないで!」
止めようと必死になって暴れる。
だが無情にも、重機が妹子の思い出を次々破壊してく。
庭も、屋敷も、何もかも……。
驚くべきスピードで、職人たち(なぜか全員サングラスかけてる)が、中津川家を取り壊していった。
「どうして……どうしてぇ……こうなるのよぉ……」
「うーん、だから君のせいだってば。高原様怒らせちゃったから」
「だから! 誰なのよぉ! 高原ってよぉお!」
そのときだった。
PRRRRRRRRR♪
「あ、電話だ。あいあい三郎でーす」
大男が電話に出る。
「兄ちゃん? どうしたの。え、妹子? うんいるけど。え、連れてけばいいの。あいあいさー」
ぴっ、と大男は電話を切る。
「上から命令があった。君をお父さんの元へ届けるようにってね」
「パパの……? そうよ! パパはどこなの! こんなことして、パパが黙ってるわけが無いわ!」
そうだ、この家は父が建てた家なのだ。
それを勝手に潰されたのだ。父はきっと怒り散らすに決まっている。
「覚えてなさいよ高原とかいうバカ! こんな屋敷を取り壊すようなまねして! パパが黙ってないわよ! きっとパパが、そいつを社会的に抹殺してやるんだから!」
しかしそれを聞いてる三郎は、微妙な顔をしていた。
呆れているというか、感心しているというか。
「なによその顔!」
「あ、いやぁ。無知って怖いなぁって」
「馬鹿にしてるの!?」
「え、そうだけど?」
「むかつく!」
殴りかかろうとするが、大男に手を捕まれて身動きできない。
「どんだけ自分の父を過大評価してるんだかね。高原様はすごい人だってさっきおれ言ったっしょ?」
「パパだって! すごいんだもん! パパは日本の大企業の社長なのよ!?」
「そうかいそうかい。ま、本人に会えばわかるよ全部」
その馬鹿にしたような言い方が、むかついてたまらなかった。
父に会ったら、全部なんとかしてもらうんだ。
家を潰されたこと、この失礼な大男のことも、全部洗いざらいぶちまけて、制裁を加えてやるんだ……!
……と思っていたのだが。
★
「この……馬鹿娘がぁアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
父は会社、タカナワの社長室にいた。
父は妹子と会うなり、ぶん殴ってきたのである。
「ぱ、パパ……?」
父は激怒し、娘の頭を乱暴に掴むと、社長室の床に思い切り頭を押しつける
「馬鹿娘が、たいっへん、失礼しましたぁああああああああああああ!」
中津川家の父は、娘と一緒に謝罪する。
社長室のソファにふんぞり返っている謎の老人に対して。
その老人のそばには、さっきのサングラスの大男と、そっくりの大男が控えていた。
鋭い眼光で、中津川親子を見下ろしている……。
その人物こそ……。
「ぱ、パパ……だれなのあれ?」
「バカ! 開田 高原さまだ! この日本の、政治・経済を支える、重鎮様だぞ!」
妹子は当惑するしかなかった。
だが、自分の世界のなかで、一番偉いと思っていた、父が。
必死になって土下座する相手……。
つまり、この開田高原という老人は、それほどまでに……権力を持った人物なのだと。
妹子は、今ここで、ようやく、やっと、理解したのだった。
……そして、さっきの大男の発言から、自分が、とんでもないことをしでかしたのだと、理解する。
開田高原は、すごい権力者。
で、その孫が……真司。
……ならば。
自分は、とんでもない権力者の孫を、怒らせてしまったのだと……。
家が取り潰されたのも、今こうして土下座させられているのも……。
全部、もしかして……。
自分のせいなんじゃ無いかと、理解した。
まあ、今更気づいたところで、もう遅いのだが。




