第7章 「弔いの思いを心に刻め」
部下である特命機動隊の子達が励んでいる残骸回収を、私は見るともなしに眺めていた。
下士官の子達が二人掛かりで運ぶ担架の上には、小柄な銀髪の人影が横たわっていた。
四肢は吹き飛び、つぶらな碧眼は早くも濁り始めている。
ファシスト勢力の犠牲になった少女のサイボーグは、屍肉と屑鉄の複合物と成り果てたのだ。
今はただ、額に穿たれた銃創から黒いオイルが血涙のように流れるばかり。
だけど、凄惨な死闘の緊張感から解放された私の胸に去来したのは、戦いの虚しさとか命の儚さみたいな湿っぽさじゃなかったんだ。
「私達が駆け付けた頃には、全部ケリがついちゃっていた…そういう事だよね、マリナちゃん?」
青く長い左サイドテールを夜風に弄ばれながら、地平嵐に跨った特命遊撃士が物足りなさそうに呟いた。
「然りだな、お京。あんまり後味の良くない作戦だったが、これにて一件落着って訳だ。」
長い前髪で片方を隠した赤い切れ長の目を光らせながら応じたのは、B組のサイドテールコンビの片割れである和歌浦マリナ少佐だった。
「まあ、お京と私に関しちゃ、釣り堀に沈んだ残骸の回収に立ち会わなきゃならんから、状況終了とは言えないんだけどさ。」
「んもぅ…それを言わないでよ、マリナちゃん…」
普段と何も変わらない、サイドテールコンビが演じる丁々発止な遣り取り。
その快活な喧騒を聞いていると、今の自分が確かに「生きている」って実感出来るんだよね。
「あの、皆さん…私共が掃討したサイボーグの方々は、これから先はどのような運命を辿るのでしょうか…?」
そんなサイドテールコンビのリラックスした空気に楔を打ち込んだのは、ちょっぴり及び腰だけど気品あるソプラノボイスだったの。
「そうだなぁ、英里奈ちゃん…今度また似たような事件が起きた時の為の備えとして、解体の後に分析・研究が行われるだろうね。機械部分は悪用を防ぐために処分だけど、生身の部分はキチンと荼毘に付される筈だよ。」
残った生身の部分からは、DNAの抽出だって出来るからね。
上手くすればサイボーグになる前の身元も割り出せるかも知れないけど、第二次大戦末期という大昔の人間の身元調査は、相当に骨が折れそうだなぁ。
仮に身元を割り出せたとしても、近親者が生き残っている保証なんて無い訳だから、この調査はあんまりコスパが良くないだろうね。
英里奈ちゃんが曇りそうだから、こんな事は口が裂けても言えないけど。
「荼毘に付すとは言ってもさぁ、千里ちゃん…遠い異国の土で、無縁仏として合祀されちゃう訳じゃない。それにDNA鑑定じゃ、御宗旨までは判別出来ないよ。ちゃんと成仏出来ると良いんだけどねぇ…」
あーあ、京花ちゃんったら何て事言っちゃうの。
私ですら、明言は避けたってのに。
だけど、今の京花ちゃんの言動を「単なる皮肉」と決めつけるのは、時期尚早だと思うんだ。
「だから私、思うんだ!いつか、この四人でヨーロッパに行きたいってね。それでドイツとかイタリアの聖堂にでも御参拝と洒落込めば、さっき破壊したサイボーグ達の魂も、幾分かは救われるような気がするんだよ。」
ねっ、分かったでしょ!
あんまり湿っぽくならないように軽口は盛り込むけど、犠牲者を悼む殊勝さはキチンと持ち合わせている 。
京花ちゃんは、そういう子なんだよ。
「確かに本場のドイツビールってのも悪くないだろうな、お京。英里だって、イタリアワインには興味はあるだろ?」
「は…はい、マリナさん…アスティ・スプマンテやキャンティ等を御当地で頂くのも、なかなか風情が御座いますね。」
他の二人の声色にも、湿っぽい響きは感じられなかったよ。
いずれにせよ、こうして戦雲は収まった事だし、勇武極まる私達にも帰投する時が訪れたみたいだね。
「将来のヨーロッパ旅行も悪くはないが、まずは当座の問題からだね。あんまり遅くなると明日が厄介だ。ちさと英里は学校だし、お京と私は残骸回収の指揮だからね。お京、宿直室でプラモを組みたいなら好きにして良いけど、塗装は止めてくれよ。塗料の臭いは晩酌が不味くなる。」
「今日は宿直室でお泊りかぁ…まあ、マリナちゃんと相部屋なら私は悪くないけどね。夜這いをかけてくれて構わないよ。」
軽口を叩き合うサイドテールコンビは、早くも地平嵐に跨がり、アクセルを吹かし始めていた。
「私達も行こっか、英里奈ちゃん!」
「あの、千里さん…」
何か言いたい事がありそうな英里奈ちゃんの視線は、私の両手のレーザーライフルに注がれていたんだ。
「あの少女型のサイボーグに引導をお渡しになる時、レーザーライフルをサイドカーから外されたのは何故ですか?」
ガラス細工みたいに華奢な掌が示す先では、空っぽになったマウントベースと虚しく宙を掴むロボットアームが、側車のボンネットで仲良く並んでいた。
「そうだね…強いて言うなら、あの子への敬意かな。」
そう言いながら私は、特命機動隊の子達によって軍用トラックへ詰め込まれていくスクラップ群を、チラッと一瞥したんだ。
いずれは故人として荼毘に付されるのだけれど、今の段階では軍用サイボーグのスクラップという扱いなんだよね。
「脳改造を施された軍用サイボーグのままだったら、遠隔射撃でトドメを刺したと思う。だけど最後の瞬間、あの子の人格は元に戻った。だから私は、私自身の手でレーザーライフルを撃たなきゃいけなかったんだ。『私があの少女を射殺したんだ。』という実感を持つためにもね。」
同じ銃を用いた射殺でも、敵として機械的に倒すのと、哀悼の意を込めながら介錯するのとでは、まるで意味が違うからね。
そして、苦しみから解放してあげるための介錯ならば、その死の重みもキッチリ背負わなくちゃいけないんだ。
「『殺めた者としての責任』という事ですか、千里さん…」
それ以上、英里奈ちゃんは何も言わなかった。
その沈黙が、私には何よりも有り難かったよ。
「このヘルメットと同期したロボットアームによる遠隔射撃も、確かに便利だったよ。だけど自分の指で引き金を引く方が、私には性に合っている気がするんだ…」
そう言いながら私は、地平嵐の側車に向き直ったんだ。
側車に取り付けられたロボットアームの指は、少しだけ開いていたの。
まるで宙を掴もうとするみたいにね。
「今日の作戦では、君にもお世話になったね。ラストシューティングに関しては、君の御役目を掻っ攫う事になっちゃったけど…色々とありがとうね。」
ロボットアームのマニピュレータだから、握手をしてもヒンヤリと冷たい。
だけど、私の手を軽く握り返してくれたように思えたのは、単なる錯覚じゃないと信じたいな。




