第5章 「ザビエル公園の死闘」
堺っ子達の憩いの場だったザビエル公園は、今や弾丸雨注の戦場と化した。
敵のサイボーグが間断なく響かせている銃声だけじゃなく、私の跨った軍用サイドカーのタイヤが急ハンドルの度に鳴らせるスキール音も相当の物だよ。
雨霰と掃射されるモーゼル弾を回避するためだから、仕方ないけどさ。
幾ら県警の皆様方によって安全が確保されているとはいっても、近隣の一般住民達は気が気じゃないだろうな。
禁酒法時代のギャングが暴走族と抗争したら、こんな感じなのかもね。
「明日も平日なんだから、地方人の皆様方には健やかな安眠で英気を養って欲しいよね…だからこそ、とっととコイツを永眠させなくちゃ!」
皮肉混じりのジョークを飛ばすのもソコソコに、私はサイドカーのタンクを抱くように身を伏せたの。
「さあ、良い子はお眠の時間だよ!」
そしてドリフト走行も蛇行運転も綺麗サッパリ打ち切って、モーゼル弾の射手目掛けてフルスロットルで突っ込んだんだ。
「Heil、Fuhrer…!」
予想していた通りだったけど、私の跨ったサイドカーを破壊するべく、敵の機銃掃射は前方一直線へ集中したよ。
頬や肩をモーゼル弾が何発も掠めていったし、何発かはサイドカーのフロントカウルやヘルメットの頭頂部に命中したんだ。
「ふ〜んっだ!こんなの豆鉄砲にも及ばないよっ!」
ところがどっこい、私も側車付き地平嵐も全くの無傷だし、着弾時の衝撃でハンドルを取られる事もなかったんだ。
何しろ地平嵐のカウルは強化プラスチック製だから防弾板として優秀だし、私達が着用している遊撃服も強化繊維で出来ているからね。
オマケに私達は生体強化ナノマシンや強化薬物を静脈注射されているから、余程の強力な攻撃を急所に直撃でもされない限りは、そのまま戦い続けられるんだ。
だから機銃掃射の真正面にサイドカーで突っ込むなんて、大した恐怖もなく出来るんだよ。
むしろ着弾時の衝撃が、ますます私を昂ぶらせてくれたんだ。
「銃撃ってのは、こういう風にやるんだよ!目標補足!距離良し、角度良し!」
バイザーの左側に表示された映像を確認し、視線で角度を調整。
後は脳波検知機と音声認識システムが、全てをやってくれるんだ。
「レーザーライフル、撃ち方始め!」
気合い充分の一声から間髪入れずに、マニピュレータの指先が引き金に力を加えてくれた。
空気を焦がす心地よい芳香と、闇を切り裂く眩い真紅の光線。
それは間違いなく、我が個人兵装であるレーザーライフルの醍醐味だったの。
「よし、まずは一発!普通の人間なら、これで丸腰だね!」
前方から僅かに聞こえた破裂音と金属音からも分かるように、手始めに敵の武器を壊してやったよ。
前方に佇む人影の足元では、メチャクチャに破壊されたグロスフスMG42が無惨な姿を晒している。
しかしながら、これで武装解除とはならないのが、軍用サイボーグの面倒臭い所なんだ。
トレンチコートを纏った小柄な人影は、目深に被ったソフト帽と口元を覆うマフラーのせいで表情が読み取れないけれど、全く動じていない事だけは確かだね。
「Heil、Fuhrer!」
ほら、やっぱり。
機関銃を失った敵は次の瞬間、再びモーゼル弾の猛烈なシャワーを私に浴びせて来たんだ。
厄介な事に、今度の機銃掃射は五つの銃口にパワーアップしていたんだよ。
「左手にもマシンガンを仕込んでいるとはね!それでこそ、軍用サイボーグだよ!」
五本の指先から浴びせられる機銃掃射を間近に感じながら、私は間隙を突くべく敵を睨み付けたの。
外付けのグロスフスMG42と内蔵武器のフィンガーマシンガンの規格を統一しておけば、弾丸を無駄無く運用出来るね。
普及率の高いモーゼル弾を採用しているから、弾丸の入手も容易だろうな。
オマケに当時にしては極めて精巧な人工皮膚で表面を覆っているから、金属探知機で調べられない限りは、銃器を保持しているなんてバレないだろうね。
ハイテク化の進んだ現代だと色々と厳しいけど、大戦当時のソフトターゲットだったら容易に破壊活動を展開出来ただろうな。
だけど、内蔵武器には色々と弱点があるんだよね。
それを今から証明してみせるよ。
「目標捕捉、撃ち方始め!」
敵の機銃掃射の真っ最中を狙って発射した収束モードのレーザーは、フィンガーマシンガンの銃口を綺麗に射抜いたんだ。
マニピュレータの遠隔操作も、なかなか優秀じゃないの。
「Scheisse!?」
次の瞬間にはフィンガーマシンガンの銃声が止み、小さな爆発音と軍用サイボーグの狼狽の呻き声だけが、夜のザビエル公園に響いたんだ。
何しろ、内側から暴発させられたんだもの。
軍用サイボーグの左腕は、二度と使い物にならないよ。
内部に搭載されたフィンガーマシンガン共々にね。
苦痛の呻きを漏らして左腕を庇ったけれど、それも束の間。
直ちに体勢を立て直したのは、軍用サイボーグの流石を感じるね。
「Heil、Fuhrer!」
そして半端な中腰姿勢は、我が敵の次なる攻撃の予備動作だったんだ。
「熱源反応…そうか、ヤツは!」
軍用スマホが響かせるアラート音から間髪入れず、小柄なサイボーグの膝から何かが飛び出したの。
見慣れたフォルムと射出音は、ドイツ国防軍御用達のパンツァーファウストに間違いなかったよ。
「拳骨弾薬なのに、膝から撃ってくるだなんて!なかなか良いフェイントかけてくれるじゃない!」
敵さんったら、サイドカー諸共に私を木っ端微塵にする心積もりみたいだね。
対戦車擲弾でサイドカーを狙ってくれるなんて、光栄じゃないの。
敵さんにとって私は、戦車に匹敵する脅威って事になるんだから!
「そうは問屋が降ろさないからね!地対空迎撃ミサイル、発射!」
空中で激突した対戦車擲弾とミサイルが対消滅したのを尻目に、我が敵は早くもニ発目を撃とうとしていたの。
「Heil、Fuhrer!」
折り曲げた左膝には砲門が現れ、その中では炸薬弾頭が発射の時を待っていた。
だけど左膝に搭載された小型弾頭クラインは、遂に発射される事なく最後の時を迎えたんだ。
「レーザーライフル、撃ち方始め!」
気合い充分な私の号令を受けると直ちに、側車のボンネットに設けられたロボットアームの五指マニピュレータが、レーザーライフルの引き金へ力を加えた。
静かに、そして冷徹に。
「A…Auch!」
そして次の瞬間、黒い闇を引き裂くように放たれた真紅の光芒は、発射寸前の小型弾頭を宿した砲門へと吸い込まれ、小さな悲鳴と爆発音が夜の空気を揺らしたんだ…




