第3章 「恐怖!空飛ぶ生首サイボーグ」
こんな事を考えながらスロットルを握っていたら、また軍用スマホに入電があったんだ。
『和歌浦マリナ少佐より、全車両へ。南海高野線三国ヶ丘駅付近にて、ファシスト勢力残党の軍用サイボーグを一体確認。交戦の後にこれを撃破するも、爆発により敵機の残骸回収は時間を要する模様。』
キリッと凛々しいアルトソプラノは、同じ県立御子柴高に通う友達の声だったよ。
「えっ、爆発?大丈夫なの、マリナちゃん!?」
『ちょっ…!そんな大声で素っ頓狂な叫びを上げる奴があるかよ、ちさ!」
私が驚きのあまりに上げた声は、どうやら自覚していた以上に大きかったみたいだね。
ハンズフリーイヤホンの向こうから聞こえるアルトソプラノの声も、少しばかり上擦っていたよ。
口調だって、先程までの「和歌浦マリナ少佐」としての厳しい物から、普段の気さくな感じに戻っちゃっているし。
「いいか、ちさ。こっちは大型拳銃片手に単車を転がしてんだよ。驚いてハンドル取られたらどうすんだ。』
私だって悪気があった訳じゃないんだし、側車付き地平嵐のスロットルを握っている点では私も同じなんだけどなぁ…
「わ…悪かったよ、マリナちゃん…」
とはいえ、私が大声あげたのは事実だからね。
素直に頭を下げなくちゃ。
古人曰く、実るほど頭を垂れる稲穂かな。
自分で言うのもアレだけど、素直さと謙虚さは人間の美徳だよ。
謙虚な姿勢を示していれば、相手もそれに見合った対応をしてくれる。
私とマリナちゃんの遣り取りを見てくれれば、それがよく実感出来るだろうね。
『まあ、爆発なんてビックリするような事を言ったのは私だからね。私の身を案じてくれて感謝するよ、ちさ。』
「マリナちゃん…」
改善すべき点はキチンと窘めるけど、相手の立場を踏まえたフォローも怠らない。
これが上手く出来るからこそ、私はマリナちゃんの事が好きなんだ。
友達としても、そして上官としてもね。
『なぁに、心配する程の事じゃないよ。お京の奴が、ちょっと羽目を外し過ぎちゃってさ。止せば良いのに、サイボーグの頭をレーザーブレードで脳天唐竹割りにしたせいで、胴体に仕掛けられた爆弾を起動させちまったんだよ。』
『ひっどいなぁ、マリナちゃんったら!あれは私なりに最善の手段を取っただけなのに…』
ボイスチャットに割り込んできた快活な声は、これまた私にとって馴染み深い声だったの。
「京花さん…御無事で何よりで御座います。」
側車に腰を下ろした英里奈ちゃんが、ホッと安堵の溜め息を漏らしているよ。
レーザーブレードを個人兵装に選んだ枚方京花少佐は、私と英里奈ちゃんにとっては中一以来の共通の友達だからね。
大型拳銃が武器の和歌浦マリナちゃんとは特に仲良しだから、支局のみんなからは「御子柴1Bのサイドテールコンビ」と呼ばれているんだ。
何にせよ、二人とも無事で何よりだよ。
『聞いてよ、千里ちゃんも英里奈ちゃんも…私とマリナちゃんが倒したサイボーグったら、胴体と首を分離出来る機能を持っていたんだ。両目のレーザー砲をブッ壊しても、両耳をブースターにして飛び回りながら噛み付き攻撃をしてくるんだよ!あんな飛頭蛮みたいな真似をされたら、攻撃したくなるのは人情だって!』
第二次大戦時のファシスト陣営にいたヨーロッパの科学者達が、中国妖怪の飛頭蛮を知っているかどうかは、私には何とも言えないなぁ…
『それで猛スピードで頭突きをかましてきたもんだから、スイカみたいに真っ二つにしちゃったんだ。でも、サイボーグの胴体はマリナちゃんが釣り堀に叩き込んでくれたから、爆発の被害も最小限で済んだんだよ。さっきの上段蹴りは良いフォームだったね。』
その分だと、さぞかし物凄い水柱が上がったんだろうなぁ…
『まあな、お京。蹴飛ばした敵の胸板目掛けて、暴徒鎮圧用の圧搾ゴム弾を弾倉が空になるまで叩き込んだからね。』
幾らゴム弾とはいえ、対暴徒用だから着弾時の衝撃は半端じゃないよ。
マリナちゃんの精密射撃の腕前なら、全く同じ所へ着弾させるなんて朝飯前。
最初の蹴りで間合いを取り、後は圧搾ゴム弾の衝撃で釣り堀へ叩き込んだって寸法か。
それなら、爆発に巻き込まれる心配もなさそうだね。
『サイボーグを沈めた釣り堀にしても、掃除を控えていたらしくてね。事前にヘラブナ達を別な場所に移していたのが幸いしたよ。』
そう言えば、三国ヶ丘駅の近くには天王池の釣り堀があって、ヘラブナ釣りが楽しめるって、お祖父ちゃんから聞いた事があるよ。
今度の休みには一緒にヘラブナ釣りに行って、お祖父ちゃん孝行をしてみるのも悪くないかもなぁ。
私がヘラブナ釣りに思いを馳せている間も、サイドテールコンビの丁々発止な遣り取りは留まるところを知らなかったの。
『とはいえ、サイボーグの残骸を釣り堀へ池ポチャさせた事には変わりないからな。明日の残骸回収では、お京が陣頭指揮を執れよ。私も付き合ってやるからさ。』
『やれやれ…明日は待機シフトの予定だったから、支局の待機室で積みプラを組もうと思ってたのに。こないだ買った『鋼鉄武神マシンオー』のハイパーグレード、まだ組めないのか…』
ボイスチャットの音声だけでも、ガックリと肩を落としている京花ちゃんの姿が浮かんでくるみたいだよ。
「そう悄気ないでよ、京花ちゃん!残骸回収だって、釣り堀の水を抜いたらすぐじゃない。そのまま何事も起きなければ、また支局の待機シフトに戻れるから、プラモはその時の楽しみに取り置きしとこうよ。」
『うん…そうだよね、千里ちゃん!こないだ買ったハイパーグレードは、ガシガシ遊ぶために塗装無しでパチ組みする予定にしていたから、午後からの待機シフトでも充分に作れるよ!』
露骨なまでに声のトーンが高くなったね、京花ちゃん。
まあ、京花ちゃんが元気を取り戻してくれたみたいでホッとしたよ。
『青い大空焼き焦がしぃ♪迫るぅ、恐怖のメタル獣〜♪』
だけど、アカペラで「鋼鉄武神マシンオー」の主題歌を口ずさんじゃうのは、少し浮かれ過ぎなんじゃないかな?
これがオープンチャンネルじゃなくて本当に良かったよ。
私のお父さんの上司にあたる人なんか、結婚式のスピーチで礼服にピンマイクを付けていたんだけど、マイクの電源を切り忘れてトイレに行っちゃったんだ。
その後の詳細は差し控えさせて頂くけど、何とも気まずい空気になった事だけは確かだよ。
「さてと…明日の待機シフトで京花ちゃんが心置きなくプラモ作りに熱中出来るよう、軍用サイボーグを一体も取り零さずに片付けないとね!」
「仰る通りです、千里さん!残る軍用サイボーグはあと三体。地域住民の方々が枕を高くして御休み出来るためにも、今は奮起の時で御座いますね!」
私も英里奈ちゃんも、士気は充分。
戦意と使命感を新たにした私は、軍用サイドカーのスロットルを握る手に改めて力を加えたんだ。




