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最終回:兄妹としての最初の一歩

【SIDE:西園寺恭平】


 朝は秋晴れのいいお天気だったはずが家に帰る頃には曇り空。

 さっさと帰ろうとしてたのだが、途中の公園付近で本降りになってきた。

 空の雲の具合から通り雨だと思うので、一時避難することにした。

 

「ここで雨やどりか。仕方ないな」

 

 ベンチは雨宿りができるくらいの建物なので安心する。

 

「今日は雨が降るなんて話は聞いてないぞ、天気予報」

 

 天気予報を信じていたのに、降水確率10%はどこに行った?

 

「まさか、麗奈の態度の変化で、こんな所で思わぬ影響が……なんてね」

 

「……私がなんですか?」

 

 ――ビクッ。

 

「ひっ!?え、えっ!?」

 

 思わぬ声に振り向くと、既にベンチに座って雨宿りをしていた麗奈がいた。

 

「れ、麗奈?」

 

 彼女がそこにいるとは思いもしなくてマジでビビる。

 こちらを不思議そうに見つめる彼女。

 

「私ですけど、何か?お兄さんも雨宿りですか?」

 

「あ、あぁ。奇遇だね。麗奈は先にここにいたんだ?」

 

「ギリギリ、濡れずに間に合いました。お兄さんは……手遅れですか?」

 

「俺もギリギリ。パンツまで濡れて帰るのは阻止できたかな」

 

 髪が濡れた程度で服までは濡れておりません。

 

「はぁ。風邪を引かれても面倒なのでどうぞ」

 

 ため息がちに俺に渡してくれるのはハンカチだった。

 

「ありがとう。キミの優しさに心を打たれた。この感動を言葉で表現するのは難しいが、あえて言うなら……」

 

「どうでもいいです。さっさと髪を拭いてください」

 

「ぐすっ。最後まで言わせてくれてもいいじゃないか」

 

 ツーンとした態度はいつもの事ながら、優しさを感じるのは気のせいではない。

 うん、確実に関係は改善しているようなのは間違いない。

 だって、この前まで存在すら認めなかった妹だよ。

 ……義理の兄妹とはいえ、存在すら否定されていたのもどうかと思うけど。

 

「通り雨だからやむまで待ってようか」

 

「私は素直さんが迎えに来てくれるのを待つだけですから」

 

「ナンデスト!?至急、俺の分の傘も持ってきてくれるように、連絡をせねば」

 

 携帯電話に連絡をしてみると、ちょうどギリギリで、家を出る所だったらしい。

 ついでに俺の分も傘を持ってきてくれるようにお願いする。

 

『今、麗奈ちゃんと一緒?恭平お兄ちゃんの分も傘を持っていけばいいの?』

 

「おぅ、頼むぞ、素直。大きめの傘で麗奈の相合傘でも俺は良いけどな」

 

「バカな事を言ってると蹴りますよ」

 

「じょ、冗談です。悪いな、素直。傘を持ってきてくれるか?」

 

 素直は『任せてっ』と元気な声で返事してくれる。

 本当に久遠に似ない良い妹だよなぁ。

 

『10分くらいでつくと思うから待っていてねっ』

 

「あぁ。待ってるぞ」

 

 電話を切ると、俺は麗奈に尋ねて見る。

 

「そういや、素直に連絡をしたのか?」

 

「いえ、今日は彼女と遊ぶ約束をしていたので。雨で遅くなると連絡をしたら迎えに来てくれると言ってくれたんです」

 

「ふーん。麗奈と素直が仲良くなってくれるとは、お兄ちゃんとしては嬉しいよ」

 

 最初の頃に比べたらふたりの関係もよくなってるのかな?

 

「今は仲のいい友達ですから。それにしても、素直さんはお兄さんを慕っていますね。どうしてですか?」

 

「小さな頃から姉と仲が悪いからな。姉がアレだから逆に俺になついたと言うか。俺も麗奈が来るまで妹もいなくて、本物の妹のように素直に接してきたからさ。仲の良さは抜群だ」

 

 俺の知り合いで、俺に好意的なのは素直とエレナだけだ。

 他の知り合いのお姉さん達は皆、性格がキツイので辛いです。

 

「素直は可愛いぞ、名前通り素直な子だからな。いろいろしてくれるからさ」

 

 コスプレも文句も嫌な顔もせずにしてくれるし(そこ重要)

 

「……お兄さんってホント、バカですよね」

 

 麗奈に真顔で言われたら本気で泣きたくなりました。

 降りしきる雨、通り雨かと思ったがやみそうな気配はない。

 水たまりに雨の粒が消えていくのを眺めながら俺は言った。

 

「最近の麗奈は俺に優しくなった気がするのは気のせいかな?」

 

「別にお兄さんのバカさに慣れただけですよ。まぁ、お兄さんもただのバカではないようですけど。久遠さんから聞きました。おふたりが付き合っていた事を」

 

「うぐっ。久遠から聞いたのか?」

 

「えぇ。お兄さんが教えてくれないので、尋ねたら教えてくれました」

 

 別に知られても困るわけじゃない。

 既に終わった関係で、何か問題があったわけでもないのだから。

 ただの想い出のひとつ、過去の記憶のカケラでしかない。

 

「互いに色々とあっただけさ」

 

「はっきりと言えば……お兄さんって恋愛が下手なんですね」

 

「ガーン!?」

 

 ばっさりと切り捨てられた俺はガクッとうなだれる。

 恋愛が下手な男って認識は麗奈にされたくないっ。

 

「そんな事はないデスヨ」

 

「そんな事はありますよ。恋愛が上手な方だとは最初から思ってませんでしたが」

 

「……それ、褒めてない」

 

「当たり前です。何を今さら。私がお兄さんを褒めるわけないじゃないですか」

 

 ですよねぇ。

 麗奈の毒舌にお兄ちゃんのガラスのハートは粉々に砕かれてます。

 なんて、いつものやり取りをしてると麗奈はこちらを向いた。

 

「……それでも、不思議な事ですが、私はお兄さんに“興味”はあるんです」

 

 ナンデスト!?

 い、今、麗奈は何といいましたか!?

 

「俺に興味がある。つまりは麗奈が俺を好きだってことか?」

 

「好きだとは一言も言ってません。……はぁ、やっぱり前言撤回します」

 

 完全に呆れられてしまった。

 誤解だ、そう言う事を言いたかったのではなくて。

 

「ち、違うんだ。つい動揺したと言うか。え?興味があるって?」

 

「今までの私はお兄さんをバカで、必要ない義兄だと思っていたんです」

 

「うん。まず、その認識されてた事を泣くべきか、悲しむべきか」

 

 実は麗奈にはそんないらないゴミ扱いされていたのね、俺って(自覚なし)。

 今までは、と言う事は違うのかな。

 

「だけど、どこか気になる不思議な人だと最近は思い始めました。兄妹として、それとなくやっていけそうな気も……」

 

 麗奈の綺麗な蒼い瞳が俺だけを見つめている。

 

「しない事もなくはありません」

 

「……おぉ。大いなる一歩じゃないか」

 

 まさに人類が初めて月面着陸し、月へ足を踏み入れたように。

 俺と麗奈にとっては兄妹としての最初の一歩。

 それは他人が見れば小さな一歩かもしれないが、俺達にとっては大きな一歩だ。

 ……と、名言風に言いたくなる。

 

「そうだよね。まずはお互いに興味を持つ所から恋愛とは始まるんだ」

 

「何も恋愛は始まりませんが、義兄としての貴方には興味を抱いています」

 

 素直じゃない麗奈、クーデレだから仕方ないよ。

 いつかデレる日が来るまで、俺はそのクールな麗奈の態度を受け止め続けるだけさ。

 それがカッコいい男の心の持ち様だと俺は気づいた(勘違い)。

 

「お兄さんは本当に変な人ですね」

 

「いや、不思議な人ですね、と言ってもらいたい」

 

 変態扱いはやめてください、地味に傷つくんですっ。

 恋と変は似ている……ただ言ってみたかっただけで意味はないが。

 可愛い麗奈が俺に興味津々、それってつまり、恋愛へのステップ?

 そうに違いないと思いたい。

 

「では、改めて。不思議な人ですね……。不思議だからこそ気になる事もある」

 

「俺の身体から溢れるミステリアスな雰囲気は隠し切れていないようだな」

 

「ミステリアスとはかけ離れたものですけど。まぁ、いいです。もうすぐ、1年になりますけど、この1年間でようやく貴方を兄として認めても良い気がします」

 

 雨が静かに降り続く中、麗奈は微苦笑を俺に浮かべる。

 

「変な事をしない範囲で、義妹として可愛がってください。私も少しばかり、義兄として貴方を特別視してみます。変態が過ぎるのなら、また元に戻るだけですが。そういう、兄妹としての関わりあいも悪くないと思ったんです」

 

 麗奈は長い黒髪をさらっと指先でなびかせる。

 おー、1歩どころか2歩、3歩進んだ気がするぞ。

 

「そんな麗奈を俺は心から歓迎するぞ」

 

 麗奈が心の扉を開けてくれた。

 それは本当にまだ扉を開けてくれただけかもしれない。

 だけど、ここから始まるかもしれない。

 俺と麗奈の本当の意味での関係が――。

 

「恭平お兄ちゃん~っ。麗奈さんっ。どこにいるの~?」

 

 雨の中を傘を差しながら俺達を探す、素直の声が聞こえた。

 

「素直さんが来てくれたようですね」

 

「あぁ。素直っ、俺達はここにいるぞ」

 

「お兄ちゃん、見つけたっ。えへへっ、傘を持ってきたよ」

 

「ありがとう。素直の優しさに俺は感激だ。頭を撫でてあげよう」

 

 俺は素直の頭を撫でると嬉しそうに笑う。

 

「お兄ちゃんのためなら、私は何でもするからねっ」

 

「可愛いやつめ。素直はホント、名前通り素直で理想的な妹だよなぁ」

 

 むしろ、もう俺の妹になっちゃいなさい。

 あんな悪魔の姉を持つと素直が可哀想だ。

 

「……ホント、貴方達を見ていると兄妹みたいですね」

 

「ははっ。麗奈も仲間に入りたいか?」

 

「いえ、“今”はやめておきます」

 

「今は?それって……?」

 

 彼女は傘をさしながら、雨の中を歩きながら俺に背を向けて言い放つ。

 

「くすっ。そのうち、私がお兄さんに甘えたいと思う時がくるんでしょうか」

 

「兄妹として仲が良くなれば、変わる事もあるだろう?」

 

「それは分かりませんけど……少しだけ楽しみではあります」

 

 意味深に呟く彼女につられて俺も笑う。

 

「麗奈さん、どうしたの?」

 

「何でもないよ。素直さん」

 

「よしっ。ふたりとも、それじゃ帰るか」

 

「……はい」

 

 傘を伝う雨粒、雨はまだやみそうにもない。

 でも、俺の心は秋晴れのように晴れやかだった。

 俺達、兄妹は自分達のペースで関係を深めていけばいい。

 少しずつ、変えていけばいい。

 

「お兄さん?何をしているんですか。おいて行きますよ」

 

「待ってくれ。すぐに行くよ、麗奈」

 

「まったく。ボーっとしないでください」

 

「悪い、悪い。ちょいと考え事をしていたんだよ」

 

 俺は慌てて麗奈達の後を追う。

 何も焦る事はないか。

 だって、時間はこれからもたくさんあるのだから――。

 

「――これからも、楽しくなりそうだ」

 

 俺はにやっと口元をあげて笑顔を作る。

 妄想が、恋が、青春が俺達を待っている。

 この恋物語はまだ始まったばかりなんだ――。

 

【 THE END 】

 

これで完結です。

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