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第37回:夏の日に

【SIDE:西園寺恭平】


 俺は常々考えてきたことがある。

 いわゆる幼馴染属性。

 幼馴染の男女が恋に落ちる確率は一体どの程度あるのだろうか。

 別に幼馴染だからと言って特別な親密さを持ったりすることもない。

 距離感が近い、それは言えるが一線を越えるのも難しい。

 漫画やドラマのように現実の幼馴染属性が自分に都合いい異性になるとは限らない。

 つまり、何がいいたいかというと幼馴染属性は妄想の産物でしかないということだ。

 そんなこと、考えるまでもないのだが……。

 妄想とは叶わう現実を望む行為である。

 だから、俺は不満のある現実ゆえに妄想をするわけだ。

 

「……恭ちゃん、何をぶつぶつ言ってるわけ?」

 

 俺を冷たい視線で見つめる元幼馴染、久遠。

 元幼馴染、今は恋人だから元がつく。

 俺達はクーラーの効いた図書館で夏休みの宿題と言う過酷な試練の最中だった。

 間もなく夏休みも終わるということでラストスパートをかけている。

 

「ん。なんでもない」

 

 久遠に不満があるかと言えば、大してなかったりする。

 気が強いが美人だし、性格も意地悪だがまともなところもある。

 

「そう。また別世界に行ってるのかと心配したわ」

 

「……失礼なやつだ」

 

 口の悪い女だというのはよく知っている。

 夏休みの間はこうして一緒にいる時間が多い。

 別に意識してるわけではない。

 関係的には恋人だが、実際は幼馴染の頃とほとんど変わらない。

 一緒にいる時間も特別多くなったわけでもなく、元々、よく会う関係だった。

 

「そういや、素直がまたお前を恐怖の存在だと言いだしたが、何をしたんだ?」

 

「別に?私は妹に嫌われるようなことをするとでも?」

 

「嫌われることをしているから俺に泣きついてくるんだ。素直が俺の所へ来るといつものように久遠の愚痴を言うぞ。姉が怖いと嘆く妹をもっと大切にしてやれ」

 

 素直にとって久遠はただの姉でなく、恐怖の存在だった。

 大半はBL趣味を押し付けられたと言う類の話だが。

 

「私は感動を妹と共有したいだけよ?」

 

「その感動っていうのが嫌がらせにしかなっていないのに気付いてくれ」

 

 本人が嫌がる事に気づいているのか、いないのか。

 

「私ってどうしてか、素直に嫌われやすくて困ったわ。私は素直の事、好きなのに」

  

「姉妹関係を普通に見直せ。まず、改めるのは久遠の態度だ」

 

「……面倒だから姉妹関係の修繕は自然に任せるわ」

 

 さっそく、放棄しやがった!?

 久遠らしい発言には俺は苦笑しつつ、素直の不運を同情しておく。

 

「妹の話はおいといて、今日は花火大会って知ってる?」

 

「そうだっけ?」

 

「うわっ、すっかり忘れているし。せっかくのイベントよ。恋人と一緒に過ごしたいとか思わないわけ?配慮が足りてないなぁ」

 

 久遠は俺を花火大会に誘ってきた。

 今までも幼馴染として花火大会に行った事は何度かある。

 

「ねぇ、恭ちゃん。そのあとで話がしたい事があるの」

 

「んー、今じゃダメなのか」

 

「今じゃダメ。その時に話すから覚悟だけはしておいて」

 

 ……何の覚悟をしとけって言うんだろう。

 何所か真剣な顔をする久遠。

 俺は不思議に思いながらも頷いておいた。

 

 

 

 

 久遠との恋人関係、知らなかった幼馴染の一面を知れた。

 恋人としてみせる彼女の顔。

 それは幼馴染時代にはなかったものも多い。

 けれど、俺には今の関係が理想的には思えていなかった。

 心の中で何かが違うと問い続けている。

 花火大会は人が多くて身動きがとりづらい。

 

「恭ちゃん、少し離れた場所でみよう」

 

 俺の手を引いて、彼女は毎年、観戦している穴場スポットへと行く。

 少し離れているだけでも人の数はグッと減る。

 

「これって本当に変な食べ物よね」

 

 久遠の手に握られているのはリンゴ飴。

 

「私、常々思うんだけど、リンゴ飴の中に入っているリンゴはマズイ理由は旬じゃない上に、安物でお飾りでしかないからだと思うの。そんな不味いリンゴを飴でコーティングしてこのお値段ってどうなの?」

 

「常々思わなくても、リンゴ飴なんて食べられる部分が限られているから結局すごく損した気持ちになる」

 

 逆を言えば、それだけの大きさの飴を食べろと言うのは無理があるのだが。

 

「それが分かっていてもつい買ってしまう。屋台の食べ物って冷静に考えれば、さほど美味しくないのに、どうしていろいろと買っちゃうんだろうね?」

 

「友達に言わせれば雰囲気代だって思えばいいってさ。このお祭りと言う雰囲気を楽しむためのお金だと思えばもったいなくはないだろ。こういうのは楽しんだものが勝ちだ。楽しむだけ楽しめばいいんだよ」

 

 普通に考えてはお祭りも楽しめない。

 お祭りと言う独特の特別な雰囲気があるからこそ、俺達は楽しめるのだ。

 

「それもそうか。恭ちゃんもいる?文句はあるけど、それなりに美味しいわ」

 

「少しだけもらうか」

 

 俺は久遠の差し出したリンゴ飴をかじりながら、

 

「甘っ。これ、甘すぎないか?」

 

「そう?普通だと思うけど?これが美味しいのよ」

 

 久遠とこうして恋人の真似ごとをしていると楽しい。

 だけど、それは楽しいだけで何か特別に満たされるわけではない。

 

「そういや、今日の浴衣、新調したのか?」

 

「去年までのが着れなくなったの。私も成長しているからね」

 

「……それは認めておこう」

 

「あははっ。何か恭ちゃんが照れているのって可愛いわよ」

 

 浴衣一つで大人っぽさを演出する久遠に見惚れかける。

 色気のある雰囲気と言うのは間違いない。

 

「そろそろ、花火が始まるね」

 

 真っ暗な夜空を花火が彩り、綺麗な光景が目の前に広がる。

 

「……あっ、綺麗~っ。恭ちゃん、花火があがったわよ」

 

 俺の隣に座る彼女、こんなにも距離が近いのドキドキしないのは――。

 

「あぁ、そうだな。今のは猫か?」

 

 キャラクター花火が次々とうちあがっていく。

 形が崩れて何かよく分からないものになっているのが面白くてふたりで笑い合う。

 久遠と一緒にいるのは楽しい。

 それなのにどうして俺は傍にいる事に幸福感を得られないんだろう?

 その答えはひとつしかなかった。

 花火を見続けていると、きゅっと俺の手を掴む久遠。

 

「……どうかしたのか?」

 

「もうすぐ花火も終わりだね。夏もお終いって気にならない?」

 

「そうだな。これが終われば、夏も終わってしまう気になる」

 

 毎年、夏の終わりに花火大会があるのでその気持ちはよく分かる。

 

「……あのさ、恭ちゃん。話があるって言ったわよね」

 

「そういや、そうだったな」

 

 俺は久遠の方を向いて彼女の話に耳を傾ける。

 

「話っていったい何なんだ?」

 

「……私達、お遊びの気持ちで交際を始めたじゃない。何だかんだでキスとか色々としちゃったわけだ。私は別に恭ちゃんなら良いって思ってたし、後悔をしているわけじゃないの。でもさ、恭ちゃんはどうなの?」

 

「どうなのって……この関係の事か?」

 

「そう。恭ちゃん、正直に話して。私と恋人になって“幸せ”?」

 

 花火の音だけが響き渡り、俺は何も言えずにいた。

 それは俺自身も疑問に思い続けてきたことだから。

 

「私達、幼馴染の関係を超えてみれば何かが変わると思っていた。私も恭ちゃんを好きだと思っていたし、恭ちゃんも私の事を好きだと思ってたはず。でも、お互いにどこか満たされない。心の奥底で愛があるはずのに、前に進めていない」

 

「……別に久遠が悪いってわけじゃない。女としては魅力的だと思うんだ。けどさ、何かが違うんだよ。俺達、付き合ってるはずなのに、幼馴染の頃とあまり変われていない」

 

「距離が近すぎて、今さら変えようがないのかな……」

 

 久遠は寂しそうにつぶやくと、そっと立ち上がる。

 俺もつられて立ち上がると彼女は俺に手を差し出した。

 

「恭ちゃん。これで終わりにしよっか?」

 

「えっ……?」

 

「この夏で私達の恋人関係は解消。元の幼馴染に戻らない?」

 

 久遠の思いもよらない提案に俺は動揺することもなく冷静でいられた。

 

「お前はそれでいいのか?」

 

 元々、久遠空の告白だ……多少なりとも思う所はあるはずなのに。

 

「違和感だらけで付き合うことに意味はある?私も、恋人になれたら幸せな時間を過ごせると信じていたの。けれど、それはただの空想だったのかもしれない。現実の恋愛ってそんなにドキドキしたりするものじゃないんだね」

 

「……俺達の恋人としての相性が悪かっただけじゃないのか」

 

「それもそうかな?お試し恋愛はここでお終い。もしも、本当の恋ならまた縁があると思うわ。だから、今回はここで終わりにしよう、恭ちゃん」

 

 最後のクライマックスを迎える花火が夜空を照らす。

 それを見つめながら俺は「分かった」と頷いた。

 恋人と幼馴染、微妙過ぎた俺達の距離感は最後まで縮まれずに一つの恋が終わった。

 

「でも、勘違いしないで。恋人としてじゃなくても、幼馴染としては私、恭ちゃんのこと好きだから。これからも、ずっとね……」

 

 俺の唇に最後のキスをする久遠。

 久遠に翻弄されていたけども、俺自身も望んだひと夏だけの関係。

 俺は最後まで久遠を心の底から愛することはできなくて、きっとそれが違和感の正体。

 

「こういう関係もありだと私は思うんだ」

 

 寂しそうにつぶやいた彼女。

 夏の終わり、それは一つの恋の終わり。

 また元の幼馴染としての日常が始まろうとしていた。




 

 ……あれから1年、俺と久遠は今も変わらず幼馴染の関係のままだ。

 今さら何かが変わるわけもない。

 それでも、この世界に「IF」なんて世界があるのなら、もしかすると俺たちは……。

 なんてな、そんなことはないか。

 どちらにしても、俺たちは恋人にはなれない運命だったのだ。

 あの夏の日々はひと夏の思い出、それでいいんだ――。

 

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