第36回:愛のある真似ごと
【SIDE:西園寺恭平】
誰でも過去を思い出すことくらいある。
その思い出がいいモノばかりとは限らないが。
それは俺の昔の話、1年前の夏、俺はひと夏だけの恋をした。
遠藤久遠、言わずとしれた俺の幼馴染である。
見た目美少女、中身……最悪最凶。
BLモノをこよなく愛する腐女子であり、俺の天敵でもあった。
とはいえ、気が合うことは事実であり、春雛とは違って悪友的な幼馴染だった。
それは高校1年の夏休みが始まって間もないある日のこと。
俺の部屋にいきなり襲撃をかました久遠のある発言から始まる。
「――恭ちゃん、私と付き合ってみない?」
よくある「遊びに付き合って」と言う言葉遊びの類ではないか。
初めはそう疑っていた俺だが、久遠は俺に交際をしようと告白してきたらしい。
「ちょ、ちょっと待て。いきなりすぎるだろ?」
「いいじゃん。私達って意外と相性的にもあうと思うのよ」
あの久遠が俺と付き合う?
冗談だろ、と思いつつも俺は困惑気味だ。
「お前って俺の事、好きだったのか?」
「……どうなんだろう?」
「おーい、久遠さん。そこ大事。それがなきゃダメだろ?」
「じゃ、逆に聞くけど、恭ちゃんは私の事が好きなわけ?」
どんな質問だよ、聞いてるのはこちらだっての。
それなのに俺は即答できずに困っていた。
「いや、それは、その、だな……」
「私は恭ちゃんの事はそれなりに好きよ?」
「……そういういい方はずるいだろ」
久遠は美人だし、スタイルもよければ人気も高い。
破天荒な性格もまともに付き合えるのは俺ぐらいだろう。
「ちょっと考えさせてくれ。いいな?」
「まぁ、お遊び程度に考えておいて」
俺は断り切れずに一晩考えることにする。
久遠と付き合ってみるのもありかな、と思っていたからだ。
「絶対に反対だよ、お兄ちゃん~っ。ダメぇっ!」
久遠の妹、素直に相談してみると猛反対された。
姉妹仲がよくないので相談相手を間違えたともいえる。
「お姉ちゃんがどんな女か忘れたの?平気で人が寝ている枕もとにBL小説を並べて、目覚めからものすごい嫌がらせをさせたりする人だよ!?悪夢見るって、ホントに嫌な思いをしたの」
「……それはただの久遠の悪戯だろ?」
「ただの悪戯じゃないよ。私に洗脳教育させるつもりだって。BL嫌い、怖い姉、大嫌い……。だから、お兄ちゃんがあんな悪魔と付き合うなんてダメっ!」
BL嫌いの妹に悪戯する久遠の評価はさておき、素直がそこまで反対するとは……。
「それだけじゃないの。昨日だって……あの人は私に……」
「昨日も何かされたのか?」
「昨日ね、友達と遊んで家に帰ってきたら、私の部屋に漫画が机に置かれていたの。私の好きなマンガだと勘違いして読んじゃって……そうしたら、えぐっ……表紙が入れ替えられて、中身は男同士の生々しい絡みの漫画だったの。怖かったよぉっ」
あー、見てはいけない生々しい描写にトラウマになりそうな状況だったのね。
そういや、昨日、隣の家から悲鳴みたいな声が聞こえていたな。
あれがBLにショックを受けた素直だとは思わなかったが。
「それはアイツが悪いな」
今にも泣きそうな素直の頭を撫でながら俺は彼女の心の傷を癒す。
「でしょう!?ということで付き合ったらBL汚染されるよ」
「俺は男だからありえないから心配はいらない。BLはおいといて、そんなに久遠はダメか?」
「お兄ちゃんはいいの?お姉ちゃんが好きとか?」
好きと言えるほど明確な気持ちがあるわけじゃない。
従姉の由梨姉さんに憧れてるような、漠然とした気持ち……。
「好きかどうか分かんないけど、何だかんだで久遠とは付き合い長いし、付き合ってみるのもありかなって思ったり」
何となくだが、俺も久遠を女として意識したりすることもある。
それに高校生だというのに恋人ひとりいない俺のさびしい人生ともおさらばしたい。
「曖昧な思いのまま付き合うくらいなら、私と付き合って?」
「……素直、お前は普通に好きな男がいるんじゃないかったか?」
素直は妹的存在であって、恋愛対象ではない。
「うっ、それは……。でも、お兄ちゃんをお姉ちゃんなんかに取られるのは嫌なのっ……絶対に後悔するって断言できる」
「実妹にそこまで嫌われてる久遠って……」
昔はそれほど仲が悪くなかったんだが、この姉妹の溝は深い。
それはともかく、俺は久遠のことを考えて悩んでいた。
翌日、自室に再び呼んだ久遠は水泳部の練習帰りか、少し日に焼けている。
「夏場は部活が大変そうだな?」
「これからが本番よ。プールは涼しいけど、日焼け止め塗らないとすぐに焼けるから嫌だわ。……それで、昨日の私の告白の答えについて決めたわけ?」
「改めて考えて見たんだけど、久遠って怖いな」
「……恭ちゃん、殴るわよ?」
そう言う所が怖いんだってば。
俺は拳を振り上げようとする久遠をなだめながら、
「何で俺を選んだんだ、久遠?」
「何か勘違いしてない?私が適当に恋人欲しいから恭ちゃんを選んだとか?」
「え?違うのか?」
てっきりそうだと思ったいたら違うらしい。
マジ告白、と言う雰囲気ではなかったのだが?
「恋人に興味があったのは事実よ。私だって恋くらいしたいし。そうじゃなくても、恭ちゃんの事は大切だと思ってるし」
「いつも俺の事を罵倒する久遠からそう言われるとは思わなかった」
「逆に恭ちゃんも何だかんだで私のこと、好きでしょ?」
自分でそう言い切れるってすごい自信だな。
そりゃ、お互いにそれなりに信頼していて、付き合いのある異性だ。
恋愛感情の一つもないかと聞かれて全力でないと答えることはない。
少なからず意識しているとは言えるが、断言するほど強くはない。
「難しいことじゃないでしょう。恋人なんてそんなに大したことじゃない。好きだから付き合って、すぐに別れてって普通にあることだもの。お試しとか思えばいいじゃない?」
「……割り切ってるなぁ」
「恋愛に興味のあるお年頃って事でいいじゃない。別に本気で好きになれば、関係を続ければいいし、ダメなら関係をやめればいい。それだけよ、違う?恋人に運命とか期待しているのは漫画の世界だけよ」
お互いに興味があった恋愛と言う感情。
だから、軽いノリで俺達は付き合ってしまう。
「いいよ、それじゃ付き合ってみるか」
「そう。それじゃ、今日から恋人ということでよろしく。さっそくだけど、今度の日曜日の予定をあけておいて」
「どこかいくのか?」
「繁華街の映画館、恋人同士なら半額になるんだって。行ってみましょう」
……それが狙いとか、じゃないよな?
久遠と恋人同士になることに不安はありつつも、俺はどこか嬉しい気持ちもある。
幼い頃から久遠を知ってるだけに、特別な意識はしているから。
腐れ縁同士っていうか、ほら、幼馴染って特別な関係じゃないか。
漫画とかでよく「夫婦」とかからかわれる関係で、いつのまにか付き合ってるみたいな。
幼馴染と恋人、大きく違う関係の差にその時の俺はまだ気づいていない。
そんなことより久遠はにこっと微笑しながら、
「恭ちゃん。恋人らしいことってしてみない……?」
「何を怪しい顔をしてやがる」
「失礼ねー。それじゃ、恭ちゃんに質問です。恋人同士と言えば何をするでしょう?」
「……コスプレ?」
俺がそう言うと久遠はあからさまに呆れた顔をする。
「ちなみにする方?させる方……?」
「当然、させる方にきまってるだろ?こんな事もあろうかと、見ろ……!!」
俺は鍵のかかったクローゼットを開けて久遠に見せる。
そこにはスクール水着、体操服、ナース服、チャイナ服などよりどりみどりのコスプレ服がびっしりと並んでいた。
ふっ、これぞ、我が秘蔵のコレクションの数々だ。
「……何これ?」
「もしも、俺に恋人ができたら、彼女に着てもらおうと中学の時から集めていたコスプレの衣装だ。ついに解禁か?」
「恭ちゃんが変態だってのは知ってたけど、これは正直引くわ。ごめん、私には無理。それじゃ、恋人解消ということで……私、変態とは付き合いたくないし」
マジでドン引きした久遠が去ろうとするのを俺は何とか止める。
「ちょっと待て、久遠。BL属性ありのお前が引くのはどうなんだ?適正というか、適応力はあるだろ?」
「いや、私はBL好きでもコスプレ好きじゃないし。私の趣味じゃないもの。……そうだ、その鍵を貸して」
有無を言わさず俺から鍵を奪い、クローゼットの鍵を閉める。
そして彼女は「これは預かっておくわ」と俺から鍵を奪う。
「何ですと!?それはひとつしかないんだ、返してくれ」
「変態趣味は封印ってことで。はい、コスプレ以外で恋人同士がする事と言えば?」
「俺のコレクションが……。で、またその質問かよ?恋人といえば……何だろ?デートぐらいしか思い浮かばん」
「恭ちゃんの発想力のなさにあきれるわ。いつもくだらない妄想してるくせに、現実には弱いってタイプ?いやねぇ、妄想主義者って何もできないの?だから、妄想しかできないんだ?」
久遠に責められる俺は「うるさいっ」と抵抗しておく、妄想主義者をなめるな。
「恋人って言えば、これじゃん?」
久遠は俺の襟首をグッとつかんでそのまま俺を引き寄せる。
女の子の匂い、香水の香りとプールの水の匂いもする気がする。
「……恭ちゃん」
そして、俺の名前を甘く囁く久遠との接吻――。
見慣れたはずの幼馴染の顔が魅力的な女性の顔に見えた瞬間だった。




