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第33回:朝の真実は闇の中

【SIDE:西園寺麗奈】


 ある日の朝、私は眠い目を擦りながらベッドから起き上がる。

 

「うぅ……今、何時だろう」

 

 窓から差し込む朝日、枕もとの時計を見るとまだ朝の6時を過ぎたばかり。

 

「……ちょっと早起きしちゃったなぁ」

 

 私は早起きしてベッドから出ようとすると、ふと手に柔らかな感覚が触れる。

 恐る恐るその手の先に視線を向けていく。

 

「……なっ!?」

 

 私の真横にいる物体、というか人間っぽいもの。

 なぜか私の隣でお兄さんが眠っていた。

 私は思わず叫びそうになるのを抑えて、心を落ち着かせた。

 落ち着け、まずは状況を把握するのが先……ってあれ?

 

「ここは私の部屋じゃない?」

 

 よく見てみれば私はお兄さんの部屋にいて、彼のベッドで眠っていたらしい。

 

「どうして私がここにいるの?」

 

 夜中にトイレに行って部屋を間違えた?

 でも、そんな記憶はないし……ちゃんと自室で寝ていたはずなんだけど。

 

「――ふふふっ、あははっ!!!」

 

 びくっ!と私は不気味な声に身体を震え上がらせる。

 

「な、何ですか?」

 

 笑っていたのはお兄さん、にやけた寝顔がすごく怖いんですけど。

 普通は男の人の寝顔とか見ると意外に可愛かったりするんじゃないの?

 

「……麗奈はクーデレだって知ってるから。照れなくたっていいだよぉ」

 

 しかも、寝言も何だか意味分からないし、ていうか普通に気持ち悪いし。

 

「うぅ、怖いよ。この人、寝てても怖い。ていうか、気持ち悪い」

 

 顔が問題とかじゃなくて、彼の事を生理的に受け付けられない。

 私はベッドから離れて椅子に座る事にした。

 とりあえず、兄の顔にはタオルをかぶせて不気味な寝顔は封印しておく。

 

「わからない。どうしてここにいたんだろう?」

 

 どんなに考えても私がここにいる理由が分からない。

 

「まずは自分の部屋に戻った方がいいかも」

 

 ここでお兄さんが起きれば何だか微妙に嫌だし。

 私はこっそりと部屋から出て行こうとしてると、

 

「んっ、麗奈……?」

 

 お兄さんが目を覚ましてしまい、私は行き場所を見失いうろたえる。

 彼はベッドから私の姿を見つけると、

 

「こんな朝早くからどうしたんだ?も、もしかして朝這い?」

 

「あはっ、一回死んでみますか?そのまま、一生、寝ててくださいっ!!」

 

 私は微笑みながら、不愉快発言をする兄の頬を叩いておいた。

 

 

 

 

「で、恭平お兄ちゃんと喧嘩中なの?麗奈さんもやる時はやるんだね」

 

 午後から素直さんと遊ぶ約束をしていたので、彼女と一緒に私は部屋でくつろいでいた。

 彼女とは夏以来、すっかり意気投合し、いい友人関係を築けている。

 

「別に。前々からあの人の不愉快発言が気に入らなかっただけ」

 

「でも、今回は麗奈さんの方に非があるんじゃない?恭平お兄ちゃんも確かに不愉快にさせることを言ったかも知れない。だけど羨ましくも、麗奈さんと同じベッドで一夜を過ごしたのは、麗奈さんが悪いんでしょ?」

 

「それは……そうかもしれないけれど」

 

 素直さんは床に寝転がってるノゾミの頭を撫でる。

 ノゾミは小さく鳴いて気持ちよそうに銀毛のしっぽをゆらした。

 朝の出来事は未だに私に影をおとしていた。

 

『お、お兄ちゃんを殴るなんて、そんな妹に育てた覚えはないぞ』

 

『育てられた覚えもありませんから』

 

 いつもの軽口で誤魔化そうとする彼。

 

『麗奈。最近、ちょっと我がまま過ぎないか?そういう態度はよくないぞ。女の子は大和撫子のように大人しく、清楚な振る舞いをしてだなぁ……そう、大和撫子といえば』

 

『うるさい、うるさいっ!お兄さんなんて大嫌いです』

 

『……き、嫌い?そ、そんな……うわぁあああん』

 

 そして彼は静かに私を拒絶し、朝からずっと口も聞かずにいて今に至る。

 最近の私にはお兄さんの些細の一言でも気に障る事が多くなった。

 口が悪くなってきているのも自覚している、これは私の問題だから彼だけが悪くない。

 

「ちゃんと謝った方がいいんじゃないかな?」

 

「嫌よ。もともと私達、そんなに仲良くないし。無理に仲直りする必要はないから」

 

「麗奈さんって、前から思っていたんだけど、本当はお兄ちゃんのことは悪いように思ってないでしょう?本当に嫌いなら、ギスギスしてるはずじゃない?」

 

 私は素直さんにそう告げられて図星だったので黙り込んだ。

 

「……本当に恭平お兄ちゃんの事を兄と思ってるならもっと素直さんになれる。今の麗奈さんの態度は……彼を兄じゃなくてひとりの男の人として見てる女の子だよ。まるで恋人と喧嘩してるみたいな意地の張り方してない?」

 

 素直さんの言葉に私は持っていた猫の遊び用ボールを床に落とす。

 転がっていくボールをノゾミは追いかけてじゃれていた。

 

「麗奈さん、恭平お兄ちゃんの事を無理に嫌いになろうとしていない?」

 

「……そんなわけないでしょ」

 

 私は拗ねた子供のように唇を尖らせると、

 

「ごめん。そんな顔しないでよ、麗奈さん」

 

「素直さんが意地悪な事言うからだもん。もうあの人の事は良いから、これから何するか考えようよ」

 

 私はボールと戯れるノゾミを胸に抱きあげる。

 耳をぴくっと反応させる可愛い子猫に癒される私。

 私があの人を兄以外に見ているなんて絶対にありえない。

 それでも、素直さんの言葉にはひとつだけ真実がある。

 

『無理に嫌いになろうとしていない?』

 

 どうなんだろうか。

 私は無理というわけではないにしても、嫌いでいようという感じはする。

 だって、あの人を意識すると自分の中でモヤモヤしたものがあるもん。

 自分でもよく分からなくなる、感情の乱れ。

 不安定になるのは全てあの人が悪いんだ。

 

「……ん?誰かきたみたいだよ」

 

 素直さんの声と同時に私の部屋の扉が開いた。

 部屋に入ってきたのはケーキと紅茶をのせたトレイを持ったお兄さん。

 

「ふたりともおやつの時間だ。今日はケーキを焼いてみたんだけどさ、どうかな?」

 

「私の部屋に入る時はノックしてください。両手がふさがっているなら声をかけるくらいは……何です、それ?」

 

「うわぁ、すごい美味しそうなケーキ。これ、恭平お兄ちゃんが作ったの?」

 

「まぁね。料理は俺の趣味だからさ。……その前にちょっといいかな、麗奈?」

 

 お兄さんは机にケーキを置くと、私に頭を下げてきた。

 

「朝はごめんな。麗奈を怒らせるような事を言ってしまって。ひどくキミを傷つけたのがどうしても自分を許せなくて。本当にごめん。何で俺の部屋にいたかは別としても悪い事をしたと思う」

 

「どうしてお兄さんが謝るんですか?悪いのは……私じゃないですか」

 

 いつもそうなんだ、この人は私の事ばかり気にしてくれる。

 どんな時にでも優しくて、でも、その優しさは私にとっては辛い時もある。

 

「頭をあげてください。……お兄さん、ごめんなさい。朝の事は私が悪かったのに、酷い事を言いました」

 

「これで兄妹仲直りかな?麗奈さんも素直にならないといけないよ」

 

 私が謝罪できたのは素直さんがいてくれた事もあると思う。

 嫌いにならないといけない、ひとりだとどうしても意地になってしまうから。

 

「ケーキ一緒に食べましょう」

 

「ああ。今日はいい栗が手に入ったからモンブランを作ってみたんだ」

 

「マロンですか?結構本格的なんですね……」

 

 そして、私達3人は美味しいケーキを一緒に食べ始めた。

 お兄さん手作りのケーキは甘くて、優しい味がする私の好きな味だった。

 ホント、この人は嫌いになれそうで、なれない。

 私は素直さんと楽しそうに会話する彼の顔を見つめながら私は紅茶に口をつけた。

 

「ん、美味しい……」

 

「だろ?今回のは結構自信作だったんだよ」

 

「お兄ちゃんってホントに料理上手だねぇ。私も教えてもらおうかな?」

 

「いいぞ、素直。料理は女の子の武器だ。気になる相手でもノックアウトさせてみるか?確か家庭教師の男が好きだったよな。それなら手作りクッキーでも作ってみればいいんじゃないか。お勧めのクッキーは……」

 

 そんな感じでお兄さんは私達の話に加わりしばらくの間、そのまま部屋にいた。

 私はそんな彼の横顔を複雑な気持ちで見つめていたんだ――。

 

 

 

 

 ……ちなみに朝の真実を私はその夜、寝る間際に思い出していた。

 それはあまりにも恥ずかしい真実。

 真夜中、私は水が飲みたくなってキッチンにいた。

 

「うーん。冷たくてすっきりする」

 

 そう、それはコップを洗っていた時に私の目の前をサッと走り去っていくもの。

 黒光りして、カサカサと移動音を鳴らし、大地を震撼させる存在。

 神はなぜこのような生物をこの世界に生み出したのか。

 はるか大昔から存在する邪悪なる、黒い悪魔がこちらを威圧感たっぷりの容姿でこちらを睨みつけてくる。

 

「――い、いやぁぁああ!!」

 

 人呼んで黒い稲妻、ゴ●ブリが私の目の前を通り過ぎて行く。

 慌ててその場から逃げだす私はパニックに陥っていた。

 アレは危険な生き物、動きは早いし、空を飛べるし、気持ち悪いとしか言いようがない。

 小さな頃、アレの大量発生を見たことがあり、それ以来トラウマになっている。

 その存在すら許せない、私にとって最も恐れるべき生き物だ。

 

「うぇえーん、ぐすっ」

 

 私は半泣きになりながら、慌てて、真っ暗な廊下を走る。

 

「怖い、怖い……うっ……怖いよぉ」

 

 部屋を確認せずに入ると、すぐに布団にもぐりこんで、そのまま寝てしまった。

 これが朝の真実だったらしい。

 うぅ……あまりにも恥ずかしいので私の中で黒歴史として闇の中に真実は隠しておこう。

 

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