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第32回:月は出ているか

【SIDE:西園寺恭平】


 星空を眺めているといろんなことを思い出す。

 綺麗な星、ひとつひとつが近いように見えるけれど、実際はすごく離れている。

 それは人との関係のようにも見える。

 身体の距離が近くても、心の距離が遠い。

 そんな言葉が使われるように、距離は下手な誤解を生んでしまう。

 自分はあの人にとって本当は近いのか、それとも……遠いのか。

 夜空を見上げるように、その距離を探すことが大切だ――。

 

 

 

 

 蒼い月が私を照らし、影を作っていた。

 星々は幻想へ誘うような神秘的な輝きを放っている。

 星空を見渡せるベランダで、俺は空を眺めていた。

 夏独特の蒸し暑さも、秋がなり段々と涼しくなってきた。

 時折吹くそよ風に気持ちよさが増していく。

 そんな夜空の下で俺は自分の恋愛を改めて見つめなおしていた。

 

「……あ、弟クン見つけた。こんな所でひとり、寂しくない?」

 

 ベランダにたたずんでいた俺に姉さんが声をかけてくる。

 

「風が気持ちよくて。ほら、星空も綺麗だろ」

 

「ホントだ……。あ、そうだ。ちょっと待っていてね」

 

 姉さんは一旦、家に帰ってしまう。

 しばらくして、彼女が戻ってくると麗奈と一緒にやってきた。

 ふたりが持ってきたのは団子とお茶。

 

「じゃーん。月も綺麗だしね。麗奈ちゃんにも声をかけて、月見団子もってきました」

 

「ああ、そういうことか」

 

 確かに今日は満月、明るい黄色の月が美しい。

 俺達は3人並んで座りながら夜空を見上げた。

 

「……いいよね、こういうのって」

 

「うん。お団子とか買ってきて用意がいいんだね」

 

 俺の視線の先、麗奈はなぜか月を見ずにいる。

 

「どうした、麗奈?調子でも悪いのか?」

 

「私、月って何だか好きじゃないんです。怖いというか、寂しくなるというか……」

 

 珍しく麗奈はそんな消極的な発言をする。

 ご自慢の蒼い瞳も今日は何だか元気がない。

 月が嫌い、女の子特有なのだろうか、俺の知り合いの子もそんな事を言っていたな。

 

「昔から言われるわよね、女の子は月を見ないほうが良いって」

 

「そうなんだ?へぇ、初めて聞いた」

 

「ええ。私も詳しくは知らないんだけど身体にも影響があるらしいわ」

 

 ふーん、いろいろあるんだな。

 月には魔力が込められている、いや、これは猫耳とは違う意味で。

 古来より、かぐや姫のように美人の象徴とされる。

 月光に照らされる美少女。

 その美しさは人間界のものではなかった。

 彼女は月から舞い降りたお姫さまだったのです。

 

『あのね、実は私は月から来たの、お兄ちゃん』

 

 例え、そうであっても俺はずっとお兄ちゃんだからね!

 麗奈は神秘的な微笑を浮かべて言った。

 

『だから、いつかは月に帰らなくちゃいけないの。私には好きな人が待っているから』

 

 ……ガーン、妄想なのにちょっと凹むわ。

 俺も何を弱気な妄想をしている。

 攻めろ、妄想だからこそ攻めるんだ、俺。

 

「……お月見って何か不思議ですね」

 

 麗奈は本当に月を見ると調子が悪くなるのかぼーっとしている。

 ここは……兄として何とかしてやるべきでは。

 

「弟クン、顔にやけすぎ」

 

「……お茶が美味しいなぁ」

 

 俺は誤魔化すためにお茶を飲む。

 姉さんに釘をさされて俺は麗奈を抱きしめられなかった。

 せっかく麗奈の好感度を上げるチャンスだったのに。

 

「このお団子も美味いな」

 

 白いお餅の中に餡子が入っている。

 甘くて……もっちりした触感が美味しい。

 

「……美味しい」

 

 麗奈も小さな口で食べている姿が小動物みたいで愛らしい。

 見てるだけで癒される俺の心のオアシス~。

 

「……人の食べてるところを凝視するのはやめてもらえます?」

 

「ごめんなさい」

 

 ただし、会話をすればブリザードが吹き荒れる。

 お兄ちゃんの心が寒いよぉ……。

 俺はそのままベランダに寝転がるように月を眺める。

 静かに過ぎる夜、綺麗な星を見ている3人。

 

「ねぇ、お姉さん。お兄さんって子供の頃、どんな子供だったんですか?」

 

 ふいに麗奈がそんな事を言い出した。

 俺の子供時代を知りたいとはまた珍しい。

 まぁ、知られて困る過去は……あれはヤバイ、これもヤバイ……。

 しまった、ろくな思い出がねぇ。 

 姉さんは口もとに笑みを浮かべながら、

 

「そうねぇ。やんちゃ盛りの可愛い男の子だったかな。」

 

「……やんちゃですか?今とは印象が違いますね」

 

「そうねぇ。でも、やんちゃな男の子だったの。だけど、趣味は料理とかピアノとか室内系の大人しいのばかり。今思うと私に合わせてくれてたんだよね。ね、弟クン」

 

「……そこで俺に会話をふられても困るぞ」

 

 そんな恥ずかしい事を俺の口から言わせないでくれ。

 俺は男だったから、本当は野球やサッカーも好きだった。

 しかし、相手の姉さんにそんな事をさせるわけにもいかず、俺は姉さんとでも楽しめることをしようとした。

 結果として、今も俺は料理作りが好きだし悪くはなかったけれど。

 

「……お兄さんにも、優しいところもあるんですね」

 

「弟クンは優しいところしかないよ」

 

「褒めすぎですよ。鬼さんは変態です、それ以上でもそれ以下でもないです」

 

 うぐっ、正面から変態扱いはきついなぁ。

 

「そう言う事を言っちゃダメ。麗奈ちゃんだって弟クンのいい所、分かってるでしょ」

 

 姉さんの言葉に麗奈は黙り込んでしまう。

 俺って優しいのか、自惚れても良い?

 俺は会話に入れずにただひたすらにお茶を飲み続ける。

 

「……お兄さんにいいところってありましたっけ?」

 

 真顔で言われるので、思わず俺はむせてしまう。

 

「こほっ、けほっ、何てひどい……俺だってひとつくらいいいところあるもん」

 

「男が“もん”つけたら気持ち悪いだけです」

 

「ふふっ、弟クンはホントに優しいのよ」

 

「すごいですね、お兄さん。こんなに過大評価してもらって」

 

 麗奈のトゲトゲしい物言い、反抗期、再びか……はぁ。

 そんな彼女の顔を姉さんはしっかりと見ながら、

 

「……麗奈ちゃん、それって焼きもち?」

 

「私が?妬く意味がわかりませんよ」

 

 しれっと答える彼女に姉さんは軽めの説教をする。

 

「言葉の暴力は相手の心を深く傷つける。……表面上、傷ついてないように見えるからつい誤解してしまうけれど、傷つけたあとは必ず残ってるんだから」

 

 たしなめるような姉さんの言い方に麗奈は少し不満げな顔をする。

 別に麗奈としても俺のことが本気でウザイとか思って言ってるわけじゃない。

 中学生、この時期に起こる心の成長の現われだろう。

 ……そうだよね、麗奈、そうだと言ってくれ。

 マジだったら泣いちゃいます。

 

「姉さん、俺のことを気にしてくれてありがとう」

 

「いいのよ。私……弟クンのこと好きだもん」

 

「え……?」

 

 姉さんの告白に表情が凍りつく麗奈。

 彼女は俺の身体を麗奈の目の前で抱きしめていた。

 何度も感じてきた彼女の体温、彼女の匂い、だが麗奈の目の前でこんな事しなくても。

 

「こ、こんな所で冗談はやめてください」

 

「冗談?冗談じゃないもの。私は弟クンの事を愛しているわ」

 

「……本気ですか?こんな人を?」

 

「えぇ。私にとっては誰よりも大切な相手だもの」

 

 ……短い言葉の応酬、プチ修羅場だ。

 俺をめぐり合うふたりの言い争い。

 だが、俺をめぐってふたりが争うのは見てられない。

 やめるんだ、俺を争ってふたりが仲違いする必要なんてないんだよ?

 俺はハーレムエンドでもいいんで、むしろ、そちらを希望中!

 

「なんてね、もちろん弟としてだけど。……あれ、弟クン、がっかりしてる」

 

「うぅ、男の純情を弄ばれたのですよ」

 

 ガクッ、期待させておいてその言い方はひどい。

 

「この人……今、ハーレムとか口走ってましたよ」

 

「い、言ってません。あー、お餅が美味しくて月が綺麗な夜だなぁ。あはは……」

 

 俺はわざとらしく月を見上げて視線をそらす。

 麗奈の視線が怖かったのです、ぐすっ。

 

「そういう麗奈ちゃんは弟クンの事、実は好きだったりして?」

 

「……ふっ、ありえませんね。お兄さんを好きになることはありませんよ」

 

 鼻で笑われてしまったぞ、兄としてショック!

 でも、麗奈は照れた顔をしているので微妙な心境。

 それが照れ隠しだったらいいなぁ……。

 多分、ありえないと思うけど、夢くらいはみたいじゃないか。

 

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