第30回:再び会うその日まで
【SIDE:西園寺恭平】
エレナという女の子が家に来てからずいぶんと慌ただしい日々が続いた。
旅行から帰ってきた後はデートしたりして彼女の魅力の虜になりつつあったのだ。
小学生って良いなぁ……そんな人として危ういラインまで近付いていた。
しかし、夢も幻想も終わりというものがあるのだ。
ついに期限の2週間が終わり、明日にはエレナは自分の家へと帰ってしまう。
そのために最後はエレナのお別れ会ということで、豪華なディナーを皆で食べていた。
料理好きな俺も腕のふるいがいがあったぞ。
ちなみに料理がダメな麗奈はお皿を並べさせるだけにさせました。
彼女の料理は夏は危険だ、あらゆる意味を持って病院に行きになってしまう。
食中毒とかマジで危ないのです、ふぅ。
「……私にも料理くらいできますよ」
とか言うのだが、練習してもうまくできない所を何度も見ている。
人には不向きなものというのがありまして……。
「ひっ、包丁はこちらに向けないで!?」
「失礼ですね、向けてません。ちょっと滑っただけです」
「そっちの方が怖いってば」
とか、そういう展開を経て、俺たちは料理をテーブルに並べていた。
料理の完成前に命の危機を体験する貴重すぎる時間でした。
「弟クン、他に何か手伝うことはある?」
「由梨姉さん。あとはそちらのサラダを作って。準備はしてあるから」
「分かったわ。ドレッシングは和風なんだ」
手作りドレッシングをかけた俺特製のコーンサラダだ。
メインのメニューは豚肉を焼いたステーキ風のお肉。
牛肉じゃないのはそちらの方がエレナの好物だからだ。
最後はエレナの好きそうなメニューにすることにした。
「さすが、おにーたんっ。お料理が上手なんだぁ」
「ふふふっ。エレナ、惚れなおしたか?」
「もちろん。すごいよ、おにーたん」
感心してくれるこういう素直な妹がいてくれると毎日が楽しいです。
「……ふんっ。小学生相手に鼻の下をのばすなんて、変態ですよ」
とか、俺の後ろで言ってるマイエンジェルも少しばかりエレナの純粋さを学んでほしい。
もしも、麗奈がエレナみたいになったらどうするよ。
『恭平お兄さん……私の頭を撫で撫でしてよぉ』
ええやないかぁ、いくらでも撫でてやるわぁ……。
『ぎゅってされると、ものすごく安心できるの』
膝上にのせて抱きしめてあげると喜んでくれたりして――ハッ、殺気!?
妄想を途中で終えた俺は斜め後方からの鋭い殺気に目が覚める。
怖いよ、義妹……フォークとナイフの準備を頼んだらこちらに平気で投げようとするんだからマジで命の危機を感じる。
「麗奈も物騒な真似をしないで可愛げある行動をとりましょう」
「お兄さん相手にとるつもりはありませんから」
「それじゃ、誰相手に取るんだ?」
「……どうでもいいでしょう、そんなこと」
相手にするのも面倒くさいという麗奈の態度に、お兄ちゃんは傷ついた。
いつか彼女に兄と妹の理想的な関係を教え込むべきだと思います。
……教え込む前に嫌われてしまうのがオチかもしれないけどね。
「さぁ、料理は出来たぞ。皆、食べようじゃないか」
メインの料理が完成したので食べることにする。
今日は冷たいジャガイモのスープ、ヴィシソワーズも用意している。
「頑張りましたよ、お兄ちゃん」
ちょっとだけ本気を出してみた、どうだ、参ったか。
「……他の事でもこれだけまともに出来たらどれだけいいか」
麗奈って俺を否定しかしないの、ぐすんっ。
これまでの自業自得の行動が原因とはいえ、嫌われているのも悲しいです。
「いただきますっ」
今回の主役のエレナがお肉を美味しそうに食べてくれる。
「美味しいっ。さすが、おにーたんのお料理は最高だよ」
「そうか。よかった。さぁ、どんどん食べてくれ」
作り手としては食べ物で笑顔を見せてくれる純粋な喜びがあるよな。
「そういえば、エレナって日本で暮らしているんだっけ?」
「海外渡航の経験はないよぉ。皆、外国生まれとか思われているけど、英語も喋れないもん。麗奈ちゃんも一緒だよ」
「私はエレナほど見た目がそんなに外国人に見えませんから」
うーむ、クォーターっていうのもちょっとした苦労もあるらしい。
金髪が綺麗なエレナは自分の髪を撫でる。
「それにこういう見た目の方が男の子受けはいいんだよ?」
「……もうっ、エレナ。そう言う事は言わないの」
楽しく会話を続けてお別れ会は無事に終了した。
彼女が帰る電車の時間まで余裕があったので、エレナと麗奈が何やら会話中。
俺は車庫でバイクの手入れをしていると、その会話が隣の部屋から聞こえてきた。
「麗奈ちゃん。素直になった方がいいよ?自覚したら、それまでなんだからね」
「またその話?別にいいわよ、私があの人にそんな気持ちを抱くなんてありえないから。むしろ、襲われることに危機感を抱いた方がマシでしょ」
「それは違う。私は結構、高評価してるもん。大丈夫、いい人だから。ちょっと調子いい人だけどさ、麗奈ちゃんの事を大切にしてくれるって」
途切れ、途切れにしか聞こえないので何の会話かは分からない。
うーむ、かと言って堂々と盗み聞きするわけにもいかず。
仕方なくバイクをタオルで拭く作業を続ける。
「それに麗奈ちゃんって我が侭なところがあるじゃん。その辺とか受け入れてくれそうだし、案外、相性もいいと私は思う」
「それはエレナの勘違い。彼にはそんな甲斐性があるとは到底思えない」
「むぅっ、麗奈ちゃんも素直じゃないなぁ。まぁ、いいけど。素直じゃない麗奈ちゃんは恋心に気づいたときに後悔するのだ。その時になって、恋の苦しみに気づくといいよ。私的な経験から言わせてもらうと、かなり辛いよ?」
「まだ小学生のエレナの経験でしょ。はぁ、積極的に恋愛をするタイプじゃないもの。私はそんな気持ちなんて……」
――経験?
何となくそんな単語が聞こえてきた気がする。
ええいっ、我が家の壁が邪魔をして肝心なところが聞けないではないか。
一体、何の経験だ?
まさか、は、は……初体験!?
「痛っ!?しまった、指をはさんだ、地味に痛い……」
興奮しすぎてよそ見してバイクのパーツに指を挟む。
地味に痛いので作業に集中することに。
それでも、隣の部屋から意味深なセリフが聞こえてくるのだ。
「恋愛経験をバカにしちゃいけないよ?恋する気持ちの大変さは変わらないもん」
「経験ねぇ……。例えば、私があの人に恋をしたとするでしょ。恋人になっても今と関係が変わるものなの?いまいち想像できないの」
「麗奈ちゃんの想像力の低さにびっくりした。全然違うに決まってるじゃない。多分、麗奈ちゃんの方が変わると思うなぁ。その辺を楽しみにしてるよ。次に会うときは恋人同士になっていればいいな」
こ、恋人……?
何やらそんな単語が聞こえてきた。
うむむ、気になるが扉を開けるわけにもいないのだ。
俺が悶々とさせられていると、やがて時間が来たのかエレナが車庫にやってくる。
「おにーたん、駅まで送ってくれる?」
「おぅ、皆との別れはすませたか?」
「うん。麗奈ちゃんともお話したからだいじょーぶ」
俺はバイクで彼女を送り届けることした。
後ろから抱きしめられると膨らみの(以下略)。
というか、エレナの今後が非常に楽しみだ。
「そうだ、最後にエレナに聞きたい事があるんだけどいいか?」
「ん?私に聞きたいことってなぁに?」
「麗奈ってどうして男嫌いの感じがあるのかな」
俺が嫌いというより男性にあまり興味がないと言うか。
「うーん。男嫌い……麗奈ちゃんはね、誰かに恋をした事がまだないの」
「だから、男がダメなのか?」
「ダメというより、どういうものなのか分かっていないんじゃないかな。だから、おにーたんが男を意識させてあげてよ。そーすれば、きっと麗奈ちゃんも変われる」
なるほどねぇ、男を意識させるというのは難しい。
今のままじゃダメだなぁ、何とかしないと……。
「きっとおにーたんの愛が麗奈ちゃんを変えるって」
「そうだといいんだけどね」
走るバイクになびく金髪、エレナは歳不相応な身体付きと考え方をしている。
「ねぇ、私からもお願いしていい?麗奈ちゃんにとっておにーたんは初めて異性を意識する人間だと思うの。ほら、麗奈ちゃんって生まれた時からお父さんがいないでしょ。だから、ずっと男の人と接することがほとんどなかったんだ」
確か義母さんが麗奈を身籠っていた時に事故で亡くなったんだっけ。
以前に聞いたことがある、それ以来、ずっと母子ふたりで暮らしてきたって。
「今の麗奈ちゃんはその生活に戸惑っている所もあるはずなんだ。その辺を気にしてあげて欲しいな。私にとって麗奈ちゃんはホントのおねーちゃんなの」
「俺に出来ることがあるのか、分からないけどやれるだけの事はしてみるよ」
「うん。期待しているよ、おにーたんっ♪」
エレナの声に俺は頷いて答えた。
エレナとの別れの時が近づいていてる。
短い間だったけど、俺にとっては理想的な妹だった。
会えなくなるのは寂しいけども、また会う日に期待しよう。
バイバイ、エレナ。
次にキミに会える時を期待している。
どんないい身体付きになっているとかね(そっちかよ)。




