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第29回:真夏の温泉旅行《後編》

【SIDE:西園寺恭平】


 俺の人生で最も苦手なものは心霊現象である。

 お化けや幽霊、それ系の映画を見ればまず眠れない。 

 ビビりまくる俺、それを楽しむ麗奈。

 彼女は何を思ったのか、心霊スポットがあるらしい洞窟に俺とエレナを誘う。

 エレナもそれ系が意外にダメらしくて、泣きそうな顔で俺にしがみついている。

 

「うぇっ、私はもうダメだよーっ」

 

「落ち着け、エレナ。俺達はまだ生きている」

 

 抱きつかれて胸が……とか喜んでいる余裕は全然ありません。

 ちくしょーっ、男として今の俺はものすごい損失だ。

 その感触の余韻はもったいないが、それどころではないのだ。

 夜の砂浜は明かり一つなくて、懐中電灯だけが頼りなのだ。

 

「……あっ」

 

 いきなり前を一人で進む麗奈が叫ぶ。

 俺達は「何っ!?」と怯えて言うと、彼女はゆっくりとこちらに振り向く。

 

「あれを見てください。まるで人の手みたいですよね」

 

 彼女が懐中電灯で照らした場所には砂浜から人の手が埋もれていた。

 

「うぎゃっ!?」

 

 エレナとふたりでびっくりして、逃げだそうとする。

 

「あ、あれはきっと俺たちを招いているのだ」

 

「うぅっ、やだぁ。私達を海に引きずりこんだりするの?するの?」

 

「……いや、ただの木です。私は人の手のように見える、と前置きしたでしょう」

 

 冷静に俺たちを呆れた目でみる麗奈。

 怖いものは怖いんだいっ。

 そんな感じで問題の洞窟に到着、看板にはこう書かれていた。

 

「いわく付きの洞窟なので進入にはご注意を。特に夜間は出られない可能性も……さぁて、夜も更けてきたことだし、そろそろ帰ろうか」

 

 途中で読むのを諦めて(精神衛生上)、俺達は踵を返す。

 だって、夜の海ってだけでもアレなのに、さらに洞窟もめっちゃ雰囲気があるんだぜ。

 お兄ちゃん、もう無理です。

 

「まだ夜の9時すぎです。それにここはこの付近の公認心霊スポットなので安心です」

 

「何だよ、公認って!?」

 

 誰の公認、むしろ公認していいものなのか?

 

「たまに肝試しで変な場所で危ない事をする人がいるらしいんですよね。この辺にはそういう旅行者のためにいくつもの心霊スポットを作ってるらしいです。エンターテイメントってやつですよ。だから、安心してください」

 

 ……なるほど、人工的に作られた肝試し用コースというわけか。

 安心、安全、でも雰囲気は重視しているというのだな。

 

「あっ、でも、ここは本物が出るらしいので滅多に使われないそうです。ほら、私達以外に旅行客の姿が見えないでしょ」

 

「それダメじゃん!?嫌だぁ、もう帰りたい」

 

「ぐすっ、もうダメぇ。麗奈ちゃん、許してよぉ」

 

「ふたりとも、何をしているんですか。置いて行きますよ」

 

 まさに怖いもの知らず、麗奈は堂々と前に歩んでいく。

 

「それでは我らはここでお待ちしています」

 

「はぁ……それなら私ひとりでも行ってきます。臆病もののお兄さんはそこで待っていてください。ホントにダメな人……」

 

 えらい言われようだが、反論材料を持ち合わせていない。

 勇気があるなぁ、と俺達はその場に立ちすくむ。

 ここで待つしかないな、帰るのは可哀想だ。

 

「麗奈ちゃん、勇気ありすぎだよ。昔は幽霊も同じように怖かったはずなのに」

 

「そうなのか。あの子には怖いものはないのか?」

 

「ゴキ●リくらいじゃない?昔、あの黒い稲妻を見つけた時に泣いてたから。多分、今もあのゴキ(略)は苦手なはず」

 

「クモとゴキは好きな人間ってあまりいないぞ」

 

 あれは誰もが苦手な生物だろう。

 もしも、あれを部屋の片隅で見つけてみろ。

 その夜はいろんな意味で寝られなくなるぞ。

 静かな夜の海が月明かりに照らされて綺麗だなぁ。

 隣のエレナと砂浜に座ってロマンティックな雰囲気になる。

 寄り添うふたり、浜辺に打ち寄せる波。

 月明かりだけが俺たちを見つめていた。

 やがて、近づく俺とエレナの唇が――。

 

「――きゃーっ!?」

 

 ……ハッ、今、何やらどこかで人の叫びのようなものが。

 聞こえたような、聞こえなかったような。

 

「れ、麗奈ちゃん!?」

 

「我が妹が幽霊に襲われたのか!?」

 

「幽霊じゃなくても、変質者かも!あぁ、私としたことがその心配を忘れた」

 

「何ですとっ!?変態担当はこの俺だ、違う、そういう場面じゃなかった」

 

 ちょいと混乱中の俺は慌てて懐中電灯を頼りに麗奈を追う事に。

 しかし、エレナは洞窟に入ってすぐにドロップアウト。

 

「んにゃーっ、ダメだよ、怖いよぉ」

 

 危ないのでひとり先に旅館に戻ってもらう事にする。

 

「おにーたん。麗奈ちゃんの事は任せたよ。グッドラック」

 

「任せてくれ。俺が彼女を助けてみせる」

 

 意気込みを見せる俺、ここで男を見せてやるさ。

 

「――それが彼を見た最後の後ろ姿でした」

 

 エレナはか細い声で危ない事を呟く。

 

「いや、リアルで今危なそうだからそのナレーションはやめて!?」

 

 マジで最後になりそうじゃん。

 

「もしも、俺が死んだらパソコンのハードディスクは中身を見ずに消去してね」

 

 男なら誰もが遺言として告げる名台詞を残すと俺一人で麗奈の捜索を開始する。

 洞窟内は一本道、砂浜と別の砂浜を繋ぐトンネルのようなものらしい。

 しかし、デコボコしているので足を取られるとまずいな。

 

「変態に襲われていないといいのだが」

 

 どういう状況か分からないので怖いが前進あるのみ。

 幽霊に驚いている場合じゃないぜ、妹の危機なのだ。

 

「おーい、麗奈。無事なのか?返事くらいして……ふぎゃっ」

 

 懐中電灯で照らした場所が光を反射して幽霊に見えた。

 この洞窟は危ないのだ、雰囲気でわかる。

 じっとりと肌に吸いつくような湿気、暗さは不安を倍増させる。

 やがて、懐中電灯の光が見えてきた……麗奈のだろうか?

 

「れ、麗奈!?」

 

 すると、そこにはうずくまる麗奈の姿が……慌てて駆け寄る。

 

「お兄さん、来たんですか?」

 

「妹の叫び声に助けに来たぞ。何があった!?まさか本物の幽霊を見たのか。それとも、変態がいたとか……?」

 

「リアルの変態なら目の前にいますが」

 

「……俺の事ですか?お兄ちゃん、ここで切腹してもいい?」

 

 このような状況でも変態扱いされると泣きたくなります。

 と、冗談を言う麗奈の表情が苦痛に耐えるように見える。

 

「どうした、どこか痛いのか?いきなり生理が来たとか?」

 

「そう言う事を平気で言うから変態なんですよ。転んで足を痛めちゃいました」

 

 彼女は懐中電灯で足元を照らすと確かに右足が少しだけ腫れている。

 軽い捻挫だ、症状から見て一晩冷やせば治るだろう。

 ……ん、これってもしかしてお約束イベント発生?

 今の俺の前には選択肢が並べられている。

 

 A・『もちろん、義妹を背負って帰る』

 B・『肩をかしてあげる』

 

 当然、男としてはAの選択をするべきだろう。

 

「さて、麗奈よ。お兄ちゃんに身も心も任せてくれ」

 

「……何を考えているのかまるわかりですが、遠慮します。この程度の傷、耐えられないわけがありません」

 

「無理にすれば足の痛みっていうのは後を引くぞ。俺の友達も、捻挫だと甘く見ていたら全治に一ヵ月もかかったらしい。ほら、素直になりなさい」

 

 俺がしゃがんで背中を向けても妹は頑なに拒絶する。

 

「嫌ったら嫌です。お兄さんに抱きつくくらいなら全治一ヵ月でも、うぅ……」

 

「素直にならないとお姫様抱っこして帰りますが?」

 

「それはもっと嫌ですっ!!ていうか、その二つしか選択がないのですか」

 

 ふっと懐中電灯が消えて真っ暗に……。

 さすがの麗奈もこれには驚いたようで、

 

「……エレナが心配するので、時間優先で仕方なくです」

 

 そう言って俺の背中に乗ってくる、可愛い子だなぁ。

 というわけで、俺は正当な理由を持って麗奈を背負って歩きはじめた。

 懐中電灯で前を照らす麗奈だが、痛いのか黙り込んでしまう。

 

「幽霊がいたらどうするんですか?」

 

「実は……さっきから足音が近づいていて」

 

「女性の背後から足音がするのは80%の確率で変質者かストーカーです」

 

「それで時々、女性の人に間違えられて嫌な想いをするのだよ。俺はただ、同じ方向に歩いているだけなのにさ。距離取られたりするとムカつくよなぁ」

 

 何ていう男の悩みを語りながら和んだ雰囲気で歩く。

 肝試しとかそういう雰囲気はなしだ、それでいいのだよ。

 

「……麗奈って軽いんだな、とか言ってみたり」

 

「ここで重たいと言われたら絞め殺してます」

 

「やめて、マジで俺が幽霊になってしまうからやめてください」

 

 さすがにこんな場所を死に場所にはしたくない。

 

「お兄さんって……ヘタレのくせに頑張りますよね。私はここに入ってくるとは思っていませんでした。エレナと一緒に逃げてしまったんだと……」

 

「大好きな妹を見捨てておくわけがないだろ。妹のためなら幽霊なんて怖くないって」

 

「……そういう事を言えるなら、心霊スポット巡りを夏の間にしましょう」

 

「すみません、前言撤回させてください。」

 

 正直、嫌なのだよ、こんな場所に来ること自体がダメだ。

 

「ホントに怖いものがダメなんですね。女子にモテませんよ」

 

「幽霊に立ち向かう事がモテる男の必須事項なら俺は別の要素で頑張るさ」

 

「……別の要素もダメっぽいからモテる男は諦めてください」

 

「何気にひどっ!?」

 

 麗奈はそう言いつつも、俺に周囲を意識しないような計らいをしてくれている。

 根はとても優しい子なんだよなぁ。

 彼女を背負いながらようやく出口が見えてくる。

 

「……お兄さん、一言だけ言わせてください」

 

「ん、何だ?お礼はキスでいいぞ。カモンっ」

 

「違います。実は非常に言いにくいのですが……」

 

 麗奈は静かにその言葉を告げたのだ。

 

「……私も幽霊とか嫌いなので、早く帰りましょう。静かなのは怖いです」

 

 ちょっとだけ照れくさそうに言う麗奈。

 そんな妹が俺は可愛いなと思いつつ、夜の浜辺を歩く。

 たまにはこういうのもいいだろ。

 ちなみに……先に帰っていたエレナは俺の布団で寝ていたので、最後の最後に美少女小学生と添い寝といういい思いができました、てへっ。

 あとで麗奈にものすごく怒られたけどね。

 

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