第28回:真夏の温泉旅行《中編》
【SIDE:西園寺恭平】
昼間に海で遊んだ後、本日のお宿に到着した。
通されたのは3人部屋の雰囲気のいい和室。
当たり前だが、俺もここで彼女と一緒に寝られるのだ。
「……むにゅう。何か疲れた」
遊びつかれたエレナは大人しくなっている。
あれだけはしゃげばそれは疲れるだろう。
「大丈夫か、エレナ。今日はお風呂にはいって早く寝ようか」
「うん、そうする~」
ごろんと畳に寝転がるエレナの世話をしていると、
「……お兄さんはここから入ってこないでくださいね」
麗奈は部屋を3分の1程度に区切るように荷物を配置する。
ラインを引かれて隅のほうにおいやられてしまう。
温泉イベントの定番とはいえ、お兄ちゃんも寂しい。
「麗奈、そんな寂しい事ばかり言わないでもっと楽しまないと。せっかく、3人で仲良く旅行に来ているんだからさ。空気読もうぜ、空気」
「空気?……楽しむより身の安全のほうが大切です」
身持ちのかたい義妹にきっぱりと言い切られました。
……俺は相変わらず、兄として全く信頼がないのでしょうか。
俺は襲う気なんてないのに、この誤解のされ方は嫌だ。
「それなら混浴露天風呂に入ってもらうからな」
「そのにやけ顔しながら言われても。私は入りませんから」
「ぐふっ……え、えっと、エレナは一緒に入るよな?」
「入る、入る~。おにーたんと一緒にお風呂~」
エレナはよくできた女の子だと俺は思う。
俺の事を信じて疑わないその純粋な心におにーたん、感動します。
俺は彼女に近づくとそのままその柔らかい身体に触れる。
まるでガラス細工のように触れたら壊れそうなほど華奢な身体。
「んんっ……それ気持ちいいよ、恭平おにーたん」
「自慢じゃないが、俺はテクニックがあるからな」
「……ぁっ……くすぐったいよぉ」
座布団を枕代わりに寝転がるエレナの身体をマッサージする。
けっして、やましい気持ちで触ってるわけじゃないんだからね。
俺のマッサージにエレナは気持ちよさそうに笑みを零している。
「よしよし、さすがエレナ。やっぱり混浴は定番だよな」
「ちょ、ちょっと待ってください。エレナの純真さを利用しないでくださいよ」
「失礼な。気になるなら麗奈も一緒に入ればいいだろう」
「……それは、普通に考えて年頃の女の子に一緒に入れとかいう貴方の発想が理解できません。私たちは子供じゃないんです」
麗奈はぷいっと俺から視線を逸らしてしまう。
ここ最近、嫌われてる感がするのは気のせいか。
……今さらですか、はい、そうですね。
「わかった。それならもういい。俺はエレナと一緒に入るから」
俺は麗奈を説得するのを諦めてエレナに振り向く。
無理やりっていうのは好きじゃないし、今日は諦める事にしよう。
「ん……?」
「エレナは何も気にしないでいいから」
ニコニコと無垢に笑うエレナは何にも気づいてないらしい。
エレナにはおにーたんが正しい露天風呂の入り方を教えてやろう。
ふふっ、温泉マニアとして疼くものがあるぜ。
「もうっ……ホントにバカなんですから」
麗奈はどことなく不満そうに頬を膨らませている。
そんな微妙な雰囲気は、俺達は食事を食べ終わるまで続いていた。
夕食後、のんびりとしていた俺達だが、そろそろお風呂に入ろうと温泉に向かう。
麗奈は文句を言いながらひとりで女風呂の方へと行ってしまった。
「麗奈は結局ついて来なかったな」
「お年頃だからしょうがないよ」
エレナもお年頃のはずなのだが、俺に対しては全面的な信頼関係があるようだ。
おにーたんと心の底から慕ってくれるそのパーフェクトな妹ぶりは、全国の妹に苦労しているおにーたんにみせてあげたいくらいだ。
はぁ、こういう可愛い妹が欲しかったんです。
「エレナは恥ずかしいとか思わないか?」
「おにーたんと一緒にいる事が恥ずかしいの?」
「そうだな、混浴とは恥ずかしさを抱かないのが鉄則なのだ」
混浴温泉は結構広い露天風呂だった。
俺は温泉につかると身体をのばしてリラックスする。
いい温泉の匂い、湯煙が立ち込める。
海に面しているために夜景がすごい綺麗だ、麗奈も来ればいいのに。
「……うわぁ、広い。すごいねぇ」
バスタオルを体に巻いて露天風呂にやってきたエレナ。
さすが胸の大きさが目立つぜ、たゆんたゆんだ。
魅惑の体型に色っぽさも兼ね備えてる、11歳でこの魅力とはやるな。
「おにーたんの身体って、結構筋肉質で体型いいね」
そこに照れがないのはある意味すごいと思うんです。
「エレナ、こっちにおいで……景色が綺麗だぞ」
「あ、ホントだ。すごくキラキラしている」
海に街の光と月明かりが反射してプリズムみたいな美しさがそこにはある。
ちゃぷんっとお湯に波紋を揺らしながらエレナが俺の横に座る。
「大きなお風呂って始めてだけど、この解放感は好き」
「そっか、エレナは温泉とか初めてだったんだ」
「うん。あんまり家族で旅行とかしないし」
気持ちよさそうに温泉につかる彼女を見つめる。
濡れる肌におにーたんドキドキですよ。
子供にドキっとする俺はある意味、ヤバイかも。
「おにーたんとこうして一緒にいるのって本当に良いね」
「そうだな……」
俺達はしばらくの間、何も語らずにお互いの存在だけを感じ続けていた。
「おにーたんって、麗奈ちゃんのことが好きなんでしょ」
ふと、エレナは俺に含みを持たせた言葉を告げる。
「大好きだよ、愛していると言ってもいい」
「何で?可愛いのは分かるけど、どうして好きになったの?」
どうして、か……今まで俺が麗奈を好きになった理由を語ったことはなかったかな。
「俺が麗奈を好きになったのはあるきっかけがあったんだ」
「きっかけってどんなの?」
「単純だよ。彼女が初めて見せてくれた笑顔が可愛すぎた。義妹だって思っても、好きになっちゃたんだよな」
何気ない笑顔、まだそれほど関係が悪化する前に麗奈が俺に見せてくれた。
笑顔の理由は特別なことじゃない、だからこそ、可愛く思えたんだ。
「……おにーたん。ごめんなさい」
いきなりエレナが謝って来るので僕は疑問を抱く。
謝られる理由はないよな?
「私、おにーたんってただのお調子者のおバカさんだと思ってたの」
「うぐっ……そ、そうなのか」
心がものすごく痛いです。
愛されてると思ってたのに、うぅ……。
「麗奈ちゃんが可哀想だって思っていた。でも、この2週間、傍にいて甘えてみて分かったよ。おにーたんはいい人だね。私、おにーたんのこと、好きだよ」
「エレナ……ありがとう」
ホッと一安心、これで本気で嫌がられていたら泣くわ。
というわけでエレナに認められたようだ。
彼女は笑顔を浮かべて言うんだ。
「私に任せて。麗奈ちゃんとうまくいくようにしてあげるから」
「それは心強い。……と、そろそろ出ようか」
「そうだね。あんまりはいってるとのぼせちゃうし」
俺たちが露天風呂から出ると、部屋ではすでに麗奈が待っている。
机の上にはジュースが置いてある。
「どうぞ、飲み物を買っておきました」
「それは助かる。ほら、エレナ……?」
俺はフルーツ・オレをもらうことにする。
エレナにも同じのを手渡そうとすると、
「麗奈ちゃん。私ね、おにーたんのこと、好きだから」
いきなりの宣言に畳に座っていた麗奈が唖然とした表情を浮かべる。
「……え?」
「私、本気だから。ねー、おにーたんっ♪」
そう言って俺の膝元に甘えるように乗るエレナ。
可愛いぞ、この子……と思わずにやけたくなるのを我慢する。
ていうか、これって一体何だろ?
彼女の言う協力というものなのか、と俺は話を合わせる方向にする。
「それはどういう意味なの?」
「そのまんまの意味だよ。おにーたん、大好き~っ」
抱きついてくるので、俺は金髪の綺麗な髪を撫でてみる。
こんな娘がいたらいいな、とか思っちゃったり。
麗奈は状況を把握したらしく、ぼそっと俺を軽蔑する眼差しで、
「……ロリコン」
怖いです、麗奈の睨みつける蒼い瞳がちょっと怖いんです。
「そうだ。いい事を思いつきました。ふたりにぜひしてもらいたいものがあるんです」
そして、麗奈は俺とエレナにとって過酷とも言える事を言うのだ。
「海岸にある洞窟、夜中に幽霊が出るって噂らしいですよ。皆で行きましょうよ」
ていうか、心霊スポットとか超苦手なんですけど。
隣のエレナを見ると、何だか彼女らしくない反応を示している。
というか、何だかちょっと泣きそうな雰囲気だぞ。
「うぇっ、マジで行くの?わ、私、お化け大嫌いなのにっ」
「いつまでも子供みたいな事、言っていちゃダメよ」
「だって、怖いもん。怖いのは嫌いなのっ」
意外なエレナの弱点、俺も怖いのは大嫌いだけどね。
しかし、麗奈は俺たちの反論を受け付けない様子。
「はい、行きましょう。夏の定番、肝試し。ふふっ、楽しみですよ」
一人やる気の麗奈、俺達が怖がっているのを楽しんでいるように見える。
「うぅ、これは麗奈ちゃんなりの反撃?うわぁーん、怖いよぅ」
ぶるぶると震えるエレナをぎゅっと抱きしめる。
お、男らしいとこ、見せてやろうじゃんかよ。
と、ビビりつつ意気込みながら、俺達は夜の海へと繰り出すことにした。
これがのちの悲劇を生むことになるなんて、思いもしなかったんだ。
――って悲劇なのは決定なのかよ!?




