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第26回:花火、打ち上がる空に

【SIDE:西園寺恭平】


 夏の風物詩、夜空を彩る花火。

 その一瞬のきらめきは人を感動させる幻想を生み出す。

 花火はひと夏の恋に似ている。

 輝いている時は本当に一瞬で、散り際は儚い。

 花火とは……夜空に舞う花。

 その花びらが散る時、その恋は終わりを告げる。

 エレナが来てから1週間、ずいぶん彼女も俺に馴れてくれた。

 リビングでのんびりと紅茶を飲んでいると、元気よくエレナが部屋にやってくる。

 

「ねぇ、恭平おにーたん。今日はお祭りがあるんだって。連れて行ってよぅ」

 

 近所の河原で開催される花火大会だが、毎年、人が多くて面倒なんだよな。

 

「……おにーたん、ダメなの?」

 

 超美少女に『ダメなの?』って言われると『ダメだ』とはいえないだろう。

 というか、そういう風に女の子に言われたら断り方を俺は知らない。

 相手はそれを知ってて言ってるんだとしたら怖いぜ。

 

「いいよ。麗奈も誘っていいかな?」

 

「もちろんっ。麗奈ちゃんも一緒がいいのっ」

 

「わかった。それじゃ、誘ってくるよ」

 

 俺は麗奈の部屋に入ると、彼女は子猫と戯れていた。

 

「お兄さん?部屋に入ってくるならノックくらいしてください」

 

「ごめん。なぁ、今夜の花火大会に行かないか?エレナと3人でどう?」

 

「花火ですか?私はあまり人の多い所は好きじゃないんですけど」

 

「行こうよ、麗奈ちゃん。いいでしょう?」

 

 甘えるエレナに敵う人間などいるはずもなく。

 麗奈は仕方ないと折れて、「分かりました」といい返事をしてくれた。

 

「でも、浴衣は面倒ですし、私服でいいですか?」

 

「何を言ってるんだ。祭と言えば浴衣、浴衣と言えば祭じゃないか。よしっ、着付けが大変ならばお兄ちゃんが手伝おう」

 

「それを真面目に言ってるなら、もう一生、私の兄と名乗らないでください」

 

「一生ッ!そんなご無体な!?」

 

 ちょっとした冗談……だよ、半分は。

 

「心配しなくても私がしてあげるから。ほら、任せてよ」

 

「エレナはどうする?私の予備……でも、その胸はちょっと無理かな」

 

「……うーん。そうだね、私はいいから麗奈ちゃんは着てよ」

 

 胸が大きいって言うのは大変なのかもしれない、地味に苦労しそうだ。

 

「女の子って秘密がいっぱいなのだ……」

 

 俺はそんな独り言を呟きながら、彼女たちが部屋から出てくるのを廊下で待つ。

 やがて、出てきた麗奈は可愛い猫柄の浴衣姿で現れる。

 

「おおっ、似合っているぞ。麗奈、本当に猫が好きなんだな」

 

 男として、つい胸元に目がいってしまう。

 浴衣には最強のトライアングルが存在する。

 首筋から胸元にかけて三角形に肌が露出するあの領域の事だ。

 男の視線は常にそのトライアングルに釘付けになるのだ。

 浴衣って本当にすばらしい。

 

「いやらしい目は禁止です、目潰ししますよ?」

 

「これは男に生まれたものの宿命です。女の子にはそれがわからんのです」

 

 彼女に「……(死ね)」と無言で睨まれてしまう。

 うぅ、些細な男の夢すら抱けぬとは世知辛い世の中ですね。

 

『あ~ん、どうしよう。帯がはずれちゃったぁ!?』

 

 浴衣の帯が思わぬアクシデントで外れてしまう。

 麗奈は肌けた浴衣から肩を出した色っぽい姿で、

 

『見ちゃダメッ、お兄ちゃんのバカぁ……あんっ』

 

 その俺の心に響く羞恥の表情がグッド!

 そんな妄想をしてしまうのは俺もまだ若いということか……?

 

「おにーたん、どうしたんだろう?」

 

「バカは死んでもバカなんです。まさにバカは死んでも治らない。……ホント、死ねばいいのに」

 

 ふたりの女子の視線が痛いのでこの辺で我慢しよう。

 ていうか、麗奈の口の悪さがかなりのものになってきているのは気のせいですか?

 反抗期ってやつですよね……素で言われてたら、マジで泣いて枕をぬらします。

 

 

  

 賑やかな祭り会場では夜店が立ち並んでいた。

 周りは浴衣のヤツばかりで、私服の俺は何か浮いている気がする。

 だが、男の浴衣なんて誰一人として期待してないと思うんですよ。

 

「エレナ、何か食べるのか?お兄ちゃんが何でも買ってあげるよ。麗奈もどうだ?」

 

「食べる~っ。まずはカキ氷、次は……」

 

「慌てなくても時間はある。ゆっくり選べばいいさ」

 

 キラキラとした目で夜店を見るエレナはやはりまだ子供だな。

 可愛いらしさがそこにある、小学生はいいものだ。

 

「お兄さんってエレナにベタ甘ですね」

 

「妬いているのかい?麗奈もお兄ちゃんに甘えたいのならこの胸に飛び込んでおいで」

 

「気持ち悪いから冗談はやめてください。私もカキ氷、食べたいから買ってきます」

 

 ……この世界は……社会的弱者にとって残酷です。

 俺はカキ氷を買いにいこうする彼女を呼び止める。

 

「あっ、お兄ちゃん的に良いことを考えました」

 

「限りなく悪い事に近いと思いますが、発言を許します」

 

 貴方はこの頃、ホントに兄に容赦がなくなってきてませんか?

 

「――麗奈も俺の事をおにーたん、と呼んでみれば……」

 

「あ、こっちのカキ氷はトッピングできるんですか?こちらにしようかな?」

 

「……無視ですか、ここで無視するのは寂しいからやめてぇ」

 

 妹に存在を無視されると本気で泣きたくなる。

 それから他の夜店をめぐり、のんびりと祭を楽しむ。

 エレナはカキ氷を食べながら、金魚すくいを指差した。

 

「金魚だぁ。ちっさい金魚。いっぱいいるねー」

 

「そうだな。俺の家は水槽がないから飼えないけど」

 

「ノゾミもいますからね。さすがに魚は飼えません」

 

 そう言いながら興味があるのか麗奈は金魚を覗き見る。

 

「でも、金魚すくいってボロい商売だよね。原価的に数円程度の金魚を1回300円くらいで取らせるんだもの。普通に買えばいいのに」

 

「……エレナ。そう言う発言は夢がないからやめよう」

 

「どうして?だって、無駄じゃない?」

 

 最近の小学生は少しくらい夢を持とうよ。

 それにそれを言えば、こういう夜店の食べ物は無駄に高いという事になってしまう。

 俺はお祭という雰囲気の値段だと思うんです、決してそれは食べ物の値段ではない。

 

「何かこれだけ人がいると迷子になりそう。そうだ、おにーたんっ」

 

 エレナはその小さな手で俺の手を繋ぐ。

 

「麗奈ちゃんも一緒に手を繋ごうよ」

 

 エレナはもう片方の手で麗奈の手を繋いだ。

 リアル小学生と手を繋いで歩くという夢を生きているうちに体験できるなんて。

 まるで親子連れのように俺達は人ごみの中を歩いていく。

 人の山を抜けて橋の下までやってくると、人の数は少なかった。

 毎年来ている花火のベストスポットだ。

 

「ここまで来たら大丈夫か。ここなら花火もよく見えるし、そんなに人もいないんだ」

 

「それっていわゆる穴場?」

 

「まぁ、そんなものかな。メイン会場から少し離れているし」

 

 エレナが手を離す、何だか寂しいなと思うと彼女は小声で言う。

 

「あははっ。可愛いい女の子の手を握ってドキドキした?」

 

 ……興奮してます、今も。

 

「ふ~ん。そうなんだ。それならこうしたら?」

 

 エレナは地面に腰掛けた俺の横に身体を預けるようにもたれかかってくる。

 おおっ、Tシャツ越しに無防備な膨らみのダイレクトアタックが……おにーたん、萌え死ぬわ。

 

「……鼻の下、のばしすぎです」

  

 麗奈の不機嫌な声がズキズキと心に突き刺さる。

 エレナは暗闇の中、してやったりの顔をしているのでしょう。

 ホント、人をからかうのが好きな子だな。

 

「そう言えば麗奈達と一緒に花火を見るのは初めてだな」

 

 エレナは俺に寄りかかったままそう言いながら楽しそうな声で、

 

「私、ずっとこういう風なシチュエーションに憧れてたの。デートっぽくていいよね。にゃはっ、恋人~っ。その響きがいいよ。麗奈ちゃんもそう思わない?」

 

「いえ。私は……普通に遠慮させてもらうわ」

 

 否定するなんて、俺は眼中にも入ってないんですか。

 そんな失意のどん底に沈む俺にエレナは耳元で囁いた。

 

「――おにーたんには私がいるじゃない。えへへっ」

 

 ホンマに可愛い子やなぁ、この子(なぜか関西弁)。

 俺は時計と空を見比べる、まだ花火は上がらないようだ。

 待ち続ける間、誰かが空になった焼きそばの箱を潰して、川に投げ飛ばした。

 

「あっ、ゴミ捨ては禁止だよ。ゴミはゴミ箱にポイしないとダメなの」

 

 エレナに注意された子は逃げるように立ち去っていく。

 

「ああやって注意できるエレナはいい子だな」

 

「ついでにいらない兄もゴミ捨てできればいいんですけどね」

 

 ――俺、萌えないゴミですから!不燃ゴミは捨てられませんから、ぐすっ。

 麗奈が俺に容赦ないのは気のせいじゃないようです。

 ……日頃の行いを悔い改めるべき時期が来ているのかもしれません。

 

「おっ!そろそろ花火があがるみたいだ」

 

 ちょうど空を花火があがりはじめ、大きな音と眩しい閃光が空へと舞う。

 俺たちはそれを黙って見入り続ける。

 しばらくして、麗奈がエレナに聞こえないように花火と共に俺に言った。

 

「いつか私も恋人とこういう風に花火デートするんでしょうね」

 

 花火に照らされて垣間見えた彼女の穏やかな表情に俺は寂しさを覚えた。

 

「……いつか、じゃなくて、今もしている。俺は本気だぞ?」

 

「お兄さんは恋愛対象にはなりませんよ。きっと、これからも……」

 

「もう少し、その辺から認識をなんとかしてもらえませんかねぇ」

 

「日ごろの行いがひどすぎるからでしょう。当然のむくいです」

 

 妹の浴衣がほんの少しだけ風になびき、俺たちは再び空を見上げた。

 夜天に舞い散る色鮮やかな花びらがやけに綺麗に見えたんだ。

 麗奈にとって俺はずっと義兄のままなのだろうか。

 俺が彼女の横に恋人として立つことは許されないのか。

 

「どうしたの、おにーたん?怖い顔をしているよ?」

 

 エレナの手が俺の頬に触れて、彼女はにっこりと笑うんだ。

 

「笑顔、笑顔~っ。怖い顔をしちゃダメだよ?」

 

「そんな顔をしていたかな?」

 

「してたもん。ムッとしていた、気のせい?」

 

 そう言って、エレナは俺の膝の上に乗ってくる。

 小柄な体が乗っかっても大して苦にならない、むしろ大歓迎だ。

 

「私だけの特等席、ゲット。花火が綺麗だから、おにーたんも見ようよ?」

 

「あぁ、本当に綺麗だ……」

 

 俺はエレナを後ろから抱きしめると花火だけに意識を集中する。

 隣で麗奈が複雑そうな顔をして見ていたことに気づかないほどに。

 

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