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第25回:壊れたピアス

【SIDE:西園寺麗奈】


 エレナがお兄さんとお出かけしているので、私は家の庭でノゾミと日向ぼっこ中。

 今日はいい具合に雲に太陽が隠れているので、涼しい1日を過ごせている。

 

「……ノゾミ、暑くない?大丈夫?」

 

「んにゃー」

 

「そう。暑かったらすぐに部屋に戻ろう、ん?」

 

 ノゾミが何かを見上げる、私もつられて見上げると、

 

「……あれって、素直さん?」

 

 私の家の真横は素直さん達の家がある。

 2階の窓から庭を見下ろす素直さんと私たちは視線があった。

 彼女は外を見ていたようだけど、その瞳にいつもの明るさはない。

 

「こんにちは、素直さん」

 

「……こんにちは」

 

 特に興味なさそうに挨拶する彼女は私達から視線を逸らす。

 そういえば久遠さんが、彼女の様子がおかしいって言っていたっけ。

 

「夏休み、楽しく過ごしていますか?」

 

「そんなの貴方には関係ないでしょう」

 

 会話が続かないのはいつもの事だけどなんだか気になる。

 久遠さんも心配していたようだし、少しだけ話しをしてみようかな。

 

「私は大変ですよ、今、従姉妹の子が家に来ていて……」

 

「私に無関係な話をされてもつまらない」

 

「あ、待ってください。そういえば、最近、お兄さんにも会いにきていないみたいですし、何かあったんですか?素直さん、今日は暗い顔をしていますよ」

 

 本題に触れると彼女は窓を閉めるのをやめて、「うるさいなぁ」と嫌そうに言う。

 

「私が暗い顔をしているのが、何か悪いわけ?」

 

「素直さんらしくないと思っただけです。どうしたんですか?」

 

「……私らしく、そんな台詞を言われるくらいに親しくなったつもりはないけれど。麗奈さん、貴方には関係ないの。あっ……!?」

 

 彼女の叫び声、空から何かが私の方へと落ちてくる。

 抱き上げていたノゾミを庭に下ろして、その何かを私はキャッチする。

 手の中にあったのは“ピアス”だった。

 女の子物ではなく、男の子がつけるようなデザインのピアス。

 素直さんはこういうアクセサリーをつけているのかな?

 中学ではこれ系が校則違反でダメなはずなので学校では見たことはない。

 

「ナイスキャッチ。ありがと、すぐに取りに行くから待っていて」

 

 私が無事に手にしたことにホッとしたのか、彼女は安堵の表情を見せる。

 大事にしている物なのかもしれない。

 

「誰かのイニシャルかな?」

 

 そのピアスの裏側に小さく文字が彫られている。

 男物のピアスという事を考えても持ち主は男の子。

 うちの兄のかと思ったけどイニシャルが違う……うーん?

 私が悩んでいると、素直さんはすぐに私の家の庭にやってきた。

 長く伸びた髪、ちょっと夏休みに入ってから印象が変わったのかな?

 明るさのが彼女の持ち味だったのに、どこか大人っぽさを感じる。

 

「……ふぅ、久しぶりに外に出たわ」

 

「今まで部屋から出てこなかったんですよね?久遠さんから聞きました」

 

「あのバカ姉、余計な事を……。別に引きこもってたわけじゃないもの」

 

 だったら、何をしていたのと尋ねてみたくなるのを抑えて、

 

「はい、どうぞ。大事なものなんでしょう?」

 

「ありがとう……」

 

 彼女はそのピアスを手にすると、愛しそうに手の中に包む。

 素直さんの事、あまりよく知らないけど、彼女がこんな風に穏やかな笑みをみせるのは初めて見たんだ。

 

「そのピアス、大事な物なんですか?」

 

「えぇ、大事なものよ。私にとっての宝物だもの」

 

「私の宝物はこの子ですよ、ノゾミって言うんです。素直さんとは初対面ですよね?ほら、ノゾミ、挨拶をして」

 

 私がノゾミを彼女の前に抱き上げると小さく鳴く。

 芸と呼べるのかどうかは分からないけど、“挨拶して”と言う言葉に反応して鳴くの。

 覚えた事は忘れないし、頭もいいなんて、ホントに可愛い猫ちゃんだよ。

 ノゾミを溺愛する私はぎゅっとハグしてあげる。

 

「私、動物とかあまり好きじゃない」

 

「可愛いのに、どうしてですか?」

 

「命の短さ、情が移って別れの時に寂しいのは嫌なの。昔、フェレットを飼っていたけど、死んじゃって辛い想いをした」

 

 素直さんはそう言いながらも、ノゾミの頭を軽く撫でる。

 そっかぁ、昔にそう言う経験しているとやっぱり辛い。

 

「私と同じです。私もそうでしたけど、命ってどんな生き物でも限りがあるでしょう。だからこそ、私はそこから逃げずにこの子と向き合いたいって思っています」

 

「貴方は強いのね、そして、優しい……。ノゾミだっけ、この猫はいい飼い主に飼われているわ。……この猫、アメリカンショートヘアー?銀毛が特徴的な猫よね」

 

「そうです。銀毛がふわふわって可愛いんです。抱いてみますか?」

 

「いいの?それじゃ、ちょっと抱かせてもらおうかな」

 

 それからしばらくの間、ノゾミを相手に私達は和んでいた。

 彼女と普通に話をするのは初めてかもしれない。

 いつもはお兄さん関係で目の敵にされているし、まともに話すこともあんまりない。

 私としてはご近所同士、仲良くしたいと思っているの。

 雲が晴れて、太陽の日差しがきつくなって来たので私は彼女を家に招いた。

 素直さんも雰囲気に馴染んだのもあり、私の誘いを受け入れる。

 

「……可愛いでしょう。この寝顔がめっちゃくちゃ可愛いんです」

 

 ノゾミは涼しいクーラーの効いたリビングのソファーの上でお昼寝タイム。

 私達はそれを冷たいお茶を飲みながら見つめていた。

 

「確かに可愛いという表現以外、見つからないかも」

 

 お互いに話をすれば、それなりに分かり合えるもの。

 いつの間にか、私と素直さんは普通に会話できるようになっていた。

 そして、彼女はピアスの話をしてくれたの。

 

「このピアスは私の片想いの相手のものなの」

 

「片想い?それって、うちの兄のことですか?」

 

「恭平お兄ちゃん?違うって、全然違う。私、そんな事を言った?」

 

 真顔で否定するので私は驚いたの。

 だって、あの懐きようは普通じゃないし、むしろ恋愛関係でなければおかしい。

 私はずっと彼女が彼を好きなのだと思い込んでいた。

 

「違うの、恭平お兄ちゃんは人間としても尊敬しているし、大好きだけど、あくまで彼はお兄ちゃんだもん。兄と妹、そう言う感情しかないの。私が好きな人は別にいるのよ」

 

「……ホントに違うんですか?」

 

「いや、マジで。お兄ちゃんも私に好きな人がいるのは知っているよ。相談したこともある……あんまり参考にならない意見だったけど。それにお兄ちゃんは昔……あ、なんでもない」

 

 まぁ、あの人に恋愛相談など持ちかけた方が間違いだ。

 素直さんはそのピアスを見つめて語る。

 

「私の好きな人は家庭教師なの。これはその人がつけていたもの。壊れてるから、捨てようとしていたのをもらったんだ」

 

「そうだったんですか」

 

「うん。相手は大学生。週2回きてくれているんだけど、この夏休みは実家に帰省しているから会えないんだ」

 

 さらに言えば、相手には交際している恋人もいるらしい。

 本当に片想いだって、素直さんは苦笑いをしながら言うの。

 

「……最近、部屋にこもりっきりなのは勉強をしているからなの。私はバカだから、夏休み中に頑張って、その人を驚かせて見せるんだ。そうしたら、彼も私の魅力に気づくっていうか、僅かな可能性でも芽生えるかもしれないじゃない」

 

「素直さん……」

 

 寂しそうな顔をする全ての理由は分かった。

 彼女が恋する女の子であり、兄以外の人を好きだったのは意外だったけども。

 そっか、年上の人を好きになっちゃったって言うのは大変だ。

 しかも相手は恋人あり、どんなに願っても、その想いは伝わらない。

 

「私には難しいです。恋とかした事もないですし」

 

「そうなの?私も恋はこれが初めて。でも、恋は突然、ホントにスイッチが入ったらそれまでなの。どうにもならない、分かっていても恋する事をやめられない」

 

「……それが、恋愛っていうものなんですか」

 

 私には彼女の言う気持ちは分からない。

 どんなものなのか、想像しかできない。

 恋は私に無縁だった、まだ初恋をしていない私には未知のものだ。

 

「麗奈さんも恋をすればわかるよ。自分でどうしようもなくなる、この恋って奴の厄介さが。辛くて苦しいのに、相手の何気ない一言がすごく嬉しくなったりして」

 

「それが恋……好きになったら負けってよく言いますから」

 

 ひとしきり語ってすっきりしたのか、素直さんは明るい笑顔を見せた。

 いつもの彼女が戻ってきた、違うのは今まで私に笑顔を見せてくれなかったこと。

 

「麗奈さんに話して何だか気持ちが柔らいだかな。こういうの、話す相手もいなくて」

 

「私でよければいつでも聞きますよ。だって、私達はお友達でしょう?」

 

「……友達、か。ふふっ、麗奈さんって面白い子だ。よろしくっ」

 

 私達はお互いの顔を見合わせて笑いあう。

 やっと、分かり合えた、友達になる事ができたのが嬉しいよ。

 素直さんは実体験を込みで私に言った。

 

「麗奈さんもいつか恋をする。その時は私に相談してよ。ひとりで抱え込むと大変なんだ」

 

「えぇ。その時が来たら相談させてもらいます。いつになるかは分かりませんけど」

 

「……でも、恭平お兄ちゃんだけはダメだからね?あれは私達のお兄ちゃんなんだから。恋愛対象としては禁止だよ」

 

 心配しなくても私があの人を好きになる事はありえない。

 お兄さんだけは……絶対にないと断言できるもの。

 

「――いつか私も恋がしたいな」

 

 そんな歳相応らしい感情に憧れた夏のある日だった。

 

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