第2回:可愛い義妹ができました
【SIDE:西園寺恭平】
俺にとって義母である美優(みゆう)さんと父が再婚したのは今年の1月初旬。
うちの父から再婚話を聞かされたのはそれよりも前、クリスマスの辺りだったので当然俺は驚かされた。
実母は俺が10歳の頃に病気で亡くなり、それ以来、ずっと父子家庭だった。
俺の父親はそれなりの規模の会社を経営する社長。
忙しいながらも、ちゃんと面倒を見てくれていたのだ。
数年前からは由梨姉ちゃんが家に住むようになり、男だけの生活で最も苦労してきた炊事家事などを引き受けてくれたのでずいぶんと楽をさせてもらってはいた。
まぁ、そんな家庭事情だったので再婚に関しては反対などしていない。
父の会社の秘書だったという美優さんは、アメリカ人と日本人とのハーフという超綺麗な女の人だったので男として素直に父を尊敬できた。
すげぇ、俺もこういう女の人に好かれる男になりたい、と。
それはさておき、彼女には連れ子がいたのだ。
そう、それが我が愛しき義妹の麗奈である。
初めて会ったのは大晦日の夜、新しい家族として我が家に二人が顔合わせにやってきた。
「初めまして、恭平君。お隣は由梨さんね。美優です」
金髪に碧い瞳、外見はアメリカ人そのものな美優さん。
外見とは裏腹に日本生まれ日本育ちで、外国には1度も行ったことがないらしいが。
その娘である麗奈も碧い瞳をしていた。
だが、母と違い黒い髪なのでより一層、碧き瞳が目立つ。
「可愛い子じゃない。よかったわね、弟クン」
姉さんの言う通り、俺は妹というか“家族”に期待していた。
「お兄ちゃん」と呼んでくれる妹のような子は近所にいるが、実際の妹となるとやはりこちらとしても受け止め方が違う。
義妹という事を意識して俺は挨拶をする。
「よろしくな、麗奈ちゃん」
「麗奈、でいいです。ちゃん付けされるほど可愛げのある人間ではありません」
「……そ、そうか。それじゃ、麗奈。兄妹として仲良くしよう」
冷たい物言い、クール系な印象を抱く麗奈は当初、あまり発言自体が少なかった。
今のように暴言を吐く事も、自分の意見をいう事もあまりなく、淡々と話すだけ。
初めは緊張しているのかと思っていたが、美優さんの話だと昔からの性格らしい。
そんなワケで出会った当初はふたりの関係は良くも悪くもなかった。
それから2週間後、実際に一緒に暮らし始めても俺達の仲は進展せず。
「おはよう。今日もいい天気だな、麗奈」
「……そうですね」
朝の会話もあっけなく終了、こういう会話の繰り返しだ。
麗奈は俺の事を兄と呼んでくれない寂しさを抱いていた。
この状況をどうにかせねばならない。
せっかくの兄妹だ、仲良くなりたいぞ。
俺が由梨姉さんに相談して見ることにする。
同性だからか、姉さんとは仲がいいんだよな。
「弟クンと仲良くしたい。そうねぇ、麗奈ちゃんって大人しい子だから」
「何とかしたいんだよ。どうすればいいかな?」
「それじゃ、デートにでも誘ってみれば?二人の時間を作ればいいじゃない」
なるほど……って、それ以前に約束をつけられるかすら危うい。
「弟クンがあの子の事を知りたいと思うように相手も貴方の事を知りたいと感じている。大抵、そんなものでしょう。分からないなら、分かり合えばいいの」
「分かり合う、か。何とかしてみるよ」
デートとまでいかなくても、一緒に出かけるぐらいはできるだろ。
お互いにまだ何も知らないことだらけ。
不安になることもあるが、家族ならば理解しあう事は必要だ。
彼女の部屋を前に俺は深呼吸をひとつして、ノックをする。
「恭平だ。麗奈、少し話したい事があるんだがいいか?」
ドアの向こう側で何かドサッという大きな音がする。
「え? あ、ちょっと待って……」
「何だ、今の音は? 大丈夫か、麗奈?」
彼女の制止する声と俺が扉を開けたのは同時だった。
「きゃっ!?」
麗奈の悲鳴が室内に響く。
まず、雪のように白い肌が目に入る。
下着姿を慌てて服で隠す麗奈、ちょうど彼女は服を着替え中だった。
ちなみに先ほどの音はハンガーを床に落とした音だったらしい。
それにしても、この子は本当に綺麗な子だな。
「――いつまで見てるんですか?」
口調は落ち着いてるが放り投げてきたのは枕などではなく、凶器にもなる目覚まし時計だった。
俺は飛んでくるそれを己の反射神経を信じてかろうじて受け止める。
危ねぇ、もう少しで顔面直撃コースだったぞ。
“やる気”に満ちた妹は「ちっ」と舌打ちして怒りをあらわにする。
とりあえず、俺は部屋を追い出されて数分後、再び室内に入る事を許された。
まさか着替え中とは思っていなかったのだ、ホントだよ。
「……覗きとは良い趣味じゃありませんね、わざと?」
「違うから、今のは不注意が招いた事故だ。わざとじゃないって!」
すぐに否定するが彼女は信じようとしてくれない。
「ずいぶんと都合の良い事故です。まぁ、いいですけど。で、人の着替えを覗こうとしてまで私に何の用事が? つまらない事だったら許しません」
「……明日ぐらいにどこかに出かけないか? 兄妹の親睦を深めるいい機会だろ」
「つまらない内容だったので今回の事は許しません。私の視界から消えてください」
妹に冷たくあしらわれてしまう。
そこを何とか食い下がろうと俺は彼女に言う。
「いや、だってさ。前も言ったけど、俺としては義妹の麗奈とは仲良くしたいんだって」
「貴方と仲良くして一体何になるんですか? 私にメリットはありません」
「メリットならあるぞ、兄妹仲良くなれば毎日が楽しくなるはずだ」
「……少なくとも貴方と一緒にいるだけで楽しくなる事はなさそうです」
麗奈ってあまり感情を表に出さないタイプだな。
どうにかして、そこを引き出してやりたいのだが。
「よし、まずはその“貴方”と言うのはやめよう。名前で呼んでくれ」
「嫌です、どうしてその必要があるんですか?」
「それすら拒絶された!?」
俺の名前すら呼びたくないのね、ぐすっ。
ハッ、いかん……こんな所でへこたれたらダメだ。
「ならば、『お兄ちゃん♪』と呼んでくれてもいいぞ」
「譲歩しているつもりなら本気で貴方の頭のおかしさを疑いますね」
ふんっと鼻で笑われてしまいました。
義妹にめっちゃ馬鹿にされているぞ、兄としての威厳を見せるべきでは?
俺はいかに兄と妹いう関係が素晴らしいものかを教える事にする。
「お兄ちゃんっと呼ぶのは自然な事だろう。なぜならば、俺達は義兄妹だからさ。いいか、こうなったのも運命なんだ。いわば、俺達は運命によって結ばれた存在。これが仲良くしないでどうする?」
「……貴方が私の義兄という逃れられない運命なら私は人生を諦めます」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか。いいだろ、俺の事をお兄ちゃんと呼んでくれ! 俺はずっと妹にお兄ちゃんと甘えられるが夢だったんだ! お兄ちゃんと呼んで欲しいんだ、マイシスター」
俺の夢を麗奈は明らかに白い目で見て非難する。
「――正直言って気持ち悪いです、“お兄さん”」
つい暴走しすぎて、ドン引きでした……。
「ん、お兄さん? 俺の事をそう呼んだか?」
「はぁ、あまりにしつこいので、そう呼んであげることにします」
妹は俺の“熱意”に折れてくれた、やったぜ。
お兄さんか、少し距離は感じるが大いなる一歩だ。
「……用はそれだけですね。それじゃ、さっさと部屋から出て行ってください」
「あっ、明日はデートしてくれないの?」
「する必要がないと言いました。無駄な事はしたくありません」
まだ本当の意味で親睦を深めるのは難しそうだ。
俺は仕方なく部屋を出て行こうとすると足元に何かが引っかかる。
俺がそれを拾い上げると白い布切れ……真っ白いパンツ……やばいっ!?
「なっ!? 何をしてるんですか、変態っ!」
麗奈が俺からそれを奪い取ろうと掴みかかる。
「ちょっと待て。俺は無実だ、これはすぐに戻すから待って……うおっ!?」
慌てた麗奈が俺にもつれてふたりはベッドに倒れこむ。
世の中には避けられない事故というのが存在する。
「……んぅっ!?」
軽く触れた唇と唇、俺は妹を押し倒してキスをしてしまった。
義妹を押し倒す兄の構図、紛れもなく犯罪行為……俺大ピンチ。
キスの余韻にひたる間もなく彼女は俺の頬を平手で叩く。
「こ、この変態っ! 死んでくださいッ」
「れ、麗奈……これも不幸な事故だ、いきなり俺に飛び掛るからバランスを崩してだな」
謝罪をする俺に無言の彼女は静かに自らの唇を指で撫でる。
肩を震わせて怒ってるのが分かる、マズイ展開になりました。
「……事故? 義妹の着替えを覗いて、あげくにベッド押し倒して無理やりキス。これが事故。どうも、貴方の言う事故というのは本当に都合のいい事故ですね。わざとしか考えられません!」
あのクールな一面しか見せなかった麗奈も、さすがにキスには初めて顔を赤らめている姿を見せた。
恥ずかしさと怒り、ふたつが入り混じった表情。
「もしや、ファーストキス……だったとか?」
「……いえ、これは“事故”ですからカウントしません。私も多少は原因となったことも認めましょう。だから、ひとつだけお兄さんに言わせてもらいたい」
俺はその時の麗奈の“笑顔”を一生忘れないであろう。
「――これからもよろしくお願いしますね、恭平お兄さん」
こ、怖いよ、超怖いよぉ。
女子の笑顔ってなんでこんなに怖いの?
俺はガタガタと震えながら「よ、よろしく」と答えるのが精一杯でした。
人の笑顔をこれほど恐ろしいと思えたのは人生で初めてかもしれません。
よろしく、というのはもちろん、好意的な意味ではないだろう。
むしろ、「覚えておけ」に近い気が……。
この時から俺と麗奈の関係は敵対関係(麗奈→俺)になってしまったのだ。
甘ったるい兄妹の関係を妄想してたが、それはあっという間に瓦解した。
……でも、悪意はあっても俺と麗奈の関係が自然に近づいたのは確かなんだ。
あの事件以来、ちゃんと俺達は普通に会話をできるようにもなったから。
ただし、俺が彼女の兄として認められる日は永遠に来ないかもしれないが……それが問題だ。




