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第19回:蒼い海が俺を呼んでいる

【SIDE:西園寺恭平】


 海、それは独特の世界を持つ空間。

 海、それは彩り、膨らみ豊かな水着の世界。

 海、大いなる命を育むその水の世界は人の心を開放させる。

 一夏のアバンチュール、冒険という名の挑戦。

 だからこそ、人は一夏の恋に憧れ、妄想する。

 一夏の恋は儚くも美しい。

 そして、その恋は少年、少女を大人にさせる。

 成長という結果を残して、恋は散っていく。

 もしも、その恋が散らなかったら、それは本当の恋だと言えるだろう。

 様々な人々の思惑がつまった夏の始まり。

 小波によるコーラスの中、ここにもひとつの恋が……始まるかもしれない。

 

 


  

 さて、先日の風邪の件は意外な結末を迎えた。

 翌日になっても症状が治らない俺が病院に行くと肺炎間近だった事が判明。

 即日入院という、数日間はかなり大変な目にあったのだ。

 家族全員、俺を見捨てた事を後悔していたぜ、ふっ。

 特に麗奈は俺に暴言を吐いていじめた事を反省していたのか、入院中はかいがいしく世話をしてくれたのだ。

 

『こ、こうなったのは自業自得、私のせいじゃありませんが……少なくとも悪化させた事に責任は感じますので。私にできる事はします。ふんっ、お世話ぐらいで調子に乗らないでください』

 

 可愛いじゃん、いい所もあるじゃん……。

 そんなわけで麗奈との距離がほんのちょっぴり縮まった。

 あれから数日、完全復活を遂げた俺はベッドで睡眠中だったのだ。

 

「朝ですよ、起きてください」

 

 ガツン、という鈍い音に俺は頭部に衝撃を受けて目が覚めた。

 

「メ、メイド姿の妹が襲撃ッ!?メイド服と散弾銃?ここは現実?それとも天国?お兄ちゃんはそんなお前が大好きだぁ!……ぐふっ!?」

 

 寝ぼけた頭に二度目の打撃をくらい、俺は再び意識を失いそうになる。

 

「寝ぼけてるんですか?朝ですから、起きてください」

 

 はっきりと覚めた目の前には『メイドと暮らそう』という本を持った妹がいた。

 角はさすがに痛いよ、麗奈。

 

「あれ?何でここにいるんだ?起こしにきてくれるなんて珍しい」

 

「まぁ、いろいろと。お兄さん、今日は暇ですよね」

 

「ああ。全くもって暇だ。暇じゃなくても何か用事があるなら、全力で予定を空ける所存であります。まさか……まさかデートのお誘い!?」

 

 うぅ、麗奈がついに俺の愛に応えてくれる日が来たんだな。

 

「そんな意思があるわけないでしょう、バカじゃないですか」

 

 ガクッとうなだれる、現実って辛いから嫌いだ。

 妹は『メイドと暮らそう』を元の本棚に戻すと、静かに呟く。

 

「あの、一緒に海に行きませんか?」

 

「え?う、海……?いい響きだ。すぐに着替えるから準備していてくれ」

 

「いえ。その……私……」

 

 妹が何かを続けて言おうとしていたが、俺は急いで準備せねばならないので、その後の言葉を聞き漏らす。

 彼女から海に行こうなんて誘われるなんて今度こそ夢?

 俺は自作の鼻歌を歌いながらタンスを開けた。

 

「妹とデート、海へデート~。残念だけど、ポロリはないよ」

 

「――バカな事を言うと後ろから刺しますよ」

 

「すみません」

 

 これは期待するほど胸がない、という意味で言ったんですが(禁句)。

 さて、水着の準備だ、どこにやったかなぁ。

 青い空、蒼い海、そして水着の俺の可愛い義妹。

 夏の海が俺を……俺を呼んでいる!

 ははは、ついに俺の時代がやってきたぁ!いやほっい!

 

 

 

 

 雲ひとつない青空の下を、まるで風を切るようにバイクは走る。

 

「まだ着かないんですか?」

 

「もう少しだよ。トンネルに入るからしっかりとつかまってろ」

 

 背中から聞こえる麗奈の声、俺達はバイクを走らせて海へと向かっていた。

 ぴったりと回された妹の腕、そして微妙に感じられる背中の柔らかな感触。

 可愛い女の子とバイクにふたり乗りがしたいために1年前に二輪の免許をとったのだ。

 今、俺は一年来の夢が叶って幸福をかみしめている。

 

「……やっと海か。ほら、海が見えたぜ」

 

 ようやく海岸沿いの道路を走り、実感がわいてくる。

 道は知っていても実際に行ったことのない場所だったので不安ではあった。

 夏の暑い日差しの中、麗奈を連れてここまでやってくるなんてね。

 俺達は海水浴場の駐輪場にバイクを止めて、海のほうへと歩いていく。

 浜辺に出ると夏休みに入っているのにまだ人はまばらだった。

 ピークになるのはまだ数日先か、いい時期に来れたな。

 

「それじゃ水着に着替えて着ますから」

 

「おう。待ってる。楽しみだなぁ、麗奈の水着姿」

 

 俺もすぐに更衣室で着替えて妹を待つ。

 ……なんか、こうしてると恋人を待つような気分になる。

 特に夏の海っていうのは様々な出会いがあるワケで。

 水着姿のスタイルのいいお姉ちゃん達を見てると、気分が盛り上がってくる。

 

「……何、いやらしい目でみてるんですか?」

 

 後方より軽い蹴りをくらったので現実に戻る。

 最近、言葉の暴力より、手をだすようになった妹です。

 

「他の子なんて見てないよ。麗奈はどんな水着を着てるのかな?」

 

 俺は妹に視線を向けて……身体が硬直する、な、何だと……!?

 麗奈が着ているのは紺色のスクール水着だった、スクール水着ぃ!?

 紺色のスクール水着、それはあどけない少女の身を包む羽衣。

 黒色のスクール水着、それは男のロマンとアバンチュールの象徴。

 白色のスクール水着、それは絶対無敵の破壊力。

 だから、俺はスク水が大好きだ、愛してる!

 

「さすが麗奈だ。似合いすぎるくらいにスク水が似合うな」

 

「……それは他に似合う水着がない私を馬鹿にしてるのですか?」

 

「違う、それは違うよ。スク水は選ばれたものしか着れないんだぞ。だって、胸が大きい子はスク水が着れな……」

 

「着れな……?続く言葉は何ですか?」

 

 妹は俺を本気で睨み付けている、普通に蒼い瞳が怖いのだ。

 可愛いんだから、そういう顔をするのはやめて欲しいな。

 

「べ、別に。大人になれば可愛い水着が着れるようになるさ」

 

「そうですか?だといいんですけども」

 

 それでも、ムッとする彼女の表情に、俺は軽くポンポンと頭を撫でて、

 

「これからだろ、これから……頑張れ、麗奈」

 

 あまりからかいすぎたのか不機嫌な彼女は無言で海の中に入っていく。

 俺はしょうがなく妹の後を追いかけていく。

 水の中は冷たくて、今の時期にはホントに気持ちがいい。

 妹は俺を放っておいたまま1人で泳ぎ始める。

 水泳は得意なのか、綺麗なフォームで泳ぐ彼女に思わず見惚れた。

 

「……妹か、いいじゃんかよぉ。俺に時代の流れが向いてきたな」

 

 周囲では彼女を連れた男の姿は何人も見かける。

 しかし、妹と一緒に来ている男はどれだけいるか。

 

『お兄ちゃん!私と一緒に泳ごうよ』

 

 スク水の妹と一緒に海を楽しめる、これ程の幸せは他にはない。

 

『だ、ダメ。胸ばかり見ないで。もうっ、エッチなんだから……』

 

 勝ち組だ、俺は勝ち組って奴だ!

 

「――ふふっ、はははっ、あはははっ……!!」

 

 高笑いをする俺、男としてこれほどの優越感を抱くのも久しぶりだ。

 ……実際は麗奈と一緒に泳げてないけど。

 それよりも妹は俺のことをどう思い、接しているのか?

 普段から分からない子なので、それを知ることはできないけれど気になる。

 だが、自分から誘いに来てくれたという事はこれは好意を持ってるだろう。

 やはり時代が俺を呼んでいるらしい。

 

「……さん……おにいさん!お兄さんッ!!」

 

 妹の叫び声が聞こえた気がして俺は彼女の姿を探す。

 その瞬間、俺は足を誰かに引っ張られたように水中に飲み込まれた。

 

「なっ、この俺が溺れた!?」

 

 俺はハッとして、海の中を見ると人影のようなものがこちらを見ている。

 その人影は俺に足に手のようなものを伸ばして水の中に引きずり込んだのだ。

 

「ま、まさか……こいつは……ぐぼぉ!?」

 

 異形の者に水中に引き込まれそうになった。

 だが、別の場所から伸びた手が俺の身体を支えてくれる、どうにか足の届く所まで泳ぎついた俺は、すっかりと息が切れていた。

 

「大丈夫ですか、お兄さん?」

 

 気がつかないうちに、足の届かない深い所まで来ていたらしい。

 俺を助けてくれたのは麗奈だったのだ、お兄ちゃん、感激です。

 

「お兄さんって泳げない人だったんですね。ダサいです」

 

 ……言葉遣いは相も変わらず悪いんだけど。

 

「違うんだって。俺の足を何かが引っ張ったんだって!」

 

「はぁ、泳ぐ時くらい考え事はやめたらどうです?」

 

「ホントなんだ。あれは……そう、あれは幽霊だった」

 

 うぅ、思い出したくないがあれは間違いなく、幽霊だ。

 

「俺を海に引きずり込もうとしていたんだ!本当に女の人が俺の足を掴んでいたんだって!間違いない、俺を海の藻屑にしようとしていたのだ」

 

「海の藻屑というより、お兄さんは産業廃棄物なので海も迷惑ですよ?」

 

「それ、普通に暴言通り越してますよ、麗奈さん」

 

 うぅ、麗奈には妄想だと呆れられてしまったので、仕方なく忘れる事にする。

 

「それにしても麗奈は水泳がうまいんだな」

 

「泳ぐのは大好きですから……肌焼けは嫌いですけど」

 

 太陽に負けないくらいの明るい妹の笑顔。

 ホントに泳ぐ事が好きなのだろう。

 

「そろそろ休憩しましょう。お兄さん、何か食べ物を買ってきてください」

 

「了解。変な男にナンパされちゃダメだぞ」

 

「お兄さんが一番変だから大丈夫でしょ」

 

 その余計な一言をつけるのはやめて欲しいです。

 昼食を食べ終えた俺たちは食後にカキ氷を食べていた。

 

「……お兄さん、今日は連れてきてくれてありがとうございます」

 

「別に礼を言われる事じゃないだろ?これくらい兄妹として当然の行為だ。むしろ、いつだって望んでするよ」

 

「……私、一度お兄さんとこうして遊びにきたかったんです」

 

「え?それって……?」

 

「他意はないですから。ただ、なんとなく一緒にいたいと思ったんですよね」

 

 そんな言葉を俺に言って、麗奈はカキ氷に口をつけた。

 そして、彼女は「自分でも変だと思ってます」と付け足す。

 俺はそんな彼女の言葉にドキッとさせられていた。

 

「昼からは一緒に泳ぎましょう。また溺れられても困りますから」

 

 麗奈は自分の黒髪を撫でながら、そう微笑んだ。

 無自覚な気持ちが芽生える妹。

 俺はそんな麗奈のスク水をずっと眺めていたのだった……。

 ちなみに、あの時、俺の足を引っ張った者の正体は結局分からずじまいだった。

 うむ……あれは一体、何だったんだろうか。

 夏の海には気をつけよう、いろんな意味で。

 

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