第17回:ピンクのナース服は男のロマン
【SIDE:西園寺恭平】
世界は常に癒しの存在を求めている。
ナース、それは伝説の白衣の天使。
ナース、それは至高の癒しの対象。
ナース、それは愛すべきコスチューム。
最近のナース服は白よりもピンク色が多いという。
ピンク色には人を安心させる効果があるらしい。
……ナースという天使の幻想。
病気になった時は優しい天使に癒されたいのが、世の男達の願望だ。
夏休みに入って数日がたったある日。
俺はその日、朝からテンションが下がりっぱなしだった。
なぜなら、俺は布団の中でくたばりそうになっていたからだ。
「うぅ、これは……」
はじめはただ喉が痛いと思ったんだよな。
ただいまの体温、38度くらいの予想。
俺はどうやら夏風邪をひいたらしい。
昨日はサッカーの試合が夜中にあったので夜更かしてテレビ観戦していた。
さらにタンクトップ姿で朝までクーラーをつけたまま、挙句の果てに布団なし。
このカルテット相手では俺の身体は太刀打ちできなかったらしい。
せめて、布団だけでもかぶってればよかった。
蒸し暑かったんだから、しょうがないけど。
「頭が痛い、マジでやばいかも……」
頭をガンガンと揺さぶられるあの独特の痛み。
こんな日に限って、両親不在、由梨姉さんも高校の演劇ぶの合宿で不在だ。
俺にとっての最後の希望は妹の麗奈だけ。
だが、俺にはその希望の光をつかめずにいた。
「何て事だ、部屋から出られない」
そう、部屋から出られなければ、SOSすら出せない。
現在、午前10時、いつもなら起きている時間だ。
麗奈が心配になって見に来てくれる……のは残念ながら皆無だろう。
床をはってでもいいから、妹のいるリビングまで行くしかない。
もしも彼女すら出かけていたら、その場で朽ち果てるしかない。
俺は布団から出ると、文字通りに床をはって歩いていた。
扉を開けて廊下に出ると、目の前に見えたのは肌色のふともも。
「……何をしてるんですか?覗き行為?」
冷静に判断され、スカートに足を隠す麗奈。
お兄ちゃんはそこまで落ちぶれてません、多分。
「すまん。どうやら……風邪をひいたらしい」
「そういえば、どことなくいつもよりも顔色が悪いですね」
妹はしゃがみ込んで、俺の顔を覗きこむ。
あ、ちょっと……この位置は見えちゃうよ?
と、あからさまな視線に気づいた麗奈。
「はぁ、私には普通に元気そうに見えますが」
「本気でまずいんだって。ていうわけで、看病してください」
「――絶対に嫌です」
即答ッ、0.1秒の迷いもなしに断言された!?
夏風邪で死にそうなお兄ちゃんを見捨てないでください。
「見捨てないで、お願いします」
半泣きで妹にすがりつく俺、既にプライドは捨てた。
彼女は俺のその手をいとも簡単に振り払って、明るい笑顔で言った。
「私も風邪をひいたら嫌ですから」
何とも自己保身に長けた子です。
そこに優しさがほんの少しでもあればお兄ちゃん、嬉しいなぁ。
「……せめて風邪薬と水をください。できれば、氷枕を……あとバナナも」
「微妙に注文が多いですが、わかりました。それくらいなら……」
麗奈は渋々ながらキッチンへと向かう。
頼んだぞ、我が妹よ。
俺は再び、床をほふく前進しながら部屋に戻り、布団に入った。
しばらくして、風邪薬を持った妹が部屋にやってくる。
麗奈はまず俺に体温計を渡して計らせる。
「……やっぱり、風邪のようだな?」
現在の体温、38度過ぎ、立って歩けるわけがない。
寒気もするので、俺は妹に氷枕を頭の下においてもらう。
冷たくて気持ちいい……でも、寒気するのに余計冷やしても意味あるのか。
「バカは風邪ひかないって嘘です。バカだから、風邪ひく場合もありますね」
ひどいよ……一応、俺は病人なんだからね。
もう反論する気力がない。
「他に何かして欲しい事ありますか?」
何だかんだいいつつも、ちゃんと世話してくれた麗奈。
あるに決まってるじゃないか、こういう時の定番としては……。
『お兄ちゃん。妹の私が看護しちゃうぞっ』
病にふせる兄へ、献身的なナース服姿の妹が看護してくれる。
『私が一生懸命、看護するから任せて。えへっ』
時折、ピンク色の短いスカートから白い肌が見えるチラリズム。
これこそ、完全なる白衣の天使の光臨!
俺だけの天使よ……その無垢なる笑顔で我を癒してくれ。
「……というわけで、だ」
「意味が分かりません。何がですか?」
「お兄ちゃんとしては……ぜひ、ナース服を着て看病して欲しいなぁ」
沈黙のまま、俺を背にしてトコトコと歩いていくマイエンジェル。
「今の労力、時間の無駄を返してください、ど変態」
睨みつけながら、厳しい一言を俺にぶつけてくる。
そして、振り返ることなく無残にも閉じられる扉。
「……れ、麗奈。兄を放って行っちゃうの?おーい?」
反応なし、「あのー?」と呼びかけるも完全沈黙。
「マジっすか……本気で出て行ってしもうた」
ちょっとした冗談じゃないか、もうっ、照れやさんなんだから。
でも、こういう時って1人なのが寂しいよな。
病気をした時、誰でもいいから傍にいてくれると安心する。
俺は部屋の天井を眺めながら、眠りに落ちようと……。
「ね、眠れないぞ、なぜだ……?」
薬を飲んで眠くなるはずなのに眠れない。
俺は何となく起きているしかできずにぼーっと時間を過ごしていた。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
「……暇だ、お兄ちゃんは今ものすごく暇なのだ」
枕元に偶然あった官能小説を1冊読み終えてしまった。
『メイドさんと俺の105日戦争3。今夜もキミを部屋に返さない』
俺の好きなシリーズの最新刊だ。
興奮気味でよけいに眠気はなくなり、風邪の辛さに耐え続けて早3時間。
飯時だというのに、麗奈は昼食も持ってきてくれない。
「もしもし、麗奈さん。お昼ごはんを持ってきてくれませんか?」
俺が携帯電話(初めからそうすればよかった)に連絡してみると、
『……無理です。私はもうすでに出かけていますから』
「嘘っ!?お兄ちゃんを見捨てちゃうの?」
『風邪ならほっといても大丈夫だと判断しました。帰りは夕方になります、以上です』
……あっさりと電話を切られた俺はどん底に突き落とされた。
まぁ、ナースの話がなくても初めから出かける用事があったらしい。
家族から見放された俺はどうにか、他に助けを求める事にする。
こういう時、俺の頼りになる乙女はひとりしかない。
「素直、キミの力が俺には必要なんだ、今すぐ来てくれ。ついでに昼食に何か食べ物を買ってきてくれると超助かるぞ」
我が愛しの妹的存在、素直に電話をかけてみる。
風邪をひいたという電話に驚いた素直だが、すぐに元気のいい挨拶を返してくれる。
『アイアイサ~っ!待っていて、お兄ちゃん。すぐに助けにいくからっ』
さすが素直、俺の危機には必ず助けてくれる。
そうだよ、妹属性と言うのはこういう優しさがないとなぁ。
しばらくすると、家に素直がやってくる。
手にはコンビニのおにぎり、お茶と言うセット付き。
「……ピーポー、ピーポー。お兄ちゃんの危機を救いにやってきました。大丈夫?」
「うむ、とりあえず、氷枕を新しくして欲しい。その前に、素直。キミに重要な任務を与えよう。そこにあるクローゼットを開けてくれ、そして、そこにある素直専用コスチュームに着替えて欲しい」
素直があけたクローゼットの中にはピンク色のナース服が用意してある。
ふっ、男たるもの、常にもしものために準備はしておくべきだろう。
「あのー、お兄ちゃん。これは一体、何の服?」
クローゼットを開けて呆然とする素直。
他にもたくさんの衣装があるので驚いてるのかもしれない。
……ドン引きされてるなら泣くけどな。
「決まってるだろう、看病と言えば?」
「ハッ、これってまさかナース服?可愛いけど、何でお兄ちゃんの部屋に?」
「それを聞くのか?なぜなら、俺はコスプレを可愛い女の子に着せるのが趣味だからさっ!!……げふっ、げふっ」
いかん、つい言葉に力を入れてしまった……。
咳き込む俺に素直はどうすればいいのか分からないという顔を見せる。
「今までもお前にはコスプレをさせてきた。しかし、それはすべてこの時のためにあったのだ。そう、訓練があって実戦がある。今がその時だぁ!」
「……はい?」
「素直、俺の願いを聞いてくれ。俺には頼りになるのはお前しかいないんだ。可愛いキミの魅力をさらに引き出すために、その衣装を身にまとって欲しいのだ。頼む、素直……俺の我が侭な願いを聞いてくれないか?」
「うぅ、嬉しいよ……私だけがお兄ちゃんに頼りにされてる。ま、任せてっ!どんなコスプレだって私が可愛いって言ってくれるなら着てみるよ。お兄ちゃんのためならなんでもするよ!」
ふっ、素直は名前通りに素直な子で助かるよ。
彼女にコスプレさせるのは慣れたものなので、すぐに隣の部屋で着替えてくれた。
実際、クロゼットの中のコスプレ服の衣装サイズは素直や麗奈に合うサイズのものが多いのだ。
「お待たせしました。お兄ちゃん、私が看病してあげるからね!」
ナース服をばっちりと着こなして、注射器を手に持つ完璧ぶり。
ピンクのナース服に注射器、これは外せません。
「さぁお熱はかりますよー」
そう言って俺とおでこをくっつける。
「熱いね。私もなんだか熱があるよ、お兄ちゃん」
素直は顔を赤らめて潤んだ瞳で囁く。
「きゃっ、やだぁ。お兄ちゃん、そんなに近づいたら恥ずかしいよぅ」
妹ナース、マジで最高……こんな看護婦がいればいいのに。
興奮しすぎて、鼻血が出そうになりました。
素直のおかげで俺は飢えの苦しみと風邪の熱に悩まされる寂しさから救われた。
食事を終えても、看護婦姿の素直は看病を続けてくれる。
「んー、熱がかなりあるねぇ。これって、長引きそうかも」
「そうか……。すぐに熱がさがるってわけにはいかないか?」
「この際、お尻に弾丸(解熱剤)を入れちゃえば?」
「あれは子供の頃に親にやられて泣きそうになった記憶があるから無理だ。座薬だけはマジで勘弁な。ふぅ、仕方ない。ゆっくりと養生するさ。そこの本を取ってくれ」
彼女に暇つぶしのための小説を枕元にそろえてもらう。
「えっと……『メイドさんと俺の105日戦争2。生意気娘にお仕置きを』。これ?」
「違う。そっちではなく、隣の奴です」
「『奥様は魔法少女で●学5年生。4』……お兄ちゃん、ロリコンは犯罪だと思うの。年下すぎると私もついていけない」
さすがの素直も引き気味で顔をひきつらせて見せた。
表紙が思いっきりアレな奴でした、すみません。
ちなみにそれはエッチ系の奴じゃなくて、ただのラノベですから(言い訳)。
「明日も熱があったら大変だね。私も看病してあげたいけど、学校の部活で遠出するからこれないの。ごめんね、お兄ちゃん。力になれない妹を責めないでください」
「かまわないさ。今日、こうして看病してくれるだけでいい。素直は本当に優しいな。俺は素直のような妹がいてくれて幸せ者だ。ありがとう、素直」
「えへへっ。私もお兄ちゃんの役に立てて嬉しいよ」
本当にあの破天荒な姉に似ず、真面目でいい子に育ったものだ。
久遠を反面教師にしている部分もあるんだろう、絶対に。
「無理そうだったら、ちゃんと病院に行った方が良いよ?」
「ダメそうならそうするさ。ふわぁ、少し眠くなったよ。寝させてもらう。適当な時間になったら、帰ってくれていいからな?」
「うん。こちらの事は気にしないで、おやすみなさいっ」
ナースの優しさに癒されて俺は眠気に抗う事なく、眠りについた。
結局、俺は素直のおかげで夜まで熟睡していた。
麗奈は夕方に帰ってきてから、俺の様子を見に来たようだが、ナース姿の素直と遭遇したらしくやけに不機嫌そうに言っていたのだ。
「病気の時ぐらい変態趣味をやめたらどうです?ホントに素直さんは騙されているんですよ……くだらない」
また何か素直と言い争いをしたらしい。
病人なんだから、ほんの少しの優しさをくれませんか?ダメですか?
最近、麗奈が俺に冷たい気がする……これってもしや反抗期なのかな?(自業自得)




