第14回:キミを守ってあげたい
【SIDE:西園寺恭平】
幼馴染の如月春雛は巨乳美人である。
……説明をはしょりすぎた。
とても魅力的な女の子だと言いたかったのだ。
春雛とのデートの終わりはとんでもない事件が待っていた。
以前から春雛のストーカーをしていたと言う男が襲い掛かってきたのだ。
俺はその男と向き合い、相手を牽制する。
春雛は俺が守る、大事な幼馴染を守れずに何が男だ。
俺だってヘタレとよく言われるがやる時はやるんだよ、マジで。
「……貴方だったのね、いつも私の後をつけてきたのは」
さすがに冷静ではいられずに、怒りの表情を見せる春雛。
「こうして、正面から挨拶するのは初めてだねぇ。僕は坂瀬っていうんだ」
堂々と名乗った坂瀬は悪びれる様子もなく、笑ったままでいる。
「うひひっ……僕はいつでもキミを見てるから何でも知ってるんだよ」
素でムカつく野郎だな、おい。
こいつは今、ここでどうにかしないと……。
俺の服のすそを震える手で掴む春雛。
「今までは見ているだけで寂しかった、苦しかったよ。それも今日まで。ようやく僕はキミに近づけた……想いを成就する事ができるんだ」
「春雛っ!逃げろ、こいつは……ぐぅっ!」
いきなり突進してくる男、俺はその巨体に吹き飛ばされてのけぞった。
こいつ、見た目よりもずいぶんと機敏に動きやがる!?
「もう遅いんだな。……やっとキミを捕まえた」
巨体を揺らして坂瀬は春雛の細身の身体を捕まえた。
後ろから羽交い絞めするように捕まえられ、春雛は身動きがとれない。
「な、何するつもりなの。離しなさいっ!離して!」
「お前、春雛からその汚い手をどけやがれ!」
「……うるさい男なんだな。顔がいいだけでえらそうに言うんじゃない。僕は春雛を愛してるんだな。つまりこれは互いの愛情行動なんだ」
こいつ危険すぎる、頭のねじが飛んでるんじゃないか。
春雛が必死に逃げようともがくが、男は離そうとしない。
「バカか、お前は。ただの一方通行の愛に未来なんてない。そんなひとりよがりの想いは相手を苦しめるだけだとなぜ分からない」
「痛い。離して……くぅ……」
「僕と一緒に来て欲しいだなぁ。幸せにしてやるんだなぁ」
「バカ言わないでよ。私は……助けて、キョウ……」
俺を涙を浮かべながら助けをすがる春雛。
その瞳に映るのは本当の恐怖。
春雛を助けないと、俺が助けてやらないといけない。
「黙るんだなぁ。僕は……僕だけがキミを愛して……」
男の独占欲もここまで来たら気持ちの悪いとしかいいようがない。
坂瀬は春雛の身体を触り、あの魅惑の巨乳に手を触れようとする。
「助けてよっ、キョウっ……!」
春雛の悲痛な叫び声が俺を突き動かした。
助けなきゃ、俺があの子を助けてやらないと。
俺は持っていた鞄を思いっきり奴に向けて投げ飛ばした、すまんなマイバッグ。
「なっ、何だ!?」
そちらに相手の視線が向く、僅かな隙に俺は一気に相手の距離を縮める。
こいつだけは許せない、絶対にぶっ飛ばしてやる。
「春雛に汚い手で触れるんじゃねぇ!その巨乳は俺も触った事ないんだよ!」
誰だって巨乳は好きだよ、こんちくしょうっ!
にやけていた男の顔めがけて俺は遠慮容赦のない拳をぶつけこんだ。
「あぶっーーー!!?」
男の顔面にヒットした拳が奴を吹き飛ばした。
春雛の怒りを思い知れ。
見事なクリティカルヒット。
「げ、げふ……」
地面を転がる坂瀬はぴくりともせずに倒れこむ。
動かなくなったのを確認してから春雛に近づく。
「春雛!?無事か?」
あの男に掴まれていた彼女は地面にへたり込んでしまっていた。
安心感からか、その瞳を涙ぐませながら俺を見つめる。
「……ありがと、キョウ。信じてたわよ。最後のアレは最低だったけど」
「すまん、つい本音が出てしまいました。怪我はないか?」
「えぇ、本当に助かったわ。貴方がいてくれた事にとても感謝している」
俺にだけ見せた春雛の笑みは花の撫子を思わせる可愛いものだった。
これでひとまずは安心か?
こうして、ストーカー事件は無事に解決を迎える事になる。
その後、現場を見ていた人が通報してくれていたらしくて、すぐに警察がやってきた。
春雛もストーカーと暴力行為をされた事に対しての警察関係者に事情を聴取されることになり、警察署で話をする事になった。
なんとか坂瀬は警察に御用となり、俺達が警察署から出てきた頃にはすっかりと夕暮れだった。
「ストーカー野郎もこれで懲りるといいんだがな」
「あの人、どこかで見たと思ったら、家からそう離れてない所に住んでた事があったわ。今は引っ越したみたいだけども」
「それで気に入られたってわけだ。最悪だな。マジで嫌なおっさんだったぜ。しかも、汗臭いんだよ」
彼女の家はここから距離的にはそんなに遠くはない。
俺は未だに身体が震えて満足に歩けない春雛を背中に背負ってやる。
彼女は恥ずかしがるが女の子であの状況は精神的にかなりきつかったんだろう。
それに、背中にあたる膨らみが柔らかくて温かい。
これですよ、これ。
人類の皆の宝物は大事にしなくていけないのだ。
ちなみに胸の大きい子って背負うのは結構大変なんですよ。
男の子的発言をしたけど、ドキドキする俺の気持ちもわかって欲しい。
「……キョウも男の人なんだって思ったわ」
春雛の口から漏れた小さな声。
「そりゃ、いつまでも子供じゃないさ」
「私はずっと貴方を男の子扱いしていた。人は成長していくのね」
誰だって、子供のままじゃいられない。
人間的に成長して、子供は大人になっていくものだ。
まぁ、世の中にはあんな変態のように道を外れたものもいるが。
「しかも、こんな風におんぶされてるし……」
春雛は苦笑いをしながら、俺の背中で恥じる。
「役得だな。俺としては大歓迎だ」
「むっ、激しくやらしい気がするわ。キョウのエッチ」
「男なんだよ、俺も。これくらいは許せ。お礼として受け取っておく」
「……そういう所は本当にキョウらしいわね」
お互い嫌な空気はなく、ふっと軽く笑いあう。
彼女は特に暴れることなく背中で大人しくしていた。
「キョウ……こんな風にされるとちょっと恥ずかしいわ」
「我慢しろ、むしろ俺は楽しんでる」
「……もうっ。それなら私の楽しもうかしら」
彼女は俺の耳元に息を吹きかけてくる。
「ふぐぁ。くすぐったいからやめてくれ」
春雛に対して、俺は何だか懐かしい感じがしていた。
「覚えてるか?子供の頃にも似たような事あっただろ。俺が春雛を背負ったこと」
「さぁ?私は覚えていないわね」
明らかに覚えてるって声なんだが。
都合の悪い時はいつもそうなのだ。
「そうか。昔の話だよ。小学校の遠足で子供用じゃないウイスキーボンボンのチョコレートで酔って、俺が背負ってうちまで帰ってきたの、覚えてないのか。久遠が持ってきたチョコで酔って暴れる春雛を連れて帰るのは大変だったな」
今でも思い出せば笑い話になる、春雛の可愛い姿を思い出した。
「い、言わないで。覚えてるから、言わないで」
「嫌だね。以前、俺も恥ずかしい気持ちにさせられたからな」
珍しくあせった声を出すのが可愛くて、だから、春雛に俺は言ってやった。
「春雛は俺に告白してきたんだよな。私の身体にこんな風に触ったんだから、ちゃんと責任とってよねって。俺はその意味が分からずに答えられなかったんだが」
「あ、あぁ、もうっ!どうしてそんな昔の事を思い出してしまうの」
過去の自分に恥ずかしさを感じているのか、後ろで唸る声が聞こえた。
春雛は俺の首にぴたっと冷たい手を触れさせると、
「あれば別に私も他意があって言ったんじゃないわ。子供の頃ってそう言うのに憧れるものでしょう。ホントに余計な事だけ覚えているんだから……」
春雛が照れている様子を見せる、だが、落ち着いた声で、
「安心しているのよ。今も昔も、こうして貴方に触れているとね。だから、あんな事も言ったんだと思うの。幼馴染としては大好きよ」
「……それじゃ、今はどうなんだ?」
「身体に触れたくらいで責任とれなんて言わない。でも……」
彼女はそこで俺の背中からゆっくりと地面に降りた。
「たまにはこうして優しくされるのもいいわね」
もう春雛の家の前まで着いていたから。
魅惑の膨らみの感触は最高でありました、隊長。
「それじゃ、送ってくれてありがとう。また今度ね」
「次に何かあったら遠慮なんかするな?幼馴染を信頼してくれ」
「ありがとう。この借りはいつか返すわ」
別れ際、彼女は俺に振り返り、笑顔でこう言ったんだ。
「キョウ、たまにカッコいい姿を見せるじゃない。少しは惚れ直したわよ」
手を振った春雛が家に入るのを見送ると、俺も自分の家に帰るために歩き出す。
惚れ直した、か……照れるじゃないか。
「……巨乳っていいよな。プリンのような柔らかさ、いや、マシュマロのような弾力というべきか。素晴らしいよなぁ」
何だか気恥ずかしいので誤魔化すように俺はそんな言葉をもらした。
だが、近くを通りすがったおばちゃんに「最近の若い子は……」と白い目で見られて、恥ずかしくて足早にそこから去った。
まもなく夏がやってくる。
そんな事を感じさせる夕暮れの太陽を眺めたんだ。




