(2)
午後からはお見舞いラッシュが続いた。夕方にはオリヴィア様と小鳥ちゃんたちもやって来て(情報が回るの早すぎない?)、今は王妃様が見舞いで部屋にいらっしゃっているところ。
彼女はまったく隙がない美しさなのに、対して私は寝間着の病人なのでなんだか恥ずかしい。
「やっぱアレしてると病気移っちゃうよなあ」
あ、アレって何・・・?
王妃様はベッドサイドに用意された椅子に座ってうんうんと何かを納得したかのように頷いた。ルイスと私は失礼ながらベッドに横たわったまま彼女を見上げる形で話し込む。
「アタシとレオナードも超健康体だから滅多に風邪ひかねえけど、たまにひくと同時に罹るし」
「母様たちは寝込むことってほとんどないよね」
「ないなあ。元が頑丈だから軽症で済むんだよな」
健康なのは良い事だ。こうやって風邪をひくとその有難みをひしひしと感じる。
「ルイスも昔はよく熱出してたけど、大きくなってからはあまり病気になることってなかったな。こういうのも久しぶりだよなあ」
「へえ、そうなんですね」
小さい時のルイスかあ、どんな子だったのかしら。まさか幼いうちから二重人格野郎だったわけじゃないわよね、さすがに。
「ルイスってどんな子だったんですか?」
話は大幅に脱線するけれど興味本位で聞けば、王妃様は嬉々としてペラペラしゃべり始めた。
「昔からおとなしーい子だったよ。全然手がかかんなくって説教した記憶がないくらい。
優しいけどちょっと優柔不断なところもあって、気が弱いけど大事なところはちゃんとしてて。考えてみりゃ今とあんまり変わってねえなあ」
「へ・・・へえ・・・」
ちょっとはボロが出るんじゃないかって期待してたのに、幼いころから擬態は完璧だったらしい。それともそっちが素なのかしら?それとも昔は純粋で途中から捻くれたとか?
「やめてよ、母様。恥ずかしいよ」
ルイスはちょっと照れているのか困ったように微笑む。それはまるで恋人に恥ずかしいところを知られてしまったかのようで、ほんっとにこの人演技が上手いわ~と感心する。
私は面白くなってきて更に質問を重ねた。
「やっぱりお母さんっ子だったんですか?」
「そうそう!ずっとあたしベッタリでさあ、可愛かったんだよー。今はさすがにベッタリってわけじゃないけど、記念日とかマメにお祝いしてくれるし一番母親想いだよな」
「へえ」
「恥ずかしいなあ、親離れできてないみたいで」
「いいじゃない別に。私だってお母様に付いて回ってたわよ」
それこそ国中、この歳になるまでずっと。母親が好きなのと依存して精神的に自立できていないのは別だ。恥ずかしいことじゃない。
「でもレイラ姉さんによくマザコンってからかわれるんだ」
「そんなこといったら私は金魚の糞みたいだって言われてたわよ。それよりマシでしょ」
「確かにマシかも」
でしょ。
王妃様は大きく口を開けて笑った。
「相変わらず仲いいなあお前ら。色気ねえからカップルってよりコンビって感じだけど」
「十代に色気なんてもの求めないで。それに母様たちが特殊なんだ」
ええ、あなたたちが色気爆弾なだけですから。私たち(人前では)普通ですから。
そして問題は唐突に起きた。王妃様は全く別方向を向いたまま首が固定されたかのように動かなくなり、なんだろうかと彼女の目線の先を追うと―――ルイスの高級で美しいチェスセットの隣に並んだミランダ様のチェスが。
ぎゃあああああ!!片づけるの忘れてた!
「ぎゃはははははははは!!なんだコレー!!」
王妃様は大笑いしながら駒の落書きに食いつくと一目散に駆け寄った。当然隠す暇もなくって、私は頭を抱える。
「面白いよね、シンシアが描いたんだ」
半分はあんたでしょ。ルイスの奴、さらっと私に罪を擦り付けやがった。
王妃様は落書きされた酷い見た目のチェスセットを抱えてこちらを振り向く。
「なあ、なあ、これ借りていい!?レオナードと遊びたい!」
嘘でしょ!?
これで遊ぼう!と王妃様に言われた時の陛下のご心中を察すると申し訳ない気分でいっぱいになった。視界に晒すだけでも恐れ多いのにあれで勝負するなんて・・・想像しただけで眩暈がする。
「いいけど、ちゃんと返してね。それシンシアのだから」
「おう!すぐ返すからさ!じゃーなー!」
王妃様はわくわくしながらチェスを抱えて足早に部屋を出て行った。ああ・・・冗談じゃなくて本当に持っていくのね・・・。
「っはー。やっとうるさいのがいなくなった」
「あんた本当に王妃様のこと好きなのよね!?」
ルイスは王妃様が退出しいつも通り部屋で二人になった所で思いっきり背伸びをした。途端に顔から笑顔が消えて良い子ちゃんモードは終了し、一気に雰囲気は気怠そうなものに変わる。王妃様に対して“うるさいの”だなんてずいぶんな言い様だ。
「もちろん好きだよー。でも好きでもうるさいのはうるさいよ。あの人早口ですっごく喋るからさあ」
「早口でよく喋るのは同意するけども」
でも王妃様との会話は変な遠慮とか謙遜とかがないので気が楽だし、知見が深くて聞けばなんでも教えてくれるから勉強になる。それにあの美貌を見ているだけで至福なのでルイスのようにうるさいとかは思わない。振り回されて大変なのはあるけど。
「うーん、ルイスはまだ少し熱いわね」
彼の顔が少し赤かったので額に触れると自分の体温と比べてみた。ちなみに私は朝薬を飲んでからはしっかりと熱は下がり、食事も昼と夜は普段通りの量を普段通り完食した。お腹周りのお肉は気になるけどこんなときこそ食べるべきよね、って自分に言い訳しながら美味しくいただきました。
対してルイスは昼も夜もスープを少し口にしたくらいであまり食欲はない。私よりも彼の方が重症だ。
「そう?もう平気だけどな」
「今日は早目に寝ましょ。松明消してくる」
「えー、まだ全然眠くない」
そんな子どもみたいなこと言われても。
「だって午前中はずっと寝てたんだよ?シンシアだって眠くないよね」
「そりゃそうだけど。それでも寝た方がいいわよ」
熱があるんだから少しでも多く睡眠はとった方がいいと思って言ったのに、ルイスはしっかりと開いた目でなおかつハキハキとした口調で答えた。
「どうせ眠れないんだから時間を有効活用しないともったいないじゃん」
「ベッドに居る時にできることなんてたかが知れてるでしょ」
仕事なんて到底無理だし、読書もこの時間じゃ暗くて無理。チェスはしてもいいけど・・・昨夜盛り上がり過ぎたのが体調を悪くした原因のひとつでもあるだろうから止めておいた方がいい。
ルイスは肘をついて頭を支えながらこちらに身体を向け、キラキラした青い瞳で私に聞いてくる。
「ね、何する?」
私を巻き込む前提なのね。
なんだか変な気分だわ。毎日ルイスと同じベッドを使っていたけど、彼はすぐに眠ってしまうのでこうやってゆっくり布団の中で話すのは新鮮だ。
「んー、しりとりとか。だんだん眠くなるんじゃない?」
「しりとり?シンシア弱そう」
「文句を言うなら自分でアイディア出してよ」
えー、と不満げな声を出すルイス。
「そうだなあ、・・・お腹空いた」
「チョコならあるけど」
前にランス殿下からもらったチョコレートは日持ちするらしいので大事にひとづつ食べている。まだ半分くらいは残っていたはず。
「うーん、今からチョコレートを食べるのはちょっと」
「まあ、そうよね・・・」
この時間に甘いものは相応しくない。しかも、体調を崩して朝からスープしか飲んでない胃にチョコレートは良くないだろうなと思っていた。
「じゃあ、何か持ってくるわよ」
私は起き上がってベッドに座るとぼさぼさになっている髪を一纏めに結ぶ。まだシャワーを浴びてから乾ききっていなかったのか、少ししっとりと湿っている。
「いいよ、もう侍女もコックも休んでる時間だから起こしたら悪いし」
「大丈夫よ、自分で作るから」
「え?シンシアが作るの?」
なにその恐怖に歪んだ顔は。
「失礼ね、食事くらい作れるわよ。さすがにコックみたいな複雑なものは無理だけど」
「爆発とか起こしそうで心配」
「信用」
私ってそんなに信用ないの?マズイだけならともかく爆発だなんてとんだ大惨事だ。
「グレスデンでも料理は作ってたの。それにキッチンなら何度か出入りしてるから平気よ」
「キッチンに?何しに行ったの?」
「だいぶ前だけど料理のレシピを聞きに行った時にコックのお兄さんが案内してくれたの。レシピだけじゃなくて食材の保存の仕方とか仕入れの値切り方まで教えてくれてすごく親切だったわ」
「僕の知らない所でなにやってんの・・・」
いいじゃない、親切で色々見せてくれたんだから見学しても。
少し沈黙した後、ルイスは諦めたように大きなため息を吐く。
「わかった。じゃあ飲み物だけもらうよ。ミルク温めるだけなら簡単だよね」
「だから料理できるんだってば・・・」
信用ないなあと思いつつキッチンへ向かえば誰も居なかったので自分でミルクを拝借して温めていたんだけど、私に気付いた夜勤の衛兵がすっ飛んで来て代わりに作ってくれた。
小型のカートを借りてミルクの入ったカップを2つ乗せ、ゴロゴロ押しながらルイスの部屋へ戻る。階段が鬼門だと思っていたがこれも衛兵のお兄さんたちが皆して手伝ってくれたのでとても楽だった。
ドローシアは夜間まで警備が行き届いているので暗い場所でも安心して歩けるわ。
「ただいま」
「うわっ」
衛兵を5人ほど引き連れて帰って来た私に引き気味のルイス。
「何があった?」
「みんな手伝ってくれてついでに部屋まで送ってくれたの」
「ああ、そう・・・」
ありがとうね、とお礼を言って衛兵のお兄さんたちとお別れすると私は用意したカップをベッドサイドのテーブルへ置いた。椅子に座った方がお行儀がいいのはわかってるけど、病人だから今回だけは許されるだろう。
「ブランデーちょっと入れちゃおうよ」
ルイスはほくほくとベッドサイドテーブルの下にある棚から瓶を取り出した。
あれ?ドローシアって未成年は飲酒ダメだったわよね。
「平気なの?」
「うん、ちょっとくらいなら大丈夫。シンシアも入れる?」
「じゃあちょっとだけ」
「お酒大丈夫なんだよね」
「ええ、グレスデンでは日常で飲むものだったから慣れてるわよ」
数滴垂らすだけだと思っていたが、ルイスは結構な勢いで瓶を傾けた。あーあー、大丈夫かしらコレ。
「いいけど、それ飲んだらちゃんと寝てね」
「わかってるよ。寝つきがよくなるものだから大丈夫」
半信半疑でルイスの様子を見ていたが、特に酔う様子はなかったのでほっとした。暴れ上戸とかじゃなくて良かった・・・。
その代わり宣言通り眠くなってきたらしく、飲みかけのコップは置かれてベッドにごろんと猫のように転がり出した。
「眠いの?布団ちゃんと着てよね。風邪が悪化しちゃう」
「じゃあシンシアも」
じゃあ、の意味がわからなかったけど、誘われたので私もコップを置いて一緒に布団に入る。ブランデー入りのホットミルクを飲んだからか身体は随分とぽかぽかに温まっていた。しばらくお酒を飲む習慣がなかったからか、アルコール特有の頭がぼーっとなる感じもしてくる。
「眠い?」
「ちょっと眠いかもしれない」
「じゃあ寝ましょ」
「うん、シンシアも寝るよね」
「そうね」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
挨拶をした後に続く沈黙に私は目を閉じて眠る努力をした。しかしブランデーでぼーっとした感覚とは裏腹に、意外にも目が冴えてしまって寝付けない。
しばらくしてこっそり隣を見ればルイスの目もパッチリ開いている。私はバレないように盗み見ていたのに彼は早々に私の視線に気づいた。
「眠れないんだね」
「ルイスも?」
「うん。日中にあれだけ寝るとね」
そうそう、不規則な睡眠って後に響くのよ。
ルイスは身体をこちら側に向けると何故か布団から出していた私の手を握って言う。
「やっぱり眠れるまでしりとりしよう」
「いいわよ」
絶対に負けない、と意気込んで始めたしりとり。そこそこ長く続いたけれどいつの間にか眠ってしまっていて、翌朝どちらが勝ったのかは二人とも思い出せなかった。





