闘いの事情
マキシウスとソファイアは、ドアの前で逡巡した。
試しにマキシウスが力を入れてみたが、押しても引いてもドアは侵入者を拒んでいる。
「これは解呪しないと開かないね」
ソファイアは眉をしかめて言う。
解呪にはソファイアの聖なる力が必要となるが、かかっている呪の種類によっては、何度か試行しなければならない。
さりとて、解呪してドアを開けた瞬間に、無数の矢でも飛んで来たら、いかにマキシウスといえども躱しきれないだろう。
その時、もぞもぞとソファイアの胸元から小鳥が顔を出す。
小鳥はドアの手前の何もない空間に向かって、嘴を突く。
すると空間には、黒い紋様が現れた。
「これなら、この呪ならば解ける」
ソファイアは左手の人差し指と中指を額に当て、何かを呟いた。
同時に黒い紋様は霧散した。
小鳥は何か囀っている。
マキシウスとソファイアには、人の声の様に聞こえた。
『時間がないの。早く!』
二人は互いの顔を見つめ合い、頷くと同時にドアを開ける。
闇の中で、トールオが誰かに刃を向けている姿を目視したマキシウスは、瞬時に鞘を投げつけた。
「ぐっ!」
鞘はトールオの右腕を直撃し、トールオは片膝をついた。
王妃の声が響く。
「ようこそ、聖女様。お待ちしておりましたのよ」
「そりゃどうも。あたしはヴィエーネ様の魂を、取り戻しに来ただけ」
王妃は顔色も声音も変えず、マキシウスに向かって言う。
「それに元・王太子さん。あなたが聖女様の婚約者なんて、良い御身分になられたこと。ほほほ」
抜き身の剣をぴたりと王妃に向け、マキシウスは応える。
王妃の横には、虚ろな目をした国王が座っている。
「わざわざ俺を嵌めてくれて、礼を言う。母の魂、返してもらおうか」
「そういう訳にもいかないですわ」
「兄さん!」
跪いたまま、トールオが叫ぶ。
「ロゼリアを! ロゼリアを助けてくれ! 僕は、僕では無理だ」
嘗ての婚約者の名を聞き、トールオが指す方を見やると、人形のように固まった女性が立っていた。
ソファイアは天井近くに縄で縛られた小箱を見つける。
おそらく、あれが……。
ソファイアの視線の先をちらりと見た王妃は、手を叩く。
「さあ皆様、お客様ですわ」
王妃の背後の幕が開く。
そこには黒いフードを深く被った者たちが、それぞれ大きな鎌を持って待ち構えていた。鎌の切っ先は国王の首に狙いを定めている。
マキシウスは針に刺された国王をかばう様に、剣を構える。
「陛下は後でいいわ。まずは……」
王妃は、縄で巻かれた者の後ろ手を取り、その首元に細身のナイフを当てて言う。
ソファイアの瞳孔が大きくなる。
縄で縛られているのは彼女の部下、ラントルの元にいる女性の部下だ。
「そうねえ、魂の移し替え、ロゼリアじゃなくても、コレでも良いわね」
「ば、馬鹿な! 貴様、ヴィエーネ様の魂を移し替えるのか!」
「ええ。聖女の魂を持つ下僕がいれば、わたくしに恐いものはないもの」
ギリッと唇を噛むソファイアを見下ろす王妃。
「良い表情だわ。大好きよ、人間の絶望。そう言えば、昔ヴィエーネも、そんな表情になったの……」
滔々と懐かしむような王妃の一人語り。
その隙にじりじりと、トールオはマキシウスに近付く。
「……手短に言う。これを、あそこの小箱にぶつけろ」
トールオは王妃の目を掠めて、マキシウスに渡す。
意識を失っていたマキシウスの指に疼痛を与え、彼を覚醒させた物だ。
それは王太子として認められた時、国王から譲られた物。
その昔、聖女ヴィエーネが、国王に贈った真心の証。
「さあ、特等席でご覧になって。今宵、フォレスター国に新たな聖女が誕生するのです!」
王妃が刃を人質の女に胸に突き刺す、その刹那。
王妃の頬をかすめ、キラリと光る物体が天井の小箱に飛んだ。
物体は幾重もの縄をブチブチと破り、小箱に突き刺さる。
王妃の顔色が変わり、思わず人質を手放す。
小箱からは、片手に乗るくらいの光の玉が飛び出して、国王の元へ行く。
光の玉が国王の体を包むと、国王の体に刺さっていた、無数の針が一瞬にして消えた。
国王の目に光が戻る。
彼は愛しそうに、光の玉を両掌で抱く。
「ああああ!!! ダメよ!!! ダメなのよ!!!」
王妃は自分の顔を自分の爪で引き裂きながら叫ぶ。
「ここまで長い時をかけ、わたくしの能力を高めて来たのに! 陛下も殿下もわたくしに逆らえないようにしてきたのに! 王宮全体に呪いをかけて!」
王妃の目は赤く染まっていた。
その目はギロリとトールオを直視する。
「トールオ! まさかあなたまで、わたくしを裏切ったりしないわね」
「母上。あなたの楔は取れました。あの箱の縄と共に」
トールオは意識の戻らないロゼリアを、横抱きにして王妃に告げる。
彼女は顎をクイッと上げ、鎌を持つ者に指示を出す。
殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!
鏖だ!!!!!!!!!!
しかし、鎌を持つ者たちは動かない。
否、動けなかった。
彼らが持っていた鎌も、端から割れていく。
割れる鎌と共に、彼らはドサリドサリと、フードを被ったまま倒れていく。
「こちらは片付きました!」
ラントルの声がソファイアとマキシウスに届いた。
王妃って、部下がたくさんいたんだ……。
次話、最終回。




