閑話・王太子妃の事情
私はロゼリア・フォートン。
フォレスター国三大公爵家の令嬢として生まれ、現在はトールオ殿下の婚約者である。
殿下の立太と、私たちの婚約をお祝いして下さるパーティで、私は一人の招待客に目を奪われた。
今まで、国交が途絶えていたリスタリオから、第一王女とその婚約者がやって来たのだが、その婚約者の醸し出す雰囲気が、かつての王太子で私の婚約者だった、マキシウスに似ていたからだ。
その男性の名はリスタリオ語で綴られていたし、ヴェールを被っていたので、顔貌そのものは、はっきりと見えなかったが、立ち姿が良く似ていたのだ。
マキシウス……。
寡黙な王太子だった人。
次代の国王としての資質を案じた正妃達によって、身分を剥奪された可哀そうな人。
それは私の罪であり、私にそうさせた彼の罪でもある。
爵位は勿論、母譲りの美貌と聡明さで、私は生まれた時から次代の王妃候補筆頭と目されていた。
周囲の人たちはこう言って私を誉める。
『さすが、未来の王妃様ですね』
幼いながら、自分の立ち位置を私は把握し、そのための努力も惜しまなかったのだ。
七歳になると、第一王子マキシウスとの婚約が正式に決まった。
初めて顔合わせをした時に、私は彼にしばし見惚れた。
王家特有、輝くような金色の髪を肩まで伸ばしたマキシウスは、側妃のヴィエーネ様に似た完璧な顔立ちをしていた。
一目惚れ、だったと思う。
婚約が成立した時には、まだヴィエーネ様はご存命で、王宮の庭園に咲く白い花を愛でながら、一緒にお茶をいただいたこともあった。
風に散る花びらのような、儚い風情のヴィエーネ様は誰に対してもお優しかった。
私はヴィエーネ様から、お手製のブレスレットを頂戴した。
丸く透明な水晶が連なったブレスレットは愛らしく、私はいつも手首に付けていた。
ヴィエーネ様が逝去されてから、しばらくは私も王宮に行くことはなかったが、喪が明けて伺った時に、そこにいたのは正妃マルティア様と第二王子のトールオ殿下だった。
トールオ殿下は快活で、言葉数も多い。
マキシウスより一歳年下だが、トールオ殿下の方が背は高かった。
『これからは、お茶会にトールオも同席します』
やや遅れてやって来たマキシウスに向かって、正妃様は言う。
マキシウスは素直に受け入れた。
マキシウスは誕生日のプレゼントや、季節折々のカードなどを欠かすこともなく、いつでも紳士的だった。
対してトールオは、ヤンチャで距離感が近くて、マキシウスの前でも私の手を握ったり、肩を抱き寄せたりしていた。
私はマキシウスに嫉妬して欲しくて、わざとトールオとじゃれあったものだ。
もっとも、マキシウスの表情が変わることは、一度もなかった。
私たち三人が思春期を迎えると、マキシウスは一層寡黙になり、トールオは私に愛を囁くようになる。
綺麗だ。可愛いね。愛している。
兄上が羨ましい。
俺だけのモノにしたい……。
例えそれが薄っぺらな、言葉だけのものであっても、女としては絆される。
ある日、マルティア様は私に言う。
『次の国王は、トールオの方が良いと思うの。あなたも、そう思うでしょ?』
否定できなかった。
あまりに喋らないマキシウスは情が薄いように見えたし、王国を率いることなど出来ないのではと思った。
小さく頷く私に、王妃様はその方法を授けてくれた。
マキシウスから「婚約破棄」を言わせて、王命違反、反逆者として追放するという計画だった。
私の心の何処かで、そんなバカげた計略に乗ってはいけないと声がした。
だが私はその声を封じ、王妃の言う通りに動いた。
既にトールオとの関係は、戻れないところまで進んでいた。
マキシウスに捧げる純潔など、失ってしまっていたのだ。
『それとね、次の王妃になる貴方に、そのブレスレットは似合わないと思うの』
王妃様は私が付けていた、水晶のブレスレットを徐にはずすと、代わりのモノを手首に通した。
頭がくらくらする。
王妃様は水晶を繋いでいた紐をブツッと切る。
弾けた水晶は何処かに消えた。
『滅多に手に入らない、貴重な宝石よ』
新たなブレスレットは真黒な石が連なっている。
ブラックダイヤだと後から聞いた。
王弟は何を話しているのか。
王太子妃予定のロゼリアは、何を考えているのか。




