夜会の事情
トールオの立太を祝うパーティには、リスタリオ以外の国からの招待客もたくさんいた。
客たちはそれぞれ祝いの品を持ち、トールオとその隣に立つロゼリアに挨拶をする。
「へえ、綺麗なお姉さんだね。新王太子の隣のひと。婚約者さんかな」
「綺麗? そうか?」
ソファイアの囁きに、マキシウスは首を傾げる。
女性の美醜基準がいま一つ、マキシウスには分からない。
しかも、ロゼリアはキンキン響く声で、マキシウスを責め立てた女だ。
それどころか、マキシウスとトールオを秤にかけて弟を選んだ。
あの時の鬼女のような目つきを思い出すと、今でもマキシウスはげんなりする。
できれば本日も、顔を合わせたくないのだが。
「ところでソフィ。他の客は皆、何か品物を渡しているが、何か贈答品を持ってきたのか?」
「ああ、お祝いは予定してる。ま、品物じゃないけど」
「そうか」
「協力してね、兄さん」
「?」
「次の方は、リスタリオ国第一王女、ソファイア殿下とその婚約者の方です」
宰相がトールオに伝えると、トールオの目がすうっと細くなる。
ソファイアはヴェールを脱ぎ、綺麗な淑女の礼を執る。
「豊かな実りに恵まれていた、フォレスター国の時期陽光、王太子殿下と殿下妃となられるお二方様へ、我がリスタリオ国からのお祝いを捧げます」
「ほお、それは有り難いことです」
相変わらず、感情を隠すのがトールオは上手いとマキシウスは思う。
瞳の奥には、熾火がチロチロと蠢いているようだが。
控えていたラントルは、マキシウスに剣を渡す。
気色ばむ護衛騎士にソファイアは、「芸事用の刃を潰してあるものです」と微笑む。
常日頃、子猿のようなソファイアが、妖艶とも言える笑みを浮かべたことにマキシウスの鼓動が騒ぐ。
ソファイアは、マキシウスの心中を知ってか知らずか、彼の耳元に囁いた。
「あたしの動きに適当に合わせて、空中を切って」
切る?
空中を?
「この王宮内の澱んだ空気を、切り裂いてね、マキ兄さん」
甲高い笛の音が広間に響いた。
ラントルが横笛を吹き始めたのだ。
いろいろ器用な男だ。
タ――ン!
マキシウスの肩よりも高く跳び上がったソファイアは、身に纏うドレスの裾を持ち、会場の中央で踊り始める。
ソファイアは、薄紅色のショールを手首に巻き、生き物のように動かす。
ショールがくるくると動く度に、会場内にはキラキラと何かが降りてくる。
マキシウスはソファイアの動きにしばし見惚れたが、笛の音が変わったところで、剣を抜いた。
豪華な装飾が施された剣をマキシウスが天にかざすと、会場からため息が漏れる。
ほとんどの参加者が初めて見る、リスタリオの舞踊が始まった。
ソファイアの眼差しに合わせ、マキシウスは剣を揮う。
会場に巣食う闇を、端から切っていくように。
ひと際高い笛が鳴ると、ソファイアはマキシウスの胸に飛び込んだ。
二人の胸は同じ様に速くなっている。
「さすがマキ兄さん、良かった。だいぶ祓えたよ」
「お前の踊りも、その、き、綺麗だった」
抱き合う二人の姿に、会場からは一斉に拍手が沸いた。
トールオもロゼリアも、拍手をしている。
「素晴らしい。殿下と未来の王配殿に、感謝いたします」
トールオは、意味ありげな視線をマキシウスに向ける。
「できれば、お美しいお顔を、拝見したいものですね」
「せっかくですが、わが国のしきたりなので」
ソファイアはしれっと答えた。
その後も諸外国の招待客と、フォレスター国内の貴族らの挨拶が続き、酒が振る舞われた。
グラスを手に、マキシウスは壇上を見る。
国王と王妃が不在のまま、パーティは進んでいる。
何か、あったのか。
それとも、今宵はトールオに全て任せるのか。
「リスタリオの王女殿下。ご挨拶してよろしいか?」
ソファイアは笑顔で答える。
声の主を知っているマキシウスは、緊張する。
「わたしはネロス。近衛騎士団の元団長」
「お目にかかることが出来まして、光栄ですわ。ネロス、公爵様」
「さすがによくご存知であるな。リスタリオの聖女殿」
「ふふ。恐縮です」
「先ほどの剣舞、見事であった。……時に、殿下の婚約者殿よ、わたしは貴殿の剣筋を、何処かで拝見している気がするのだが」
マキシウスは顔を上げる。
ネロスは嘗てのマキシウスの剣術師匠。誤魔化せないものだ。
「少しばかり、話が出来るだろうか」
ネロスは二人を、バルコニーに誘った。
夜空には、月が昇っていた。
王妃は何処へ……。




