16.旅に出かけてみました。
『準備はできたのか?』
地上に到着した俺に対して青ウルフが問いかけてきた。
ああ、それはもちろん。
心配ない。
『問題ない』
『分かった。じゃあ背中に乗ってくれ』
青ウルフが背中を差し出し、背中に乗るよう促してくる。
この背中に乗ることに今回はためらいはない。
だが、あのことだけは言っておかなければ。
『青ウルフ、ちょっとお願いしたいことがあるんだが、いいか?』
『何だ?』
『もっとゆっくり走ってほしい』
青ウルフは何言ってんだというような顔でこちらを見てくる。
まるで今までも抑えて走っていたのに何言ってんだみたいな。
『あの速度じゃ俺の腕が耐えられない。振り落とされてしまう』
『……お前、さっきの言葉、冗談じゃなかったのか?』
冗談だと?
笑わせてくれる。
体力に余裕があるのに息ぜえぜえしながら辛いって演技する奴がどこにいるよ?
コイツ、本当感性ずれてんな。
というか、俺のことを過大評価しすぎだろ。
コイツ、俺が薬とか道具を自作していることはすんなりと理解してきた。
一方で、こういった体力面で俺が全然ダメなことを理解していない。
全てできる完璧なゴブリンにでも見えているんだろうか?
俺の事をさ。
『青ウルフ。言っておくが、俺の体はゴブリンの赤ん坊だ。体力はあまりないんだ』
『そうか。確かにお前は赤ん坊の体だったな。だからなのか』
おいおい。
どう考えたら俺が赤ん坊じゃないように見えるんだよ。
どこからどう見てもゴブリンの赤ん坊だぞ?
大きさといい、見た目といい。
まあ全身白づくめだから異質かもしれないけどさ。
だからといって赤ん坊であることは変わりないんだぞ。
『そういうことなら配慮しよう。急ぐ理由もないしな』
『そうしてくれると助かる』
『分かったから背中にのってくれ。今日までにキリのいい所まで進んでおきたい』
『ああ、分かった。くれぐれも飛ばし過ぎるなよ?』
キリのいい所まで進むという言葉に不安を覚えつつも俺はウルフに乗った。
俺が乗ったことを確認したウルフはミスリルのある鉱山へと出発した。
ウルフは俺に配慮してくれているようで、ほどよい速度で大地を駆け抜けている。
『そういえば目的地ってどこになるんだ?』
今回の俺達の目的はミスリルの入手。
多分鉱山にでも行くんだろうけど、どういう場所にいくのか興味がある。
『ミリル鉱山だ。このペースだと鉱山への到着まであと一日はかかるな』
『二日か。結構かかるんだな』
『オレ一人なら一日で往復できる距離なんだがな』
ああ、悪かったな、ワガママ言って!
仕方ないだろ。
俺、赤ん坊なんだし。
ちょっとはガマンしろや!
『そういえば旅の間、睡眠はどうするんだ?』
『睡眠か? そんなもん、静まり返った早朝に少しとれば十分だろ』
早朝に少しとれば十分って……
もしかしてコイツ、早朝にしか寝ないのか!?
道理で昼間でもコイツが活動している訳だよ。
ウルフって夜行性のイメージだから昼間に活動しているのが不思議だったんだ。
『二、三時間しか寝ないのか?』
『そうだな。それで十分だ』
『言っておくが、俺はもっと寝ないとダメだからな。そんな短時間じゃ体が持たない』
『そうなのか? 不便な体なんだな』
俺は赤ん坊だ。
赤ん坊といえば伸び盛りだし、たくさん寝る必要があるだろう。
正直、今の俺って赤ん坊としては睡眠時間全然少ない気がするんだよな。
それでも活動できているから、人間とゴブリンの赤ん坊は違うのかもしれないけど。
まあ、いくらなんでも睡眠時間が三時間というのは足りなすぎるな。
『ちなみに到着にあと一日かかるって言ったよな? あれって三時間しか寝なかった場合のことか?』
『もちろんだ。睡眠時間にもっと割くならばもう一日覚悟した方がいいだろう』
そうだと思った。
コイツ、自分基準でしかものを考えない所があるからな。
気が付いて良かった。
だが、一日追加か。
野宿する日が増えるのはなんだか嫌だな。
この世界の野宿って命の危険があるから余計に嫌だし。
なんかいい方法ないかな?
そうだ!
『ウルフ、俺が寝るための休憩時間を設けなくてもいいぞ』
『ん? いいのか、それで?』
『ああ。ヒモみたいなものでお前の体に固定していれば、移動しながら寝られるだろ』
『なるほど。お前、頭いいな』
頭いいのか、俺?
そこまで良い考えとは思わないけどな。
まあ、移動に余計な時間を割かなくてもいいから良い案とも言えるのか。
それから俺は青ウルフに許可をもらい、青ウルフの体にフワンジョウロープを軽く巻き付けた。
寝るときはこれで青ウルフの体に固定して、掴まらなくてもよくする。
これで寝る準備はバッチリだな。
そういえば今更だけど、この青ウルフの名前って何なんだ?
ずっとコイツのこと青ウルフって言うのも何だか面倒になってきたぞ。
他のウルフとの違いを出しにくいしさ。
それになんだかよそよそしいというか。
別にコイツと仲良くなりたいとかそういう訳じゃない。
ただ、種族名で言ったり、お前とかで言ったりする訳だし、何か不自然なんだよな。
もし他に青ウルフがいた場合、コイツをどう呼べばいいのか困る訳だし。
聞いておいて損はないだろう。
『青ウルフ、今更聞くのもアレなんだが、お前の名前は何て言うんだ?』
俺がそう聞くと、走っていた青ウルフが急に立ち止まる。
なんだよ、びっくりさせやがって。
そんな変なこと聞いたか、俺?
『名前って……そんなものあるわけないだろ』
『そうなのか? お前の自己紹介のときからおかしいとは思っていたが』
『おかしいってお前な……まあ、そういう発想も含めてお前なんだろうがな』
青ウルフはため息をつく。
この世界の魔物にとって名前があることって特別の意味があるんだろうか?
よく分からない。
『どうして青ウルフ達は名前を持たないんだ?』
『意味がないからだ』
『意味がない?』
『オレ達は互いを嗅覚で識別している。名前なんてものがなくても生きていける。必要ないのさ』
必要ない、か。
まあ、名前がなくても意思疎通がとれるなら必要ないとも言えるのか。
だがそれは同種族間の話だろ?
俺と青ウルフは種族違うし。
それに俺はウルフほど嗅覚よくないから識別できないし。
『俺と青ウルフは別種族だ。名前があった方が便利だとは思わないか?』
『そうなのか? 別に名前の有無は気にならないからどうでもいいんだが』
『よし、決まりだな。じゃあ俺は青ウルフのことを何と呼べばいい?』
『青ウルフじゃダメなのか?』
はあ。
それじゃ種族名だからコイツ自身を示す訳じゃないだろ。
人間を呼ぶときに、メガネ人間、背の高い人間、速い人間とか呼ぶようなものだぞ?
不自然すぎる。
『それじゃおかしいだろ』
『そんなこと言われても分からねえよ。文句あるんだったらお前が決めてくれ』
『いいのか、俺が決めちまって?』
『ああ、好きにしろ。オレはどのみち呼ばれ方なんて気にしないからな』
青ウルフの名前か。
一体どんなのがいいんだろうか?
ちょっと悪ふざけしてみるか。
『”青き疾風の野狼”とかどうだ?』
『ああ、それでいい』
いいのかよ!?
いや、良くないだろ、それ!
というか俺がそう呼びたくないわ。
自分で言っておいてなんだけどさ。
あだ名とか別名ならいいかもしれないけどさ。
名前だぞ、名前!
普段呼び合うときに使うものだぞ。
長すぎるし、恥ずかしいし、ツッコミどころ満載になっちまうよ。
それはさすがに避けたい。
『すまない。さっきのは悪ふざけでつけてみた』
『そうなのか。別にオレはそれでも構わなかったんだが』
『それだけはやめてくれ』
『そうか。なら早く別の名前を決めてくれ。到着が遅れるのは勘弁だからな』
本当に青ウルフは気にしてなかったようだ。
それだけこの世界の魔物にとっては名前なんてどうでもいいものなんだな。
適当に決めるとするか。
だが本当に、どんな名前がいいんだろうか?
全然思いつかない。
長すぎず、もっと呼びやすい名前……
人名からとるか?
ジョージ、トム、ジェームズ……
なんか違和感あるな。
人名がダメならペットからとるか?
ポチ、タロウ……
しっくりこないな。
本当に悩ましい。
でも青ウルフにとっては名前なんてどうでもいいことなんだよな。
こんなに悩んでいる俺がバカらしくなってきた。
もっと単純に考えよう。
例えば青だからブルー。
それにウルフ。
ブルーとウルフを合わせてブルーウルフ。
ブルーウルフ、ブルーウルフ……
ブルール。
うん。
ブルールでいいんじゃないか?
というかそうしよう。
四文字だから呼びやすいしな。
前世でよくある名前とも被らないと思うし。
安易な発想とか言われても別に構わない。
誰も気にしないだろ。
本人も気にしない位だしさ。
『決めた。今からお前の名前は”ブルール”だ』
『ブルールか。分かった。今度からはそう呼んでくれ』
『よろしく頼むな。ブルール』
『ああ。ところでお前の名前は何なんだ? 名づける位なんだから何かあるんだろう、名前?』
俺?
えっと俺の名前は……




