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黒き聖伝  作者: ヨクイ
【青年編】
45/52

第43話 聖地奪還①

 ギシャル城塞都市は主を変えて、再びその扉を閉ざした。

 俺はひとまず聖地奪還軍の態勢立て直しを図り、アメルス王太子率いるカザール国軍の動きを探った。

 アメルス王太子側としては、ギシャル城塞都市を攻撃している聖地奪還軍の背後を叩くつもりだったのだろうが、それより先に、ギシャル城塞都市は陥落し、彼らは肩すかしをくらった形になった。

 そもそも未だヴァルゼ州にすら、姿を見せていない。

 とはいえ、アメルス王太子に対するカザール太守たちの期待は高く、彼だけがこの国の独立性の強い各州の太守たちをまとめる力量を持っていることは、先の聖教騎士団本部襲撃の時に見た通りだ。

 彼の動き次第で、戦況は大きく変わる。

「厄介だな……。これからどう動くか」

 いつまでも城塞都市に籠っているわけにはいかない。

「申し上げます! アメルス王太子率いるカザール国軍の動きですが……」

 そこまで言って言葉に詰まった斥候の報告に、俺は先を促す。

「どうした? 報告を続けろ」

「どうやら散開した模様で……、本隊を見失いました」

「散開した?」

「は……。一時はこちらに向かっている様子を見せていたのですが、城塞都市が陥落した後、トラタ高地にて駐留。その後、集まっていた兵を各州に戻し、アメルス王太子の本隊も王都に引き返したようなのです」

 俺はその話を聞いて、首をかしげた。


(おかしい。なぜ集めた州兵をわざわざ散開させる必要がある? 各州をまとめきれずに内部分裂を起こしたか……?)


 ギシャル城塞都市での殲滅作戦が功を奏したのであればいいが、それはまだ定かではない。

 そもそも、それほど楽観視していいものか。

 どちらにしても、もう少し情報が必要だ。

「バザンを呼べ。それから、ここに残す部隊以外は、全軍出立準備をするように。出発は二日後。それまでの間に準備を整えろ」

「はっ!」

 出立準備が進められる間に、俺は再びバザンを呼んだが、彼はどこへ行ったものか、なかなか捕まらなかった。

 ようやく彼と会うことができたのは、出立の当日のことだった。

「多忙なようだな。どこへ行っていた?」

「――お前に言う必要のないことだ」

 ギシャル城塞都市での殲滅の噂は、内容が内容だけに、放浪の民により口伝えであっという間に国内に広がっているという。

「オレはお前のお守りじゃない。そうそう頻繁に呼び出すな」

「どうしても聞いておきたいことがあってな。アメルス王太子が率いていた国軍……、集まった州兵はそれぞれの州へ引き返したと聞くが、王都へ引き返したという本隊の行方が知れない。何か情報は入っていないか?」

「王太子の直下部隊か……。奴は今回の挙兵で王宮の兵を根こそぎ動かしている。もともとカザール国軍は州兵に頼っていて、王が保有する兵はかなり少ないからな。それが王都に戻れば情報が入るはずだが、未だに帰還したという話も、帰還するという話も出ていない」

「州兵は散開させたが、直下部隊を戻す気はないのか……。やはり、何かあるな」

 戦意がないのならば、王都に戻ればいい。

 しかし、そうではない。

「さっきも言ったが、直下部隊といっても数は少ない。それでお前らの軍勢に太刀打ちできるとも思えんが」


(アメルス王太子は一体、何を考えている――?)


「直下部隊が今どこにいるかは、分からないのだな?」

「そこまでは知らん。それはお前らの仕事だろうが」

 そうだ。

 だが、斥候は彼らの行方を見失った。

 州兵を引き連れた大軍ならばまだしも、直下部隊は規模が小さく、斥候の目もくらましやすかったのだろう。


(それが狙いか? だが、それでどうするつもりだ……)


「もうここを出るのか?」

 バザンの声に、俺はハッとする。

「ああ。聖地奪還はまだ成っていない。マラエヴァも戻ったことだしな」

「そうか……。オレはもう行くぞ」

 身を翻したバザンの背中に、俺は少し違和感を覚えた。

「おい!」

「なんだ? まだ何かあるのか?」

 ふり返ったバザンの表情は、いつもと変わらない。

「――俺の意思は、お前達と契約したあの時から何も変わっていない。これからも変えるつもりもない。約束は必ず果たす。長老にもそう伝えてくれ」

 しばらくバザンは黙って俺を見ていたが、視線を外し、いつものように憮然とした表情のまま小さく頷いた。

「……分かった」

 そして彼は、出立準備で慌ただしい兵士たちの中に紛れて行った。




 アメルス王太子の思惑は、ギシャル城塞都市を出立してほどなく、嫌というほど思い知らされることになった。「また敵襲撃です! 軍後方、東側より攻撃を受けています!」

「慌てずに態勢を立て直せ! 数は多くないはずだ! 深追いせずに撃退しろ!」

「は……はいっ!」

 慌てて戻る伝令兵を見送り、俺は心の中で舌打ちした。

 アメルス王太子率いる国王軍はゲリラ戦を展開してきたのだ。

 小規模な襲撃がほとんどだが、そう思った頃に、時には州兵も巻き込んだ中規模の攻撃をしかけてくる。

 攻撃されることが分かっていても、それがいつと分からなければ、一日中警戒を続けなければならない。

 それが実に厄介だった。

「王太子もなかなか、泥臭いことをやる」

 マラエヴァは皮肉気に、俺に向かって言った。

 救出されたマラエヴァは全体の指揮権こそ失ってはいるが、以前の俺同様、本隊中枢を護衛する立場に据えている。

「泥臭いが、有効な手段だ。伸びきった兵站。本国からは一切、兵の補給はない。対する敵は、地の利を得ており、どの州も王太子には協力的なようだ」

「どこに行っても、奴らの攻撃を受ける可能性があるというわけだ。――しかし、どうする? 今のところ大きな損害はないとはいえ、疲労がないわけではない。ここで虚をつかれると、まずいぞ」

「ああ。分かっている」

 マラエヴァは苦言を呈しながらも、特に新たな提案をしてくるわけでもない。

 今の境遇に満足しているはずはないだろうから、機を見ているのだろう。

 俺は思案した。

 マラエヴァの言うとおり、大打撃を受ける前に、手を打たなければならない。

「マラエヴァ、一時的に指揮権を預ける」

 俺の言葉にマラエヴァは目を光らせた。

「どういうことだ?」

「お前の言う通り、このままいけば我が軍は疲弊し、王太子に壊滅的な打撃を与えられかねない。むしろ奴らはそれを狙っている可能性も高い。――その前に手を打つ」

「分かった。――しかし、いいのか? オレに指揮権を預けても」

 そこで俺はにやりと笑った。

 マラエヴァは指揮権を奪うかもしれないぞと揶揄しているが、実際そんなことはできないだろう。

 王籍を返還したとはいえ、マラエヴァは自ら王であろうとする矜持は持ち続けている。

 そんな彼が、この空白を利用して、諸侯の前で指揮権を奪うようなことができるはずがない。

 それに今回は俺がマラエヴァを救った。

 この貸しを、そんな形で彼が無視することはできないだろう。

「この重要な局面で、お前が愚かな選択をするはずがないと、俺は信じているよ」

「言ってくれる」

 今度はマラエヴァが皮肉気に口を歪めた。

「――任せておけ。お前の打開策とやら、楽しませてもらおう」

 俺はマラエヴァとの話を終えると、聖教騎士団の幹部たちを天幕へと呼び集めた。

 この状況を打開する、大事な作戦を伝えるために。




 荒野をカザールの騎馬軍が、北東に向けて突き進んでいた。

 馬が駆けた後には、砂塵が長く尾を引いてゆく。

 夜も昼もなく、遅れる者はそのまま脱落させ、馬が潰れない程度の休憩を取りながら、彼らはひたすら目的地へと急いでいた。

 聖地奪還軍が進むルートからは大きく外れ、各州の関所を次々と通過して行く。

 本来ならばあれこれと検査するところだが、鬼気迫る彼らの様子を見た関所の役人たちは、恐れてろくな検査もせず、彼らの通過を許した。

急を要している軍を足止めして、あとで咎め立てされてはたまらないと役人たちも考えたのだろう。

 砂埃にまみれて黒ずんだ鎧を纏った騎馬の一団は、さらに東を目指した。

 そしてとうとう、カザール国の王都ファラドにまで辿り着く。

 通常ならば考えられないほど短期間での移動だったが、その分かなりの者が脱落した。

「あれだな」

 カザール兵に身をやつした俺とフェラニカは、薄汚れたまま、小高い丘の上から王都を見下ろす。

 俺とフェラニカだけではない。

 行動を共にした聖教騎士団の精鋭騎馬兵全てがカザール兵に偽装して、ようやくここまでたどり着いたのだった。

 何度か増援と思わしきカザール兵の大軍ともすれ違ったが、マラエヴァに一時的に委譲している本隊には、敵を引きつけるような戦いをするよう指示してある。

 その為、それなりの規模となる擬装した聖教騎士団の兵が移動していても、あまり見咎められることは無かった。

 夕暮れ時、家路を急ぐ人々が粒のように移動しているのが見える。

「ハンは既に中に入っているのだったな?」

「ああ。内部に放浪の民とつながっている者がいる」

 アメルス王太子は、王都内の兵を根こそぎ連れて行ったとバザンは語っていた。

 そこで俺は自らその懐へと、乗り込む策を考えたのだった。

「まず、ハンと連絡をつける。夜を待って、中へ突入するぞ」

「どれほど警備の人間がいるかだが……」

「それもハンから情報を得られるだろう。――だが、よほどのことがない限り変更はしない」

「よかろう。――しかし、相変わらずお前は、面白いことを思いつくものだな」

 そう言ってフェラニカはにやりと笑った。

 ハンとの連絡を部下に任せ、俺は久しぶりに体を休める。

 そして、夜半。

 半月が真上に昇り、淡く地面を照らしている。

 あれほど人通りが多かった大通りも人影が消えて、虫の声だけが小さく聞こえていた。

 カザール兵に身をやつしたまま、聖教騎士団の騎馬兵は静かに王都へ侵入し、ハンの部下の一人に手引きされるまま、全員無言で一路、王宮へと向かう。

 彼らもまさかここまで敵が侵入してくるとは思っていなかったのだろう。

 それが狙い目でもあった。

 篝火すら焚かれず、門番が居眠りをしているところへ、ハンの部下である司教が襲いかかった。

 門番は殺されたことすら気づかずに、そのまま言切れる。

 そして、王宮の内側から、静かに門が開かれた。

 俺が無言で手を振りあげて合図を送ると、従う騎馬兵が怒涛のごとく中へと侵入した。

 だが、誰も声は発しない。

 緊迫した空気の中、馬蹄だけが響く。

 王宮で出くわす兵はそれこそ数えるほどしかおらず、突然の無言の襲撃に慌てふためき、その場を逃げ出す始末だった。

 広い王宮を、無言の騎馬兵が侵略する。


 目的はただひとつ――、ドールン王の確保だ。


 王の身柄を確保し、王太子に会戦を迫る。

 王を盾に降伏を求めることも考えたが、カザール国内におけるアメルス王太子への地位は、日増しに高まっている。

 彼の手腕は、異国の人間である俺やマラエヴァですら、なかなかのものだと思っているだのから、カザール国民であればなおさらだろう。

 バザンからもそういう話は少し入ってきている。

 そこへ王を盾に降伏を迫れば、下手をすると太守たちは王を捨て、王太子を担ぎあげる可能性もなくはない。

 そうなれば、より状況は悪くなると思えた。

 ロモン教が親を大事にすることを、教義として説いていることは有名な話だ。

 諸侯たちの思惑はどうあれ、そのロモン教徒を国教とする国の王太子が、それに反するような行動をとるとは思えない。

 そんなことをすれば、国民からの期待を裏切り、彼の人気は地に落ちる。

 降伏となれば国の浮沈が関わってくるが、会戦であれば彼らにも勝機があると考え、交渉に応じる可能性は高い。

「見つけたぞ!」

 王の寝所を守っていた兵は不意をあっさりと殺される。

 中へなだれ込むと、突然の乱入者にさすがの王も起き上がった。

「うぬ……。何者か……!」

 ぼさぼさの髪に、長く伸びた鬚。

 必死に手近な武器を探そうとする彼の右腕を、兵士の一人がひねりあげる。

「大人しくしてもらおう」

「ぐう……!」

 痛みに顔を歪める王を改めて見直し、俺は静かに言い放った。

「ドールン王だな? 大人しくしていれば、手荒な真似はしない」

「お主、カザールの兵ではないのか……?」

 どこまでもおめでたい王だ。

「どうとでも思えばいい。――あまり時間がない。さっさと行くぞ」

 そう言って俺は、部下たちを促した。

 王はシーツを被せられ、そのまま寝所から引きずり出された。

 遠くで王宮の家臣たちの声が聞こえる。

「人が集まる前に撤退する! 王を落とすなよ!」

「は!」

 王の様子を見に来たのであろう家臣たちを切り殺しながら、俺たちは王宮を出た。

 まだ外は静かなまま、誰かが集まる様子もない。

 カザール国もまた、ライツア五王国同様、平和に慣れすぎていたのだ。

 月は未だ高い位置にある。

 ハンの部隊も合流し、カザール兵に身をやつした聖教騎士団の騎馬兵は再び、疾風のように王宮を後にした。


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