守りたかった闘う鬼
61階層へと到達して一週間。
剣也は文字通り鬼教官のもと訓練している。
眠るときは60階層へ行き、トイレなどは少し手間だが一階層まで下りる。
一月程度ならこの生活も我慢できるので、寝る間も惜しんで訓練している。
たまに外の様子を見ているが、田中さんからは問題ないと伝えられている。
「剣也君順応が速いですね」
鬼教官をすでに師匠と呼び素直に戦闘訓練を受ける剣也。
レイナも同じように訓練しているが、剣也ほど順応はできていない。
「そうだね、でもあんな話を聞いてしまったら…」
「ええ」
「おしゃべりしてる暇はないぞ! 一月で私を倒せるようになれ! さもないと殺す」
鬼教官の提示した条件は、一月。
その間に彼を倒せるぐらいの武を身に着ける。
闘鬼は剣にも精通しており、あらゆることを教えてくれた。
そもそも剣の握り方からして適当だった剣也とレイナにとってはあらゆることが目から鱗。
そして鬼教官の訓練が再開される。
「何度言ったらわかるんだ、ウジムシがぁぁ!!」
「サーイエッサー!!」
「ない頭で覚えれんなら身体で覚えんかぁぁあ!!」
「ぐはぁっ!! サーイエッサー!!」
「なんであんなにテンションが高いのでしょうか…」
剣也と鬼教官のテンションの高い訓練の横でレイナも剣を握る。
彼女もまた剣に関しては素人なので言われた通り訓練する。
剣也はうまくいかないと殴られているが、なぜか少し楽しそう。
…
「どうでしたか? 今日の訓練は」
「すごいよ、見る見るうちに強くなるのを実感する、体の使い方からして違う。このステータスを使った動きが僕はできていなかった」
訓練が終わり、睡眠に入る。
替えの服も持ってきているので、水浴びをして就寝する。
布団までは持ってきていないので、雑魚寝だが。
「世界はどうなってるんでしょう」
「わからない、田中さんからは塔に集中しろと、でも教官の話どおりならまだ大丈夫なはずだ」
「信じてもいいんでしょうか」
「どうだろう、でも僕には彼が悪いものには見えないんだ。すごく優しくみえる。訓練中は文字通り鬼みたいだけどね」
「ふふ、仲良さそうですもんね」
「うん、ちょっと顔洗ってくる」
流れる川で顔を洗おうとするとその前で教官を見つける。
座りながら川を眺めている。
◇闘鬼の記憶
「どうして! どうしてなんだ闘鬼」
(逃げてくれ……)
「信じていたのに、信じていたのに!!」
(頼む、私から離れてくれ…)
「やめてくれぇぇ!!」
(もう…やめてくれ……)
◇
「寝れないんでありますか、教官!」
すると闘鬼が驚いたようにこちらを振り向く。
「なんだ…剣也か。今は訓練中じゃないから普通でいいぞ」
そういうと闘鬼はまた川を見つめて目を合わせない。
うつむいたまま川を眺める、一瞬だったがその目には涙が見えた気がした。
「あ、そうですか? 闘鬼さん」
「……少し話せるか?」
いつもの雰囲気から一変しノスタルジックな雰囲気を醸し出す。
寂しそうな背中、いつもの大きな背中が少し小さく見える。
「今の世界はどうだ? どんな世界になった」
「そうですね、装備品で世界は変わりましたけど人は科学という力で空を飛べるようになったんですよ」
「ほう、神の力を使わずにか…科学…俺の時代ではなかったな」
「それに月まで行った人だっているんです」
「なに!? それは……すごいな。どうやって? そもそもあれはいくことができるのか!?」
そんな世間話というか現代の技術を高らかに話す剣也。
闘鬼の反応が楽しくてつい色んなことを話す、地球のこと、宇宙のこと、歴史のこと。
闘鬼は目を輝かせながら剣也の話を聞く。
「闘鬼さんの過去って聞いてもいいんですか?」
「私のか?」
「はい!」
「楽しいものでもないが、そうだな。お前には話すか。私の罪を背負ってくれるお前には」
そして闘鬼はゆっくりと話し出す。
◇過去
「はぁはぁはぁ」
一人の鬼がたくさんの鬼に追われる。
突然変異なのか、知能が比較的高く生まれた小鬼。
人間の言葉を理解し、勉強し、文化にすら興味を持つ。
そんな特異な存在。
しかしそれは群れで動くゴブリン達にとって気味悪い存在。
知能が高いだけで強くもない鬼は、同種に追われることになる。
かつて仲間だと思ったものに追われて彼は逃げることになる。
血を流しながら木に持たれるゴブリン。
何とか巻いたようだが、傷が深い。
お腹も減ったし、もうだめかと思ったとき、一人の少女が目の前に現れる。
「あなたケガしてるの?」
「!?…なんだてめぇ!」
「あなたしゃべれるの!?」
「……あぁ」
「私が手当してあげる! その代わり襲わないでね?」
「……」
すると少女はいなくなったと思うと薬草を持ってくる。
その薬草を傷口に張り付け布を巻いてくれた。
「どう?」
「あぁ、ありがとう」
小鬼は自然と感謝の言葉が漏れた。
まさかありがとうを言われるとは思っていない少女ははにかんだ顔で笑ってみせる。
「ふふ、どういたしまして!」
少女は兄と、この森に棲んでいるらしい。
身体の弱い少女の療養を行うため森にすんでいる、この森の薬草が聞くそうだ。
「ねぇ私と友達になってくれる?」
「はぁ!? 俺は鬼だ、魔物だぞ。お前らの敵なんだぞ?」
「そうなの? 貴方は私の敵なの? 私を倒したいの?」
少女はまっすぐと鬼に問う。
貴方は私の敵なのかと。
病気がちで世間に疎い少女は、魔物という存在を良く知らない。
「……変な奴だな、じゃあ食い物をくれ。そしたら友達になってやる」
「ほんと!? ちょ、ちょっとまっててね」
すると少女はパンと水を持ってきた。
それを手渡されたゴブリンは、食べ物を口にする。
初めて施しを受けた、初めて誰かに何かをしてもらった。
何の因果でこんな存在が生まれたかはわからない。
ただの偶然かもしれない、それでも常に仲間外れにされてきた鬼にとってはじめて誰かに何かをもらった。
「泣いてるの?」
「え?」
目から熱いものがこみあげてくる。
胸の奥が熱くなって、痛くなる。
感謝という気持ちを初めて感じた。
「行くところないんだよね? お兄ちゃんに紹介するから一緒にかえろ?」
そして手をつなぐゴブリンと少女。
小屋に帰って兄を待つ、ゴブリンはわかっていた。
本当は断るべきなのだろうがその温かい手を離したくなかった。
「ほら、笑って!」
「なぜだ」
「だって笑ってた方が味方っぽいでしょ。笑って」
「ゲヘヘ」
「なんか違う……」
そういって少女は笑う。
この森で療養するのは辛いだろう、病気でうまく体が動かないはずだ。
それでも少女は笑っているからゴブリンもつられて笑おうとする。
でもうまく笑えなかった。
「おーい帰った……サーシャ! そいつから離れろ!」
帰った兄がゴブリンの横に座る妹に叫ぶ。
しかしよくよく見ると仲良さそうにしていることにびっくりし手がでない。
「俺はゴブリン。少し言葉が話せる。こいつが友達になりたいというから付いてきてやった。迷惑なら離れる」
「しゃべる魔物!? 上位の魔物はしゃべるというが、お前ゴブリンだよな?」
「お兄ちゃん! この子はいい子なの! 私の友達なの!」
(いい子? 確かに害はなさそうだし知性も感じられる…)
「……本当か? この子を襲わないと断言できるのか?」
「……誓おう。お前達が神と呼ぶ存在に」
しばらく兄が思案する。
(襲うつもりならもう襲っているはず、わざわざここまでついてくる? 知能があるのも…ええい! わからん!)
「お兄ちゃん、お願い。初めての友達なの! お願い!」
しかし妹に嘆願される。
妹には弱い兄はそのまま根負けし許すことになる。
しばらく一緒に過ごすことになる兄と妹とゴブリン。
その結果が。
「おーい、ゴブリン! 薬草はとれたか?」
「あぁ、これだけあれば足りるだろう」
「お前本当に薬草見つけるのうまいな…」
兄とゴブリンは仲良くなった。
兄は武道家の長男で、いつも修行し、平行して薬草などを集めて生活していた。
しかし今では薬草集めはすべてゴブリンが行ってくれるし、案外気の良いやつのようで、兄とすぐに打ち解けた。
「お前は強くなりたいのか?」
今日も修行に精を出す。
正拳突きを繰り返す兄の横にその様子を見るゴブリンが一匹。
「ん? あぁ元々強いお前らにはわからんだろうがな、といってもゴブリンは弱いか」
魔物と人間の差は歴然。
力は言わずもがな、有利な点といえば数、そして知性。
それでも天災級の魔物には歯が立たないのが現状。
「こうか?」
するとゴブリンが横に立ち真似るように正拳突き。
「おお、やるじゃねーか」
「もっと教えてくれ。俺は強くなりたい」
「ん? 勝ちたいやつでもいるのか?」
「いや、弱いことの辛さを知っているだけだ」
かつて同種であり、仲間であるはずのゴブリン達に殺されかけた記憶がよみがえる。
「あぁ、いいぜ。俺はこれでも町一番つえーんだ」
辺境の町の武芸の一家。
田舎の町だがそれでもその町を守る仕事を担う武芸の家に兄は生まれた。
今は妹の療養中なので、任を解かれているが。
…
時は立ち、数年後。
「お前随分とデカくなったな」
「そうか?」
「ゴブリンってそんなにでかくなるのか?」
「いや、知らん」
すでに兄すら超えるゴブリン。
種族でいえばホブゴブリンなのだろうか、ゴブリンは進化していた。
魔物が進化するメカニズムはわかっていないが、確実に進化していた。
そして技術は、兄から学び今では組手では兄と五分の戦いを行えるまでになった。
むしろ押してすらいる。
「こりゃいよいよ、神器付けなきゃ勝てねーな」
「神器?」
「あぁ、うちの家に代々伝わる神からの授かりものだよ、どっかの国じゃ生贄とか捧げて神様に力分けてもらうんだと」
すると兄は神器を付ける。
彼の手には小手がつけられた。
「よし、これでいっちょやるか!」
「お兄ちゃん頑張って!! ゴブリンも!!」
そんな日々が続いていく。
ゴブリンは楽しかった、毎日が楽しかった。
「なぁ、俺の名前はゴブリンだと思っていたがどうもこれは種族の名前らしい」
「そりゃそうだろ、とはいえ俺たちもずっとゴブリンって呼んでたしな。名前つけるか、今更だが」
「ねぇ、私がつけていい?」
すると妹が声を上げる。
もう体調もずっと良くなって今では元気に走り回れるほどだ。
「あぁ」
「闘う鬼だから闘鬼! とうきって読むの! ねぇどう?」
「いいんじゃねぇか? 呼びやすいし、どうだ? 闘鬼」
「闘鬼……俺の名前か、嬉しい。ありがとう、サーシャ」
闘鬼はサーシャの頭をなでる。
サーシャはこれが好きだった。
自分の頭よりもおっきな手にわしゃわしゃされるのが気持ちいいし温かい。
「えへへ~」
褒められてうれしそうにする妹。
それから彼らは自分達の町に戻ることになる、闘鬼もついてくることになったが小さい町なので説明すればわかってもらえると。
最初こそ戸惑った闘鬼だが、それでも彼らの誘いを断りたくなかった。
「闘鬼、しゃべり方を変えよう。自分のことは私と呼ぶように」
「なぜだ?」
「そりゃその方が丁寧だし、害がなさそうだろ? できるだけ丁寧に話すんだ」
「わかった」
「あと笑え」
「ゲヘヘ」
「やっぱりなしで、悪者に見える」
そして町へと繰り出す兄と妹と闘鬼。
きっと石でも投げられると思ったが、それは杞憂に終わる。
町での彼らの道場の影響力は大きく闘鬼は受け入れられた。
とはいえ、警戒は怠らない。
何かあったら自分が何とかするという兄の必死な願いに心動かされた町民がしぶしぶ受け入れる形だ。
しかし信頼を勝ち取るために兄の提案した内容が功を奏した。
町に侵入してくる魔物を撃退するということだ。
その企みは成功し、次第に闘鬼は町での地位を確立していく。
「私がこの町の門番?」
「あぁ、どうじゃ? お前さんならとみんな了承しておる。やってくれんか?」
最初こそ警戒していた町民も何年も年十年もその村を守る闘鬼を見て遂には心を許す。
兄はおじさんになり、妹は子供を産んだ。
それでも来る日も来る日も町を守り続けた闘鬼は、町民からの信頼を勝ち取った。
その結果が町の代表からの直々の使命。
町を守る門番という役目をもらう。
「おぉ闘鬼! ついに正式に門番なんだって? ケチな祝いだが、ほら!」
すると果物屋がリンゴをくれた。
「ありがとう」
町を歩くと子供たちに遊んでとせがまれる闘鬼、店の前を通るとお祝いと何かをもらえる。
優しく強い鬼は、みんなの味方。
誰にだって優しくて、強くて、町を守る守護者のことがみんな大好き。
それが闘鬼。
みんなを守るために闘う鬼。
みんなを愛し、みんなに愛された唯一の鬼。
「これが幸せか。小さいな。昔のお前より」
妹サーシャの子供を抱きながら闘鬼は言葉が漏れる。
自分の手のひらほどの大きさの赤子。
「ふふ、赤ちゃんだからね。この子も守ってくれる?」
「あぁ、もちろんだとも。この命に代えても」
大きな体の中に埋もれる小さな命。
それでも確かに鳴動するその命に思いをはせながら絶対に守ろうと心に決める。
「バブーバーアバーブー」
「ふふ、あなたを見て笑ってるわね。安心してるのかしら……あら! 闘鬼! あなた!」
赤子の無邪気な笑顔を見て闘鬼が笑っている。
作った笑顔ではない、自然とかってに笑う。
「そうか……これが笑顔か」
初めて心から笑うことができた闘鬼。
かつて自分を救ってくれた優しい少女は大きくなり子を生むまでになった。
その小さな存在を抱きしめて、この手で護ることができる事実に幸せを感じていた。
「まもってみせる。絶対に」
そう心に誓った。
『ユミル……』
誓ったはずだったのに……。
「うぐっ!」
「どうしたの? 闘鬼」
「うがぁぁ!」
「闘鬼!?」
「は、離れろ! サーシャ。に、にげろ!!」
突如闘鬼の頭に闇が襲う。
遠く離れた辺境の町。
世界で起きていることも知らないこの町をたった一人の少年の闇が襲う。
愛する少女を焼かれた恨み。
その闇は全ての魔物を襲う殺意の衝動。
復讐の願い、少年の世界に対する怒り。
こんな世界はいらない、彼女のいない世界なんて。
だから。
「うがぁぁぁぁぁぁ!!!」
『この世界を滅ぼしたい』




