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なぜダンジョンに潜るのか

「とりあえず生で!」


「いや、僕ら未成年ですよ!」


「え? あぁごめんごめん、いつものノリで頼んじゃったわ」


 サオさんが大学生のノリで生を人数分注文しようとする。

残念ながら僕らは高校生なのでソフトドリンクとなる。


 席は自由に座っているが、僕の前には天道さんが座っている。


「あれから傷はどうだ?」


「はい、跡は残りましたが全く支障はないです」


「そりゃよかった」


 そしてその横には田中一世さんが座っている。


「30階層まで到達したらしいね。あれからまだ一月と立っていないことを考えれば異例の速さだよ」


「今週40階層を目指そうと思います、装備がよかっただけですんで気を引き締めないと」


「30から40階層はBランク、40階層からはAランク推奨だ。今の坊主と勇者のステータスなら50階層まではいけるだろう」


「はい、頑張ります」


「あぁ、頑張ってくれ。あとAランクが錬金できるようになったら教えてほしい」


「?…わかりました」


 田中さんが剣也がAランクを錬金してその上のランクの装備を作り出せるようになったら連絡が欲しいとのことだ。

まだ先だと思うが了解する。

次のレベルまであと80万DP近くある。

50階層へと到着する頃には溜まっているかもしれないが。


「奈々ちゃん、彼氏っているの?」

「いませんけど…」

「じゃあさ、今度俺とご飯いこう。イタリアンとフレンチだったらどっちが好き?」

「え? イタリアンのほうがどちらかというと」

「じゃあ決まりね、予約しておくからさ」

「あ、あの…」

「ちょっと待ってね、あーもしもし、今度の日曜空いてます? そう、そうよろしくでーす」

「え、えぇぇ……」


 電光石火で奈々との食事に取り付ける竿人。

剣也は席が離れており、よく聞こえないし、気づかない。


 一番端っこの席で竿人と奈々が会話する。

横にはべろんべろんのノア(27)がいるが出来上がるのが早すぎる。


「奈々ちゃ~ん、こいつには気を付けてね~~、サオも遊びだったら殺すわよ~」


「ノアさん、これは本気っすよ。奈々ちゃんもとりあえず友達からよろしくね」


「は、はい…」


 あまりの押しに恋愛経験皆無の奈々はたじたじ。

でも竿人は本気のようで、いつもとは違う感じからノアも強くは止めなかった。

竿人は奈々を褒め殺し、奈々はあたふたと照れ隠しでドリンクを飲む。



「レイナさんでよかったかの?」


「はい、佐々木さん。ゴブリンキングの時はありがとうございました」


「なーに助け合いじゃ。どうじゃ、ダンジョンは」


「今は楽しいです。いろいろな世界があの塔には広がっていて」


「はは、そうじゃろうそうじゃろう。わしがあの塔に潜ったのは20年前のことだ、あの頃は激動の時代じゃったな……」


「装備品が世界を変えたと聞いています。私はそのあと生まれたのでよくわかりませんが」


「そうじゃな、色々なことがあった。世界は兵器の時代から装備品の時代に変わった。あの時は震えたよ、鍛えに鍛えたこの技が生かせる時代がくるとはな」


 20年前から達人だった佐々木一心は、ダンジョンの登場により、ただの武芸の達人から本物の強者へ。

兵器の前になすすべのなかった技たちは、突如優劣が入れ替わる。

そんな激動の時代を超えて、彼ら宵の明星は最強のギルドへと成り上がる。

佐々木一心と天道龍之介の二人で下手すれば小国を落とすことすら可能なのは異常ともいえるだろう。


 他愛もない会話がなされる。

酒の席は盛り上がり、二つのギルドの仲は深まる。


「そういえば、天道さんが塔に潜る理由はなんですか?」


 剣也が何気なく口にする。

自分自身田中に聞かれた質問、ならば天道も田中に聞かれているのだろうと。


「……金だな」


「金ですか」


 案外俗物的な答えが返ってきた。

世界を救うためとか高尚な考えがあると勝手に思っていた剣也としては少し残念だが。


「じゃあ、一世さん。俺は用事があるんで先に行きます。ついでに病院によっていきますから」


「あぁ、そうだったな、お疲れ龍之介」

「お疲れ様です、団長!」

「あ、そうなんですか。お疲れ様です、天道さん」


 すると天道だけ立ち上がり飲み会を後にする。

今日は夜から別の用事があるらしいので、先にお暇するらしい。

天道が、席を離れて剣也の横に田中あかねさんが座る。


「龍さんは相変わらず素直じゃないな~」


「素直じゃない?」


「ふぅ、そうだね、剣也君には話しておこか。少し聞いてくれるかい、私が塔を目指す理由、そして龍之介が塔を目指す理由を」


「お金ではないんですか?」


「まぁ、お金といえばお金なんだがね……少し私の話からしようか。私はね、あの塔で両親を亡くしているんだ」


「それって…」


「あぁ私がまだ高校生の頃か、両親は探索者でね。あの塔から帰ってこなかったんだ。死体もないが、まぁあの時はよくあることだった」


「そうですか…」


 今ほど各階層の情報がない時代。

今よりもはるかに死者数は多く、毎日のように人が死んでいた。

それが日常であり、しかし夢でもあった。

騎士の小手ですら今の数倍の値段で売られていたというのだから稼ぎは圧倒的だっただろう。


 田中さんが高校を中退していたと言っていたがそういった理由があったのか。

ご両親のことは、てっきり事故や病気だと思っていたが、探索者として亡くなっていたとは。


「それからだね、私があの塔に興味を持ったのが、当時こそ恨んだが、今は知りたいという思いしかない。しかし残念ながら私は職業が得られなかった。だから別の方向からあの塔を目指すことにしたんだ」


「それが株式会社ウェポンですか」


「そう、ささやかな私の抵抗といったところか、しかし転機が訪れた。あるギルドの団長の女性と……恥ずかしながら恋愛関係に発展してね」


 田中さんが少し恥ずかしそうに懐かしむように過去を話す。

いつも余裕のある田中さんのその笑顔は寂しさもはらんでいるように見えた。


「みどりのことじゃな。儂の一番弟子じゃったんじゃがな…」


「そう、旧姓を天道みどり、そして今は田中みどり。私の妻、そして龍之介の姉でもある」


「そんな人がいたんですね。天道さんと個人的に仲良くしているって言われてたのは家族関係だったんですね」


 剣也は田中の指に輝くプラチナの指輪を見る。

色あせることない、永遠の愛を誓うその指輪は、錆びることなく輝き続ける。

その視線に気づいた田中が指をなぞりながら思い出すように語りだす。


「あぁ、そこからかな。会社も軌道に乗り始め、そして龍之介の才能が開花、佐々木さんをはじめとする多くの才能がそのギルドに集まった。ギルドの名は太陽。聞いたことあるかな」


 ギルドの名は太陽。

太陽のない塔の中で、最も高く昇り他の探索者を照らせるようにと当時の団長 天道みどりがつけた名前。


「はい、確かかつてのトップギルドだったという事ぐらいですが、まさか天道さんのお姉さんのギルドだとは。解散したと聞いてます、みどりさんは今どこに?」


「そうだ、解散した。壊滅的なダメージを受けてね」


「わしらはダンジョンを侮った、破竹の勢いで攻略しておったわしらはあの魔塔を侮ったんじゃ」


 油断は、突如悪意となって探索者達を襲う。

それはエクストラボスに殺されかけた剣也達も同じこと。

あのダンジョンでは、何が起きるかわからない。

当時の最強ギルド【太陽】も油断から足元をすくわれた。


 佐々木さんが当時の苦い思い出を辛い顔で話し出す。

日本酒を飲みながら話す老獪な剣豪に哀愁が漂う。


「そこで、みどりが致死性の傷を負ったんじゃ。助かるような傷ではなかったが、なんとか生きたまま病院に運び込んだ、儂と龍之介で何とかな」


「連絡を受けていた私がまだ世界に一つしか発見されていない治癒の腕輪を何とか手に入れて瀕死のみどりに装備させた、会社が傾くほど金を積んだがまぁあの時は動転していてね。もっとうまくやる方法もあったのだろうが」


(治癒の腕輪、噂だけは聞いていたけど実在したんだ)


「それでみどりは何とか命を繋ぎ止めた、しかし今なお目覚めていない。もう10年になるね、あの腕輪の治癒力とみどりが死に向かう力が拮抗しているのだろうか、まだ目が覚めないんだ」


「そんな……」


「そしてその腕輪を借りる時に交わした契約が日に一億……まぁぼったくられてね。だからそれを稼いでいる」


「そ、だからかっこつけてお金のためなんてね。ほんと昔っから言葉足りないんだから、龍さんは」



◇病院にて(天道龍之介)


「面会よろしいですか?」


「あ! 天道さんですね。どうぞどうぞ、今日はいつもより顔色がよさそうですよ」


 夜の病院に一人の探索者。

担当しているナースに天道龍之介が一礼して病室の扉を開ける。

ここは探索者専門の24時間空いている病院、剣也も治療を受けていた伊集院先生が在籍している病院。


「確かにちょっと顔色がよく見えるな」


 龍之介は、花の水を変える。

椅子をもってきて隣に座る、眠る姉の白い手を握った。


「もう少しなんだ」


 蘇る記憶。

まだ若く怖いものなど何もない。

全能感がぬぐえない若気の至り。


 あの時油断した自分をかばって姉は致命的な傷を負った。

即死でなかったのは装備品達のおかげだろう。


 龍之介は今でも悔やんでいる。

だから自分が姉を救わなければならない、自分のせいでこうなったのだから。

あれからがむしゃらに頑張ってきた、世界最強と呼ばれるぐらいには。


 それでも救いたい人を救えないことに歯噛みしながら塔を目指す。

あの塔の頂に何があるかわからないが、あそこにしか姉を救う方法はない気がするから。

きっと自分にしかできない役割があるはずだから。

 

「あと10階層であの塔が終わるんだぞ……いつまで寝てんだ、姉貴」

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