モブにはモブの矜持がある
2/5 の本日二つ目です。
読み飛ばさないよう注意お願いします。
「大和田!?」
眼鏡をはずすと、大和田はその場で膝をつく。
そして…。
「御剣氏! 本当にすまなかった!」
額をこれでもかと地面にこすりつけて剣也に謝る。
「ど、どうしたんだよ! いきなり! 大和田に何かされた覚えはないぞ?」
「いや、私は卑怯者だ。これでは愛した嫁達に申し訳が立たない。私の中の正義の心が叫ぶのだ! この卑怯者が!と」
「話が全然わかんないよ! よ、嫁ってなんのことだよ…」
(しかも達って…あ、そうかただのアニメの嫁達のことか…)
そして大和田は全てを話し始めた。
「御剣氏には話そう…いや、話さなければならない。この卑怯で、情けないモブの話を」
そして大和田は土下座の真意を話し出す。
◇大和田視点
あるところに、アニメが好きな少年がいた。
少年は、アニメの中のかっこいい主人公達が大好きだった。
いつだって彼らは正義をなして、ヒロインや仲間を救ってきた。
その姿に憧れて、そんなヒーローになりたくて。
自分も主人公になれる気がして。
そしてあるところに、暴力と金ですべてを解決する悪い男がいた。
傍若無人、まるで暴君のようなその男はやりたい放題し多くの人間を傷つけた。
その取り巻き達も調子よく王に付き従った。
その名は佐藤。
日本を代表する会社の息子だ。
アニメ好きな少年は、正義を為そうとした。
まだ中学生だが、自分でもあのヒーロー達になれる気がして。
佐藤にいじめられている少年を守ろうとしたのだ。
しかし力のない正義は、力のある悪には何もできなかった。
そしていじめの標的はその少年に変わる。
この少年こそが、中学時代の大和田だ。
佐藤は、大和田を虐めた。
いじめなどと生温い言葉ではなく、犯罪を犯した。
大和田が抵抗したり、警察にいったりすると親の会社をつぶすと脅される。
彼の親ならその力もあると理解していた大和田は誰にも相談できずに、日々を過ごす。
懸命に日々を生きることができたのはアニメや、漫画があったからだろう。
その世界への逃避が彼の精神を保っていた。
しかし大和田の心がどうしよもなく傷つく事件が起きる。
それは、かつて彼が助けたはずの少年によるいじめの加担。
佐藤から助けたはずの少年は、佐藤に命令され自分を虐めた。
彼を責めることはできないが、彼はいつの間にか佐藤一派に加わることになる。
佐藤を持ち上げに持ち上げ、気分を良くするように。
二度と虐められないように、佐藤にへりくだる。
このとき大和田の正義は壊れた。
もう生きていくのも嫌になった大和田は、自殺を考えるようになる。
しかしある日を境にいじめがピタリと無くなった。
新しいおもちゃの登場だ。
そのおもちゃこそが…。
◇
「御剣氏がいじめられたとき! その時! 私は!」
大和田が声を荒げる。
「私は…助かったと思ってしまったのだ…」
涙を流しながら大和田は答える。
「もう虐められなくて済む。そう思ってしまったのだ! よかったと。御剣氏がいじめにあっているのに、自分じゃなくなってよかったと!」
いじめの標的が自分から他に変わり、大和田は平穏な毎日を過ごすこととなった。
しかしずっと後ろめたさを感じていたのも事実。
「その時私は、実感したよ。私はこの物語の主人公ではなかったと、ただのモブだと。正義を為すなど大層なことができるようなキャラではないと…」
「大和田…」
「だから謝りたかった。本当はもっと早く。佐藤がいなくなってから君に接触したのはそういう理由があったんだ」
大和田が、佐藤がいなくなってから毎日のように話しかけてくれていたのにはそういう理由があったのか。
剣也は、不思議に思っていた原因を理解する。
「君はあの佐藤に勝利した。詳細は知らないがあの日の土下座を見ればわかる。君が倒したのだろう。そして私が佐藤一派の今までの悪行をリークしたのだ。佐藤の力を失った彼らは簡単に敗北を認めたよ」
僕が佐藤を殴った翌日、校庭で起きた土下座騒ぎ。
それをみた大和田は確信した。
そしてそこから大和田が暗躍した。それが佐藤一派が転校した理由、大和田がリークし学校が決めたこと。
示談金とそれぞれが遠くに引っ越すことを条件に刑事罰はなしということとなった。
「だから今日、やつらがいなくなって区切りとなった今日…御剣氏に謝ろうと思ったのだ」
そして大和田は再度額を地につける。
「御剣氏! 本当にすまなかった! 許してほしい。もう一度正義を為せなかった卑怯者の私を! ただ震えていることしかできなかった私を!」
剣也は、呼び出された理由を理解した。
「そっか…」
剣也は理解した。
大和田の気持ちを。
剣也にはわかる。
大和田の気持ちが痛いほど。
もし自分が同じような境遇になったら行動できただろうか。
大和田が虐められていたのは中学、そして高1のころ。
クラスも違うし、日々に忙殺されていた剣也は知りもしなかったが。
あの辛い毎日が終わるのなら他人の不幸を受け入れてしまったのではないかと。
他者から見たら些細なことでも、当事者にとっては生きることすら辛いと思わせるいじめという犯罪。
そして剣也も膝をつく。
何も言わずに大和田を抱きしめる。
「ありがとう、黙ってることもできたはずなのに話してくれて、謝ってくれて…」
「御剣氏…」
「許すよ。上からになってしまうけど、今はその言葉が一番響くと思うから。それと僕達は友達になれると思うんだ! 同じ痛みを知ったもの同士ね」
「こ、こんな卑怯なモブが主人公殿と友達になってもよろしいのか」
「何言ってるんだ、君の人生は君が主人公だろ。それに僕は大和田みたいな奴が結構好きだ、君はかっこいいよ」
「うぉぉぉーーー」
大和田はさらに涙を流す。
剣也もいつの間にか目が潤んでいた。
そして二人は、昼休み一杯を使って語り合う。
友達として。
佐藤に起きたこと、剣也に力、いろんなことを話し合った。
同じ痛みを知る者同士仲間というにはまだ浅いが、友と呼ぶには十分だった。
…
「あ、剣也君おかえりなさい…そんなに仲良しでした?」
教室に戻る剣也を見てレイナが不思議そうな顔をする。
なぜかお互い目を腫らし、赤い目をしている男二人。
肩を組んで楽しそうに教室に入る。
きっと心が通じ合ったのだろう。
「男友達っていいもんだね!」
「女性にはわからんものも多いですからな! あ! 差別ではない! 区別ですぞ!」
「はは! わかってるよ。それもアニメのセリフなの?」
「私の8割はアニメと漫画でできていますからな! 今度私のおすすめアニメ鑑賞会を行いましょう、御剣氏! きっと気に入るはずだ! まさか殆ど未履修とは驚きましたぞ!」
「なかなか余裕がなくてな。僕の家にこいよ。大きなテレビを買ったんだ!」
「ぜひ伺わせてもらいます!!」
楽し気な二人を唖然としながらレイナは見つめる。
でも剣也も楽しそうなので、不思議な顔をしながらもレイナも不思議と温かくなる。
男の子同士の会話はよくわからないが。
予鈴がなり、昼休みが終わる。
そういえばお昼を食べていないが、まぁ今日ぐらいは良いだろう。
胸いっぱいの気持ちだし。
ガラガラガラ
「おーい座れー! HRはじめるぞー」
そして今日午後はホームルーム。
担任の先生が教室に入り、席につかせて、授業はない。
なぜかって? あのイベントが近いから。
夏休み前のこの学校の大イベント、すべての学生にとっても大イベントの一つ。
「じゃあ、文化祭の出し物をきめるぞ!」




