掃除と引っ越しと新生活
「じゃあ、ギルド御剣一家の最初の仕事を発表します!」
「なになに?」「ワクワクする!」「なんですか?」
「それは…」
そして剣也は立ち上がり何かを取りに行った。
戻ってきた剣也がもってきたそれは…
「掃除と引っ越し!」
剣ではなく、箒を持った戦士が立つ。
今日でこの部屋ともお別れだ。
(ありがとう、今まで僕らを守ってくれて)
感謝を込めて全員で掃除を開始した。
…
引っ越し当日 日曜日。
「いやー御剣様! まさか即金で全額ご用意されるとは、今後ともどうかよろしくお願いしますよ! 御剣社長!」
マンションの契約を新居で根津さんと行った剣也は、ハンコを押す手が震える。
根津さんはにぎにぎと手でごまをすりながら笑顔で告げてくる。
「はは、確かに一応社長ということになるんですかね…」
ギルド御剣一家は、結局のところ法人なので高校生社長の誕生だ。
手続きは全部奈々と田中さんの会社の人頼みだが。
(このハンコを押したら5億か…ごくり)
「ほい!」
「あ! 美鈴!」
「もう、こういう時はスパッといかないと! ねぇ先輩」
そして剣也は契約した、美鈴に背中を押されたのは不本意だが。
十畳一間の最底辺から、セレブひしめく最上位層へと駆け上がる。
「では、こちらが鍵となります。何かご入用の時はなんでもご連絡ください! では私はこれで失礼いたしますね」
そして根津さんからカード型の鍵をもらい、剣也達は部屋に入る。
「今日からここが私達の家…今でも信じられない」
奈々が大きなキャリーケースを持ちながら玄関で固まる。
大した荷物もないし、冷蔵庫や洗濯機など家具はすべて新調することになったので荷物はほとんどない。
「兄も同じ気持ちだよ…とりあえず荷物ほどこうか」
剣也も玄関で固まる、その後ろにはレイナ。
そして誰よりもはしゃぐ少女が一人。
「ひゃっほー!! ねぇ先輩! 私自分の部屋がほしい! ねぇお願い! あ、冷蔵庫もおっきいの買ってね。テレビは映画館みたいなやつ!!」
美鈴だけが、はだしで部屋を駆ける。
ソファにダイブし、剣也にねだる。
わがまま娘は健在だが、そういう子ほどかわいがってしまう親の気持ちもわかるというものだ。
「そうだな、まぁまず部屋割りを考えようか…」
荷物を置いて全員がソファと机の周りに座る。
まずは誰がどの部屋を使うかを決めることにする。
そして僕は部屋の間取り図を机に広げた。
まず今剣也達がいるこのリビング、ここはギルドの本部として利用することになる。
図には、80畳と書かれている。つまり僕の家の8倍だ、広すぎるだろ。
「とりあえずこの部屋はみんなで共有で使うことにする。食事とかまぁ適当に使ってくれ」
「意義ナーシ」「はーい」「わかりました」
そして個人用の部屋がちょうど4つ。
30畳、10畳、10畳、15畳となっている。
図面上も左から30,10,10,15と横一列に並んでいる。
僕達はその部屋が並ぶ廊下まで来て、部屋の様子を見る。
「じゃあ僕がこの部屋をもらうね」
そして30畳の部屋が僕の物になった。
これは満場一致で即決まった、王シリーズを納品する必要もあり、錬金の種もおいておく必要があるため大きな部屋が必要だ。
それに仮にも剣也はこのギルドのマスターなので、これは問題ない。
問題は…。
「ジャンケン! ポン!」
「よっしゃぁぁ!!」
「くそー」
どうやら勝者は美鈴のようだ。
ジャンケンで部屋割りを決める、レイナは不参加のようで奈々と美鈴の一騎打ち。
「ははは! これで15畳は私の部屋ね、ごめんね奈々、レイナさん」
「うー居候のくせに」
「あー! それは言うの禁止! 私もギルドの一員なんだからね! 社員よ、私!」
「では残りの二部屋ですね。私はこちらがいいです」
「じゃあ私はこっちね」
そしてレイナが指さすのは、剣也の部屋の隣。
奈々は美鈴とレイナの間。
「剣也君、隣同士ですね。私の隣にはいつもあなたがいる」
レイナは剣也に微笑む。
余りに自然に、あまりに優しく。
あの日から彼女はよく笑うようになった。
「う、うん」
僕はその不意な笑顔を向けられてつい見とれてしまう。
二人の間に花びらが舞う、その様子を見た美鈴が慌てて声を上げる。
「ちょ、ちょっと! あー私部屋小さくてもいいかなー、そういえば私部屋小さい方が好きだったわー。なんか落ち着くし? レイナさん替わってあげてもいいよ? ってか替わって欲しいなぁ」
「嫌です」
レイナは否定する。
絶対に譲らないという意思を込めて。
「はい、美鈴はこっちねー。一番あんたが危ないんだから、夜這いとか仕掛けそうで」
「ちょ、ちょっと奈々! 裏切るの!」
そして奈々に背中を押されて美鈴は、剣也から一番遠い部屋へと連れていかれる。
「はは、じゃあ僕達も荷物をほどこうか。といってもほとんどないけど」
「はい」
そして4人はそれぞれの部屋でそれぞれの荷物をほどく。
(レイナはもしかして僕のこと好きなのかな…)
剣也は荷物をほどきながら考えていた。
明らかに好意を感じる行為が増えた。
しかし剣也はレイナの過去を知っている。
余りに辛い過去を。
だから今のレイナはたまたま助けてくれた人になついているだけ。
本当の気持ちじゃないはずだ、まるで生まれたてのヒナが初めて親鳥を見たように。
絶望の淵、傍にいた僕を英雄視しているだけなのだろう。
いつか本当に、僕のことをレイナが好きになってくれるならそれはどんなに幸せだろう。
剣也自体も最初からレイナには憧れていた。
美しい姿に憧れて、美しい戦いに憧れて。
でも今はゴブリンキングとの闘いを経て、彼女の強さを知って。
彼女の過去を知って、護りたいと思って、そしてあの髪飾りをあげた夜に心奪われて。
この気持ちに名前を付けるなら多分恋なのだろう。
彼女を思うと幸せな気持ちになる。
高校生だ、思春期真っただ中だ。
そりゃ一人で慰めることもある、あの狭い部屋では問題なのでお風呂とかでだが。
なのに最近は彼女を思うと何回お世話になったかもわからない剣也のお気に入りの動画達ですら手につかない。
日に彼女のことを考える時間が増えている気がする。
しかし今はフェアじゃないと思っているのは事実。
馬鹿正直でお人よしの剣也は、深く傷ついた少女に優しくした今は卑怯と考えていた。
まるで失恋したての女の子に近づく男のようだと。
(どしたん? 俺でよければ話聞くでぇ?)
脳内で男性器を催した擬人化存在がイメージされる。
泣いている女の子に近づく身体目当てのクズ〇ンポ君。
(はは、まるっきり同じだな)
それでも…。
「まぁレイナが彼女なら幸せだろうけど」
剣也は自室で独り言を言って軽く笑う。
彼女のような美人で優しく強い少女が彼女ならどれだけ嬉しいだろうと。
つい思っていたことが口に出てしまった。
背後に立つ一人の少女の存在にも気づかずに。
「わ、わ、わ、私でよければ! か、彼女に!」




