第三十三話 青葉の危機
「すると、青葉を狙っている連中が、花ともう一人の同級生にちょっかいを出してくる可能性があるということか?」
大樹と花の生活スペースにある大樹の執務室で大樹と亀谷は向かい合ってソファに座っていた。
「へい。稲山会の残党というところらしいです」
巨大だった稲山会本部は既に死に体で、名目上は五代目総長が選ばれていたが、その選出に納得していない組長も多く、既に分裂状態であった。
「やれやれ、まだ動き回っているのか?」
「まあ、元々の組織が大きかったですからねえ。末端の組織まで統率は取れていないようですし、破滅的な行動しかしない馬鹿な連中もいますからねえ」
「とにかく、花の護衛をさらに強化しておいてくれ」
「青葉が付いているんで大丈夫かと思いやすが、フォローを厚めにしておきやす」
「それと、花の友達の、根本さんと言ったと思うが、そちらにも護衛を付けてくれ」
「分かりやした」
花がリビングのソファに座って大樹を待っていると、大樹が戻ってきた。
「ごめんよ。もう仕事の話は終わったから」
花に話しかけてくる大樹の顔は穏やかだったが、花にはどうしても心配なことがあった。
「大樹さん」
「うん?」
ソファの隣に座った大樹に花は真剣な表情で声を掛けた。
「どんなお仕事の話だったんですか?」
「ちょっと込み入った話だったけど、花が心配することじゃないよ」
「でも、亀谷さんって、お義父様や大樹さんの護衛をされているんですよね?」
「そうだよ」
「その亀谷さんから話があったってことは、お義父様か大樹さんに危険なことが起きようとしているんですか?」
大樹との出会いの時。
二人は大勢のヤクザどもに取り囲まれ、拉致されようとしていた。その時の記憶がよみがえった花は、そんな危険なことが、また大樹に襲いかかろうとしているのではないかと、心配でたまらなかった。
「大丈夫だよ。危ないことはもうないよ」
「本当に? ほんとにほんと?」
花は大樹に迫ったが、大樹の表情は穏やかなままだった。
「本当に本当だよ」
「嘘、吐いてない?」
「吐いてない」
向き合って大樹の顔を見つめていた花であったが、姿勢を戻すと、頭を大樹の肩に置いた。
「ごめんなさい、大樹さん。でも、どうしても大樹さんのことが心配で……」
涙がにじんできた花の頭を大樹が優しく起こして、見つめた。
「花。正直に言おう。今、危険が迫ってきているかもしれないのは僕じゃなくて花の方なんだ」
「えっ? どういうこと? 私が大樹さんの奥さんだってばれたんですか?」
「そうではなくて……。花」
視線を落として、少し躊躇した感じに見えた大樹であったが、視線を花に戻すと、しっかりと花を見た。
「はい」
「花の同級生に如月青葉さんという人がいるだろ?」
「う、うん」
大樹の口から思いも掛けない名前が出て、花も戸惑った。
「今回の危険は、如月さんがターゲットなんだ」
「ど、どうして青葉ちゃんが?」
「それは彼女の生い立ちに絡んでいることだから、今、僕の口からは言えない。彼女自身が話してくれるだろう」
「……それは青葉ちゃんも知っているの?」
「もちろん。如月さんは、花に迷惑を掛けたり、不安がらせることをしたくなかったから、今まで黙っていたんだよ」
「青葉ちゃんが……」
「ごめんよ、花。僕もそうだ。ことが終わるまで花には何も知らせないでおこうと思っていた。でも、嘘は吐かないって約束もしている花の顔を見たら苦しくて、正直に話すことにしたんだよ」
「……」
「でも心配しないで。如月さんは自分を守るだけの力を持っているし、亀谷たちも全力で守るって言っているから。花だけじゃなくて、如月さんもね」
「う、うん」
「花」
花が顔を上げると、大樹が少し不安げに花を見つめていた。
「僕と結婚したこと、後悔しているかい?」
「ううん。だって、私は飛鳥大樹の妻になったんだもん。覚悟の上だよ」
「……花!」
大樹は我慢できないように花を抱きしめた。
次の日。
花が春の家から出ると、青葉が立って待っていた。
「おはようございます、花さん」
「お、おはよう。どうしたの?」
「どうしたのとは?」
「だ、だって、家の前まで来てくれて」
「朝早く目が覚めてしまったので散歩がてら来ました」
「そ、そうなんだ」
大樹は、青葉の過去のことは何も話してくれなかったが、青葉は自分のことは自分で守るだけの力は持っていると言った。
学校でも抜群の運動神経を見せているし、これまで青葉と一緒にいて、いつの間にか敵が撃退されているようなシーンに何度か遭遇している花も、それとなく青葉がやったのではないかと思っていたが、それが事実だったわけである。
「どうされたんですか、花さん?」
ぼ~としていた花は、「ううん、何でもない。行こう!」と努めて明るく言った。
その日の帰り道。
大樹から自分たちに危険が迫ってきていると聞かされていて、花自身もなんとなく朝から気になっていたが、特に青葉と接する際には不自然な感じを持たれまいと努めて明るく振る舞うようにしていた。
しかし、学校最寄りの地下鉄の駅まで来て、みどりと青葉が階段を降りていくと、花はなんとなく力が抜けていく感覚になった。
大きく息を吐いてから、春の家に向かおうとすると、「花さん」と青葉の声がした。
振り向くと、地下鉄の駅に降りていったはずの青葉が立っていた。
「青葉ちゃん?」
「花さん、今日はすごく緊張していたように感じたのですが、もしかして、どなたかから私のことを何か聞きましたか?」
「な、何のこと?」
演技力ゼロの花の返事に、青葉も笑みを浮かべた。
「少し花さんとお話もしたいですし、お家まで一緒に帰らせてください」
花と話をしたいと言った青葉だったのに、何も話さずに花と一緒に歩いた。
昨日の大樹の話から青葉には何かしらの秘密があることを感じ取った花も青葉と何を話したら良いのか思いつかずに、何となく気まずい雰囲気のまま、次の交差点を曲がると春の家が見えてくる所まで来た。
昔ながらの商店街を抜けると、周りには一戸建ての古い住宅が建ち並ぶ地区に入った。
夕暮れ時でちょうど人通りが途絶えていた。
突然、車のエンジン音が後ろから響いた。
花が振り向くと、乗用車がかなりのスピードで花と青葉に向かってきていた。
居眠り運転だろうか?
まったくブレーキを掛けるようではなく、むしろスピードを上げて、こちらに向かって来ているように見えた。
「花さん! そこにいて!」
そう叫ぶと、青葉が信じられないスピードで花から遠ざかるように道の反対側に向けて駆けだした。
すると暴走車は青葉に向かうように進路を変えた。
猛スピードの暴走車に正面から向かい合った青葉は、ぶつかる寸前、猫のように跳躍し、車の屋根をぐるぐると回りながら、通り過ぎた車の背後に降り立った。
一方、暴走車は、ブレーキを掛けたが停まりきれずに、そのまま歩道を突っ切って、電柱にぶつかって停まった。しかし、すぐにその車を運転していた男がドアを開けて出てくると、上着の内ポケットに手を突っ込みながら、青葉の方に駆けて行った。
男がピストルを取り出したのを見た花は、思わず「青葉ちゃん!」と大声を上げた。
すると男の注意が一瞬、花に向いた。そして無意識であろうが、ピストルを花に向けた。
どんなことがあろうと、標的から注意をそらさないのが殺し屋の鉄則なのだが、それだけ未熟な刺客だということだろう。
「わあああ!」
青葉が大声を上げながら男に突進した。
それで男の意識が青葉に戻り、ピストルを青葉に向け直した。
銃声が響いた。
男が放った銃弾が青葉の腹を直撃したように見えた。
血しぶきは見えなかったが、銃弾が当たった衝撃で青葉の身体が腹部を押しやられるようにして後ろに吹っ飛び、そのまま倒れた。
「青葉ちゃん!」
必死で青葉のもとに駆け寄ろうとした花に再び男の銃口が向いた。
しかし、銃弾は発せられなかった。誰かが発射した別の銃弾がその男のピストルを撃ち落としたのだ。
そして、花の近くに黒塗りの高級車が急停車すると、中から黒のスーツに白シャツに黒のネクタイ、黒サングラスを掛けた統一感ありすぎの男たちが降りてきて、強引に花を後部座席に押し込んだ。
「やめて!」
花は手足を動かして抵抗しようとした。
「若奥様!」
「えっ?」
聞き覚えのある声で我に戻った花が落ち着いてよく見ると、後部座席の隣に座っているのは亀谷だった。
「ご無事で何よりです」
一瞬、何が起きたのか分からなかった花だったが、すぐに青葉が撃たれたシーンがよみがえってきた。
「青葉ちゃんが! 友達が撃たれて」
「青葉なら心配いりやせんよ。後ろの車に乗ってやす」
「後ろに?」
後ろを見ると、確かに同じような黒塗りの車が一台、跡を付けてきているように走ってきていた。
「ここは人目が多い。すぐに着きますからご辛抱を」
「どこに?」
「若旦那様のところです」
「大樹さんのところ?」




