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第二十八話 限界

「こ、ここがお家なんですか?」

「そうじゃ。そこに呼び鈴があるでの」

 青葉あおばが背負ったままのお婆さんが指し示す先の呼び鈴は、先ほど、はなが押したものだった。

 再び、呼び鈴を押すと、カメラは花しか映してなかったのだろう。

「君、しつこいよ! いくら高校生でも遠慮なく警察に来てもらうよ!」

「あ、あの、先ほどの件は、それはそれで引き続きお願いしたいですけど、今回は、ご家族が怪我をされたのでお連れしたんです」

「家族?」

 青葉がカメラの前に進み出ると、お婆さんがカメラに向かって、「真一! はよ開けんかい!」と叱った。

 玄関の中の方でドタドタと音がすると、すぐに玄関ドアが開いた。

「お袋! どうしたんだ?」

 出て来た恰幅の良い男性が青葉の背負っているお婆さんに向けて訊いた。

「猫が横道から飛び出してきて、驚いて転んでしもうたわ」

「降ろしますよ」

 青葉がそう言って、ゆっくりとお婆さんを降ろすと、お婆さんは足を引きずりながらも体を回して、花と青葉に頭を下げた。

「すまんかったねえ。真一、この生徒さんたちにここまで連れてきたもろうたんじゃ」

「そ、そうなんですか。い、いや、それはいろいろと世話になってすまなかった」

「い、いえ。そ、それでは、これで失礼します」

「ああ、待ちんしゃい。お茶でも飲んでいきなされ」



 花と青葉の二人は、応接室に案内されてソファに座っていたが、前に出されているお茶には手を付けずに、何となく気まずい雰囲気の中にいた。

 そこに、足首に包帯を巻いたお婆さんと、真一と呼ばれた、おそらく息子と思われる太った男性が入ってきた。

「ほんに、あんたらのお陰で助かったわい。ありがとうね」

「い、いえ」

「それで、真一に訊くと、あんたら、さっきもここに来ていたようじゃね」

「は、はい。夢の木坂学園の敷地のことで」

「わしらも……、えっと、二人の名前は?」

「私は飛鳥花と申します」と焦って名乗る花に続けて、いつもどおりの冷静さで青葉も名乗った。

飛鳥あすかさんと如月きさらぎさんかの。わしも世話になったあんたらの願いを叶えてやりたいが、息子が言ったように、うちの名義の土地は全部、既に人に売る約束をしてしまってねえ」

「その売る土地の中には、恵まれない子どもたちが一緒に暮らしている施設が建っているんです。ご存じなかったんですか?」

「もともとは、わしの旦那名義の土地だったんじゃが、わしらも全然、管理をしておらないでの。去年、財産もそうじゃが、借金も多く残して、旦那が逝ってしまったもんじゃから、弁護士に一任して、借金の清算のために、旦那名義の土地を全部、処分することにしたんじゃ。たぶん、その中の一つだったんじゃろう」

「では、その弁護士さんが一手に引き受けて売ろうとしているのですね?」

「わしらが今住んでいるこの土地以外の土地はどこを売ってもらっても良いと一任したからのう。正直、飛鳥さんが言ったような土地じゃとは、初めて聞いたんじゃ。でも、弁護士の話によると、もう売買契約も成立して、近々、代金も振り込まれることになっておるようじゃから、申し訳ないが、今更、わしらがあの土地を売るなとは言えないのじゃ」

「分かりました。その弁護士さんのお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「あんたら、弁護士の所にも乗り込むつもりかい?」

 呆れた様子で息子が訊いてきた。

「只でさえ、忙しい弁護士が女子高生に会うことなどしないと思うけどねえ。それに弁護士さんは僕らの依頼でそのとおり動いて、やっと売買契約を締結するところまで漕ぎ着けたんだからねえ」

「じゃあ、施設の土地を買った方ってどなたですか?」

「それは、わしらも聞いてないわい」



「いったい、どうすれば良いんだろう?」

 小山邸を跡にして、歩き始めた花が隣を歩く青葉に呟いた。

 青葉もどうすれば良いのか、良いアイデアが浮かばなかったようで、首を傾げながら、黙って、花を見た。

「とりあえず弁護士さんの名前は訊いたから、当たって砕けろで行ってみよか?」

「花さんがそうしたいのであれば、おつきあいしますよ」

「ごめんね、青葉ちゃん、巻き込んでしまって」

「いえ、気にしないでください。しかし、花さんはどうしてそんなに真剣になられるんですか?」

「施設の子どもたちの幸せを奪われたくないんだ」

「あの子たちは幸せなんでしょうか?」

「幸せに決まってるじゃない!」

 少し語気を強めた花を不思議そうな顔をした青葉が見つめた。

「人は絶対に一人じゃ生きていけないって、私は思ってる。あの子たちは親と一緒に暮らすことができない可哀想な境遇にあるけど、施設の子どもたちは、一緒になって遊んでいた。その表情はすごく明るくて、みんなが一緒にいる、この環境がずっと続いてもらいたいって思ったの。絶対にあの子たちをバラバラにしちゃいけないの」

 青葉はしばらく声が出せないように、目を見開いて花を見つめていたが、穏やかな顔に戻ると、笑顔を花に見せた。

「花さんもそんな境遇があったんですか?」

「えっと……」

 花は、貧乏ではあったが、自分が不幸だと落ち込んだことなどなかった。それは祖母とずっと一緒に暮らしてきたからだ。好きな人と一緒に居ることは、お金よりも何よりも人として生きる上では大切なことだと思っていた。

 しかし、今の花は、表面上、飛鳥家とは関係はなく、最近、両親を亡くして、祖母の春と一緒に住んでいるという設定になっている。実際の祖母が亡くなっていることを話すと矛盾が生じてしまう。

「両親が亡くなってしまったこととか、やっぱり、身内がいなくなることって寂しいことだもん。でも、誰か他の人、私の場合は、お婆ちゃんがいてくれることで、全然、寂しいことはないし。やっぱり、一緒にいてくれる人は必要だと思う」

「……分かりました。私も花さんと一緒にその弁護士の所に参ります」



 田園調布から花たちが向かった先は、都心の一等地にあるオフィスビルだった。

 そのビルの四階に「黒崎法律事務所」という看板が掛かっており、エレベーターで上がると、鍵が閉められたドアがあった。

 ドアのすぐ側には内線電話があり、花はすぐに受話器を取り、「呼び出し」と書かれているボタンを押した。

「はい。黒崎法律事務所でございまいます」

 女性事務員と思われる涼やかな声が返ってきた。

「白薔薇学園二年生の飛鳥花と如月青葉と申します」

「は、はい。どのようなご用件でしょう?」

 弁護士事務所には縁はないと思われる女子高校生と聞いて、事務員も戸惑っているようであった。

「あ、あの夢の木坂学園の敷地のことで黒崎先生とお話がしたいのですが?」

「少々お待ちくださいませ」

 保留音が流れ出したが、すぐに切れ、「今、黒崎は打ち合わせ中ですので対応できかねます」と返事が返ってきた。

「あの、先生の空いている時間にまた参りますけど?」

「本日、空いている時間はございません」

「明日は?」

「明日もずっと予定が入っております」

 間髪を入れず返事が返ってきた。おそらく会うつもりはないのだろう。

「そ、そうですか。……お邪魔しました」

 落ち込んだ花は、力なく受話器を電話機に置いた。

「門前払いですか?」

 受話器から聞こえていた相手の声は青葉には聞こえていないはずだが、花の様子から青葉も分かったのだろう。

「う、うん」

「まあ、そもそも、女子高生が弁護士に用事があるはずはなく、何か面倒な言いがかりを付けに来たのだろうとしか考えないでしょうからね」

「そうだよね」

「これ以上は私たちでは無理だと思います」

「う、うん」

 諦めきれない様子の花を慰めるように、青葉が優しく花の背中を押して、エレベーターに誘った。



 花と青葉は最寄りの地下鉄駅まで戻って来た。

「青葉ちゃん、ごめんね。遅くまでつきあわせてしまって」

 時間は既に午後八時を回っていた。

「いえ。私が勝手についてきただけですからお気になさらず。花さんこそ歩き回って疲れたのではないのですか?」

「ううん、大丈夫。昔、新聞配達のアルバイトもやっていたから、脚はけっこう鍛えられているみたい」

「そうですか。では、ここで」

「あっ、青葉ちゃん、待って!」

「はい?」

 駅に向かって行こうとしていた青葉が振り返った。

「青葉ちゃん、一人暮らしって言ってたよね?」

「はい」

「これから帰って晩ご飯じゃ遅くなっちゃうんじゃない?」

「いえ。コンビニで何か買って帰りますから大丈夫です」

「でも申し訳ないよ。うちに来ない?」

「はい?」

「今日はお鍋をするってお婆ちゃんが言ってたから、一人くらい増えても大丈夫だよ」

「そ、そんな突然、お邪魔しては」

「ちょっと待ってね」

 今日、昌樹まさき大樹ひろきは財界のパーティーに出席することになっており、竜子たつこも飛鳥グループの社長夫人を招待しての食事会を飛鳥本家で行うことになっていたため、花は一人で食事をすることになっていたが、それなら夕食も食べていけという春の申出を受けていたのだ。

 花は春に電話を掛けて、友人を一人招待していいかと尋ねると、さすが、かつての総帥夫人を務めていた春は動じもせずに、快諾してくれた。

「お婆ちゃんもぜひ連れてきなさいって言ってくれているんだ。だから、来て! 青葉ちゃん!」

 

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