第二十七話 自分でできること
「ごめんなさいね。怖い思いをさせてしまって」
園長が花たちに頭を下げた。
「い、いえ。でも園長先生。あの人たちは?」
「実は、この土地は、とある方から無償で借り受けている土地なのですが、最近、その方がお亡くなりになって、この土地を相続したという方から立ち退くように要求されているのです」
「それで立ち退かなければならないのですか?」
「弁護士さんとか、東京都の福祉担当の方とか、いろんな所に相談したのですが、既に貸借期間は終わっていて、相手様の善意で延長して借り受けていたので、相続人さんから要求されれば立ち退かざるを得ないようなんです」
「でも、ここにいる子どもたちは?」
「私たちも東京都に相談をして、代わりの土地を探しているのですが、なかなか、貸していただける方もいらっしゃらないし、新しい土地が見つかったとしても、建物を建て直すようなお金もありません。最終的には、ここにいる子どもたちを受け入れてくれる別の施設に、それぞれに受け入れていただくしかないかもしれませんね」
怖い人がいなくなって、また、生徒たちと遊びを始めた小さな子どもたちは、本当に楽しそうに笑っていた。きっと、同じ境遇の子どもたちは仲間として強い結びつきがあるのだろう。その仲間たちと離ればなれになることは辛いはずだ。
「園長先生。この土地の所有者の方って?」
「小山さんとおっしゃっる方で、私も相続人さんと会って話をしたいと申し入れているのですが、間に立っている弁護士さんに断られているのです」
その日の夜。
夕食後のティータイム。
有栖川が入れてくれた美味しい紅茶を飲みながら、花は夢の木坂学園であった出来事を大樹に話した。
「ねえ、大樹さん。私も法律のことはよく分からないけど、地主さんから出て行けって言われると、出て行かなきゃいけないの?」
「そうだね。既に賃貸期間も過ぎていて、法律上は無断で借りている状態になっているんだから、地主側からすれば、施設の方が不法占拠していることになるからねえ。分は相手にあるだろうね」
「そうなんだ」
意気消沈した花を、大樹が優しく見つめた。
「花は、その施設をどうやって助けたいんだい?」
「今のままで残っていけるようにしたい」
「そうか。まあ、地主が土地を売るつもりがあるのなら、うちが買っても良いけど、既に買い主も決まっているのなら、うちでもどうしようもないね」
「大樹さんの迷惑になるような解決の仕方はしたくないよ」
「迷惑だなんて思っていないよ。飛鳥の財力をもってすれば、まったく問題になるようなものでもないし、福祉施設を救済したとなれば、飛鳥のイメージアップにもなるんだからね」
「うん。でも、何と言うか、お金での解決の仕方は最後の手段で、というか、みんなが納得してもらって解決したいと言うか……、ごめんなさい。うまく言えないけど、私は、安易にお金での解決はしたくない」
「じゃあ、あとは地主を説得するしかないね」
「うん。とりあえず、そうしたい」
「花が説得するのかい?」
「うん! 私ができることを、まず、したい。それでも駄目なら、大樹さんにお願いすることもあるかもしれないけど、最初から大樹さんに頼るのは嫌なんだ」
「分かったよ。花らしいね」
「でも、ちょこっとだけ、頼らせてもらって良い?」
「何だい?」
「小山さんという地主さんの住所を知りたいんだ」
翌日、大樹から地主の情報を聞いた花は、翌々日には青葉と一緒に田園調布に来ていた。
みどりと青葉を巻き込みたくなかった花は、放課後、一人で行こうと、今日は別行動で帰るからと二人に伝えていたが、たまたま、みどりが席を外した時に、青葉から「花さん、もしかして、夢の木坂学園の地主の所に行くつもりなのではないんですか?」と問い詰められてしまった。
「そ、そんなこと、考えてもないよ」
「花さん、目が泳いでますよ」
「……」
仕方なく、青葉とともに来た花は、スマホの地図を見ながら、メモの住所を目指していた。
「本当に大きな家ばかりなんだね」
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩く花に、「花さん、たぶん、そちらではないですよ」と軌道修正をしっかりとしてくれる優秀なナビゲーター青葉だった。
「でも、花さん」
歩きながら、青葉が話し掛けてきた。
「施設と何も関係がない私たちが行って、会ってもらえるのでしょうか?」
「分からないよ。でも、園長先生や子どもたちのことを思うと、居ても立ってもいられなかったんだ」
青葉は、花のその言葉に、少し驚いた顔をしたが、すぐに呆れ気味な笑顔を見せた。
「花さんは、変わった方ですね」
「そうかな。私は、至って普通だと思っているんだけどなあ」
「もし、花さんのお知り合いにお金持ちの方がいらっしゃったら、その方に頼んで、施設の土地を買い取ってもらう方が現実的な気がしますけど?」
「そうだよね。って、そもそもお金持ちの知り合いはいないから!」
花の演技力零の台詞に、青葉も思わず微笑んでしまった。
「それに今まであの土地を無償で貸してくれていた方の相続人さんなんでしょ? 誠心誠意お願いしたら、分かってくれるんじゃないかあって期待もしているんだ」
青葉のナビのお陰で、花は「小山」という表札が掛かった家の前までやって来た。
周りに負けない豪邸であった。
花が呼び鈴を鳴らすと、インターホンから、すぐに男性の声で「どちら様ですか?」と返事があった。
「あ、あの、私立白薔薇学園三年生の飛鳥花と申します。こちらは同級生の如月青葉です」
飛鳥家に嫁いできて、金持ちの家のインターホンにはカメラが付いていることを知った花は、青葉もカメラとおぼしき機械に向けて紹介した。
「何のご用件でしょうか?」
「あ、あの、夢の木坂学園という施設の敷地のことでお願いしたいことがあってうかがわせていただきました」
「あなた方は夢の木坂学園と何か関係があるのですか?」
男性の声が不機嫌になった気がした。
「い、いえ。直接、関係はありませんが、施設から話を聞いて、私もどうしてもお願いしたいと思ったんです」
「あの土地は、もう買い手も決まっているのです。残念ですが、あなた方の話は聞くまでもありません」
「買い手が決まっているんですか?」
「ええ。せっかく来ていただきましたが、この件で私がお話しできることは何もありません。お帰りください」
言葉遣いは丁寧だったが、「もう来るな」という空気がヒシヒシと伝わってきた。
「で、でも、お話しだけでも」
「失礼!」
ブチっとインターホンが切られる音とともに沈黙した。
花は、しばらく立ち尽くすことしかできなかった。
そんな花に、青葉が肩に手を置きながら、「やはり女子高生の話など聞いていただけませんでしたね」と慰めた。
「……私、何もできないのかなあ」
落ち込んだ花に、青葉は、「どうしてご自分でなさろうとするのですか?」と訊いた。
「黙って見ていることなんてできないよ」と、ポツリと呟いた花に、青葉は、また少し驚いた顔を見せた。
「私、明日も帰りにここに寄るよ。明日は、私一人で来るから。青葉ちゃん、今日は一緒に来てくれてありがとう」
花が青葉とともに、トボトボと駅に向かって歩いていると、前からかなり高齢のお婆さんが歩いて来ていた。
シルバーカーを押しながら、おぼつかない足取りだったが、路地から突然、猫が飛び出して、そのお婆さんのすぐ前を横切ると、お婆さんは驚いて、シルバーカーを離して、腰をついてしまった。
花は、すぐにそのお婆さんの所まで走り寄ると、「大丈夫ですか?」と話し掛けた。
「こ、腰が」と弱々しく話すお婆さんの顔は苦痛に歪んでいた。
「きゅ、救急車、呼びますか?」
花が焦って言ったが、お婆さんは「すぐそこに家があるから」と言って、無理矢理、立とうとしたが、なかなか立てないでいた。
「じゃあ、とりあえず、お家までお送りします。私が背負いますから」
そう言ってしゃがもうとした花に、青葉が「また、転んだら大変です。ここは私に任せてください」と青葉が先にしゃがんだ。
施設の掃除の時にも花を肩車した青葉なら心配いらないだろう。
「ごめんね、青葉ちゃん。じゃあ、お願い」
青葉がお婆さんをおんぶすると、花はお婆さんが押していたシルバーカーの取っ手を持った。
「お婆さん、お家まで案内していただけますか?」
「すまんのう。家はすぐそこじゃよ」




